城塞都市ブルーノ⑦
俺たちは謁見の間から出た。
ロッタは無口になり俯いたままだった。
「師匠!」
マルソーが駆け寄ってくる。
ロッタは少しの間マルソーを見つめていたが意を決したように話し始める。
「マルソーよ、儂は……」
「し、師匠、今日は熱さましの薬の製法で聞きたいことがあって……」
「マルソーよ、聞くのじゃ」
「あの、私なりに工夫もしてみたんです、ヨモギとマーガレットの配合で……」
「マルソー!」
ロッタはマルソーの肩を掴んだ。
「イヤです! 聞きたくありません!」
ロッタの様子から何やらただならぬ雰囲気を察したのだろう、両手で耳を塞ぎ頑なにロッタの話を聞こうとしない。
ロッタも困った様子でそれ以上声をかけられないでいる。俺もどうしたものかと頭を掻いているとロッタは穏やかに言い聞かせるように話し始めた。
「マルソー、儂は里帰りをすることにした、これからはお前一人で生きていくのだ。そうして聞きたくないものから逃げるのならばそうしているといい」
それだけ言うとロッタは歩き始めた。
「行くぞ、タケゾウ」
「お、おう」
俺はロッタを追う。振り返るとマルソーはしゃがみこんでしまっていた。
ファンデンベルグ邸を出るとマルソーが走って追ってきた。
「師匠! 待ってください!」
ロッタは振り向かなかった。
「師匠、いま診察中の患者さんのリスト、処方、とにかく全て私が引き継ぎます」
ロッタは立ち止まり静かに頷いた。
「お前以外に誰が引き継ぐのじゃ、着いて参れ」
「はいっ」
俺はなんとなく一安心出来た。
「ロッタはあれか? 医者なのか?」
「儂はもともと水術系の魔法遣いなのじゃ、水術の上位魔法が回復治癒術系の魔法でな、その知識を活かして普通の医者では手が付けられんような病気や怪我の治療をやっておる」
「なかなか頼もしい魔法遣いだな」
「師匠は水術の他にも火、土、風、電と全ての術とその上位魔法をマスターしておられるのです、最高の魔法遣いなのです」
少し涙ぐんだ瞳でマルソーは俺を睨んだ。
「いい師匠についたんだな」
俺が言うとマルソーはそっぽを向いた。強がりでもしていなければ泣き崩れてしまいそうなのかも知れないな。
宴の支度が出来次第に使者を使わすとファンデンベルグ候は言っていた。ロッタの家に戻り使者のくるまでを過ごすことにした。
ロッタの家ではロッタの診ている患者の容態から治療方針、処方など書き溜められたリストを見ながらマルソーへと伝えられていた。仲睦まじい師弟の姿が微笑ましかった。