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魔法遣いローテアウゼンのキセキ  作者: 福山 晃
第一章 城塞都市ブルーノ
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城塞都市ブルーノ⑤

 マルソーを追い出したロッタは肩で大きくため息を吐いた。


「すまんの」


 俺の方を向いてそう言ったロッタの顔は心底疲れたいった感じだった。


「師匠と呼ばれていたが、弟子なのか?」


 ロッタはこくりと頷いた。


「とりあえず朝餉(あさげ)にせんか、ちょうど出来たところじゃ」


「そうだな、いい匂いに誘われて腹ぺこなんだ」


 ロッタに案内され食卓に着くとヒノモトでは当たり前のような朝餉(あさげ)の支度が整えられていた。


 白い飯に味噌汁、浅漬け、干物、豆腐が並べられている。どれも美味そうだ。


「さあ、召し上がれ」


 俺は手を合わせた。


「いただきます」


 うん、美味い。俺の食いっぷりが良かったのか俺を見るロッタの表情は満足そうだ。


「おかわりもあるでな、落ち着いて食べるがよいぞ」


 早速、飯のおかわりを貰った。


「ここでヒノモトと同じ朝餉(あさげ)が食えるとは思わなかった」


 ロッタは飯をよそいながら笑った。


「米は東から来た行商人に分けてもらった種もみを植えて少ないが家の裏で作っておる。味噌や醤油は儂の手製じゃ。あとは昔にヒノモトで習ったやり方を思い出して見よう見まねじゃ」


 ロッタがヒノモトにやって来たという話には少し興味が沸いた。料理を教わりに行ったというわけではあるまい。


 ロッタもタケゾウと同じようにきれいに箸を使い、ヒノモトの娘と同じような所作で飯を食っている。


「その……」


「なんじゃ?」


 話しかけたものの質問の糸口が見つからずどうしたものかと考え込んでしまった。


「えーと、弟子は……その、よかったのか?」


「ああ、マルソーか。騒がしくてすまんかったのう、あれはああ見えても真面目じゃし物覚えも良い、儂の後継ぎとなるであろう一番弟子じゃ」


「そうなのか、朝は何をあんなに大声をしていたんだ?」


 ロッタは少し難しい顔をした。


「んー、それはのう……」


 ロッタはひとつため息を吐いてから話し始めた。


「魔法遣いは魔法遣いらしい食事を摂らねばならん、とな、そういう古臭いことを言うのじゃ。それもまあ若さゆえという部分もあるのじゃがな」


「魔法遣いらしいとは例えばどんな……」


「そうじゃな、例えば薬草と穀物を煮込んだ雑炊とかな、トカゲの尻尾だの魔物の肉だのそういうものじゃな」


「美味いのか?」


「まあ、工夫すればそれなりに食えるものにはなるんじゃが、食材の問題ではないのじゃ、あ、いや別にあれの料理が不味いというわけではないぞ。決してな、不味いことはないんじゃ、不味くはな……」


 と言うがその表情からはそうとうに不味いのだとはっきり分かる。


「それで儂がヒノモトの料理を作るのがどうにも気に入らんらしくてな、儂が料理をしているのを見つけるたびに薬草だのトカゲだのを入れて改良しようとするのじゃ」


 ロッタはまた大きなため息を吐いた。


 弟子がかわいいからこその悩みだろうと分かるその物言いが微笑ましくて俺はついくすりと笑ってしまった。


「それでそのヒノモトの料理はどこで教わったんだ?」


 ロッタは俺を怪訝な表情で見つめる。


「儂がどこで教わったのか、貴様は知らんのか?」


「ん?……知るわけないだろう」


「ふむ、そうか……」


 ロッタは少し考えるような素振りを見せる。


「ではどこから話せばよいかの……そうじゃな……魔法遣いは男も女も12歳から14歳くらいで家を出て独り立ちをするのじゃ。もちろんそれまでに独り立ちに必要な術を叩き込まれる。

 もちろん儂も同じじゃったが少し事情が違った、儂は里の首領となる家の生まれじゃった。そして儂は天才と呼ばれ才能ある子供に向けられるありとあらゆる称賛の対象であった。

 実際に魔法に関するあらゆることが思うがままに出来たし誰よりも上手かったし、禁忌とされる魔法のいくつかすらもそつなく行使できた。自分でも我が身の才能を疑うことはなかった。それは今からにすれば思い上がりであったし実際のところ儂は有頂天であった。

 儂から見れば拙い術しか使えぬ同い年の子らが次々と里から巣立っていくのに、儂は皆が里から出てはならぬ、お前は里に留まり魔法の理を紐解き磨くのじゃと引き留めるのじゃ。

 儂にはそれが我慢ならんかった。儂はこの世界のどこに行ってもやっていける、魔法遣いの里をもう一つや二つ建国してみせると思っておったのじゃ。

 おとなしく皆の言うことを聞くふりをして過ごしながら15になった頃、儂は里を抜けた。

 東の国には違った体系の魔法が多くあると書物で読んで知り、儂の興味は東の国に向いておったからの、東の果てまで行ってやろうと思っておったのじゃ」


 一気に語ったロッタはぐいっと茶をすすった。


 長い話だったが、要するにロッタにはよき理解者がなく孤独であったのだなと理解した。


「それでヒノモトへ辿り着き、そこで料理も覚えたということか」


「まあそういうことじゃ」


 俺は箸を置いて手を合わせた。


「ごちそうさま」


「もうよいのか?」


「久しぶりに美味いものを食わせてもらった。ありがとう」


「うむ、お粗末様」


 そう言うとロッタは湯呑に茶を注いでくれた。


「儂も、タケゾウには聞かねばならぬことがある」


「俺にか? なんだ?」


「この街には何をしに来たのじゃ?」


「何をしに来たわけでもないが、旅の途中で立ち寄ったに過ぎない」


 ロッタは妙な笑顔のままで固まっている。


「はあぁぁぁ?」


「どうした?」


「何かあるじゃろうが、もっとこう……運命を感じたとか誰かが待っているような気がしたとか……のう?」


 俺は少しぎくりとしたが、夢の少女のことは特にアテがあったわけじゃないしましてやこの街にいると思って目指してきたわけじゃない。何よりそんなことをロッタの前で口にすれば何を言われるか分かったものではない。


「特にないが」


 輩が睨みつけるような顔でロッタは俺を睨む。なんて顔をしてやがるんだ。


「ちょっと手を見せてみい」


 手を差し出すとロッタは小さな手で包み込むように握った。触れた瞬間、神経に何かが触れたような感覚が奔った。


「剣士の手じゃの、大きくて力強い……貴様、人間か?」


「はあ? 俺が人間以外の何に見えるってんだ」


「ふむ……まあよいわ、そういうことか……」


 ロッタは握っていた俺の手からそっと手を離した。


「で? これからどうするつもりじゃ」


「そうだなあ、特に考えてはいないが」


「そうか、では儂の護衛を頼まれてはくれんか」


「護衛?」


「そうじゃ、儂は里帰りをするのじゃ。今日これから支度をしてすぐに発つ」


「そうかあ、俺はもう少しこの街に留まってみようかと思うんだが……」


「はあぁぁぁ?」


 またこの顔か。


「ちゃんと聞いておったか? 儂が、この儂が里帰りをすると言うたのじゃぞ?」


「聞いてたが、何か?」


「ああそうか、そういうことか、なるほどなるほど、うんうん、そういうことか、どうにもおかしいと思ったんじゃ……」


「だいたいロッタには護衛なんかいらんだろ。さっき魔法遣いとして天才とか言ってたじゃないか」


「自分で自分を天才とかそんな(ふう)の悪いことなど言うておらんわ」


 ロッタはローブの袖をまくって俺に見せた。腕輪のようなアクセサリーがいくつか手首に着けてある。


「この腕輪は力を制限する封印じゃ。両腕と両足にも着けてあってな、自分で課したものじゃが自分では外すことが出来ん。今の儂はそこらの魔法遣いと変わらぬ程度の力しか行使できぬ」


「なんでまたそんな封印を?」


 ロッタは大きな溜息を吐いた。


「ヒノモトでな、儂は激情にまかせて禁忌を行使してしもうたのじゃ。そしてこの世界を滅ぼしかけた。以来、儂は戒めとして自分では外せぬ封印を課したのじゃ」


 なかなか物騒な話だが、さっきの話からすると幼い頃のロッタであったならそういう自棄を起こしても不思議ではないような気がするな。そのロッタをして汎用な力しか行使できないような制限を自らに課すというのは余程のことがあったのだろう。


「どうじゃ? これでも儂の護衛よりもこの街の観光がしたいか?」


 返事を渋る俺に業を煮やしたらしい。


「分かった、金か? いくら欲しい?」


「いや、金はいらん」


「ならば何か……剣か、剣ならばどうじゃ? 何でも斬れる魔剣じゃ」


「魔剣? 魂とか吸われたりするのか?」


「せんわ! 何でも斬れる魔剣、それだけじゃ」


 魔剣か、まあそれもいいか。この魔法遣いとの旅も面白そうだ。


「分かった、里帰りの護衛、承った」


「よし、言ったな? 確かに言ったな? 待っておれすぐに支度するでな、貴様も服を洗ってあるでな着替えて待っておれよ」


 そう言うとロッタは物凄い勢いで食器を片付け、何やら独り言を叫びながら支度を始めた。


 慌ただしい魔法遣いだな。

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