ユハとケルナ②
エルボーゲンと呼ばれる土塁は地山の地形のせいで周囲よりも低くなってしまっていた場所で、現在は三層ほど高く石積みを追加してあって周囲よりも一段高くなっていた。
ここから周囲を見渡せばこの南斜面は真ん中が窪むように土塁が施工されていてここから侵入を測る敵は土塁の上のどこからでも攻撃を加えることが出来る。そしてここはすでに弱点とは言えなくなっている。
このあたりの戦術では横一列に歩兵は並び正面と上を盾で防御しつつじりじりとこの斜面を登ってくるのが一般的なのだそうだ。
この斜面を下りきると谷を隔てて向こう側の山へと上る斜面になる。
「マンソン殿よ、大筒の射程はこちらを捉えることができるのか?」
「最新のものであれば向こうの斜面からでも届くかも知れませんが、あの斜面に大筒を運び込んでさらに火薬や砲弾を置いておく大筒陣地を設営するのは難しいと思います」
「なるほど」
「それにこちらにも魔法使いがおります。彼女たちが砲弾を防いでくれますのでわざわざ陣地を設営する労力には見合わないでしょう」
二万という数がぴんと来ないが恐らくこの谷間を埋め尽くす数になるだろう。
ふと辺りを見ると土塁の点検や補修をしている者たちが何人か見える。町では自警団の救護所の準備が始まっているし食料の運搬や武具の整備も分担して始まっていた。
町をあげて襲撃に備えている。俺は自警団と協力してここを防衛する。
ここに住む者たちがそれぞれ自分の役目を果たそうと必死だった。町を守るため、家族を守るため、一つの目標に向かって皆が一丸となる。こういう雰囲気が俺は好きだった。もっともそんな悠長なこと考えている場合ではないのだが。
少しすると魔法使いたちもやってきた。マンソン殿や自警団の小隊長達も集まり、ユハも加わりこの南斜面防衛の布陣や迎撃の段取りなど何通りも意見を出し合って検証を繰り返した。
マンソン殿はさすがにこの地で長く戦ってきただけのことはある。多くの知識を持ちその経験に裏付けされた意見は俺も反論の余地はなかった。それでも長くいるからこそ見逃しがちなこともいくつかあり、俺が質問を投げると少しの間唸って考え込むが、それでもすぐに対策を導き出してくるのはさすがとしか言いようがない。
俺たちがこうして話し合っているとケルナがやって来た。
「皆さんお疲れ様です、お昼ですよ」
そう言ってケルナは手提げの籠に入れた弁当を広げた。
「マンソンさんもどうぞ」
ケルナの手料理は評判がいい、マンソン殿もうれしそうに受け取った。皆に一人ずつ弁当を手渡し最後がユハの番だった。
「ユハさんもどうぞ、今日はユハさんの好きな魚のオイル漬けも入ってますよ」
ユハは小さく「ああ」とだけ返事をして受け取った。
「ユハさん、ケルナ今日は魔法の実地訓練なんです。師匠は厳しいんですけど……でも一生懸命教えてくれるんです」
ユハの返事はやはり小さく「そうかがんばれよ」と簡潔なものだった。
「それでねユハさん、ケルナ今日はね、詠唱っていうのを教えてもらって……」
ケルナは懸命にユハに語りかけるがユハは目を合わせようとはしない。
「…………ごめんなさい、邪魔してしまいましたね。ケルナもう戻ります師匠が待ってるので」
そう言ってケルナは立ち上がった。
「タケゾウさん、すみませんがお弁当の入れ物は帰る時にみんな持って帰ってもらえますか? ケルナ今日は忙しいので」
「おう、分かった俺が全部持って帰るようにしよう。がんばれよ」
「はいっありがとうございます」
にこやかに頭を下げるとそのまま振り返ることもなく走っていってしまった。
……さて、これから皆と弁当を食べようかというのに、なんとも気まずい空気になってしまった。まあ原因はここで無言で弁当を広げようとしているユハだ。
魔法使いたちが困惑した顔を俺に向けている。……俺にどうしろっていうんだ。
かと思えばマンソン殿はまるで介することなく美味そうに弁当を食っている。
やれやれ……あまりこういうことに首を突っ込むのはどうかと思うんだが仕方が無い。
「ユハよ……ちょっと今のはケルナに冷たいんじゃないのか?」
ユハは俺をちらと見て言う。
「よしてくださいよ。ケルナは十七、俺は三十三ですよ」
「俺の国じゃあそんなのは割と普通なんだが……ここらじゃあ違うのか?」
ユハは黙ったまま返事をしなかった。
「それにな……その……なんというかケルナな……ありゃあお前に気があるぞ、絶対」
魔法使いたちは目を見開いて俺を見た。あら……なんかマズいことを言ったか?
「ははは……旦那、そんな馬鹿なことが……あるわけ無いじゃないですか……」
それきりユハは黙ってしまい黙々と弁当をたいらげた。




