コリーンのイセッタ婆さん⑦
ロッタはいつになく興奮した様子でまくしたてる。
「そんなことは分かっておる。そうでなくて……相手……そう、相手じゃ、相手は誰じゃ」
「相手? ロズもなかなか下世話なやつだのう。あれは……いつごろだったかのう? ジルバ?」
先輩はそう言ってジルバのほうを見た。
ジルバは静かにため息を吐いて答える。
「私の生まれる前の事を尋ねられても困りますが」
先輩は大きな声で笑った。
「……うーん、百年くらい前かのう、この街で傭兵団を取りまとめておった騎士が熱烈にわしを口説いてきてのう、当時のわしは最高に眩しい熟女の姿であったからおっさん共はもちろん、若者から渋さ溢れるナイスミドルまでが熱い視線をわしに投げかけてきておったわ」
ロッタは話に食い入るように聞いていた。
「騎士? 騎士じゃと?」
「あの男は名をアドルフと言うてのう……優しい男じゃった」
「ア……アドルフ!?」
「あの男ももともとはこの街の自警団が雇った傭兵じゃったが、よほどこの街が気に入ったか契約が切れても街に留まり住人となり騎士として自警団や傭兵の訓練をするようになった。それで魔導部隊顧問のわしの所にやってきてわしに一目ぼれしたんじゃな、天下のクラインリーゼ様を相手に街の小娘を口説くように足しげく通ってきおった」
話を聞くロッタの表情が変わった。
「クラインリーゼという名には様々な武勇、二つ名が付いてくる。それで男どもは怖気づく。わしも若い頃には人並に恋もしたがクラインリーゼの名を聞くと皆逃げるように離れて行ってしもうてなあ……当たり前の色恋などわしには無理なのじゃと諦めておったが、あやつは……アドルフは関係ないと一蹴しおった」
先輩は切なげな顔で笑いながら続きを語る。
「まあ、それから色々あっての、いつしか子供を授かって、あやつと共に老いて死ぬのもいいかと思っていたのじゃが……」
先輩は少しの間黙ったまま机の一点を見つめていたが、ため息を吐くとまた話し始めた。
「北から遠征してきたスヴェルケの軍団との戦であやつは街の住民をかばって討ち死んだ。後を追うつもりじゃったが二人目を授かっておるのが分かってのう……まあおかげでこうしてまだ生きておるんじゃが……」
ロッタの食い入るような視線に気付いた先輩は笑いながらロッタの肩を叩く。
「なんという顔をしとるんじゃ、まあそんなわけで今のわしには武勇も二つ名も不要なものでな、クラインリーゼの名は捨てておる。今はコリーンのイセッタ婆さんじゃ」
ロッタは呆気に取られているようだ。
「イ……イセッタ…………?」
「まあ、わしの話はこれくらいでよかろう」
そう言って話題を切り替えた先輩はロッタの事や俺のことについても質問を投げてきた。
ブルーノでのことを俺は先輩に話して聞かせると、ヒノモトでのことにも話題は及んだ。俺はヒノモトでのことも順を追って話した。
「なるほど……するとタケゾウ君はヒノモトでは敵う者のいない剣士であったというわけか」
「仕合でその全てに勝利したことは事実だが全ての剣士、武術家と仕合ったわけではないことも事実である以上は敵う者がいなかったとは言い切れないが……」
先輩はくすりと笑った。
「なかなか謙虚じゃないか」
そう思われるのは少し心外だった。家を飛び出した頃は名を挙げる為に勝てそうな相手を俺は選んでいた。やがて名が売れてくると闇討ちなどを企てる者から狙われることも多くなり身を潜めたり目立たぬよう振舞うことでいらぬ勝負を避けるようにもなっていった。
まともに仕合った相手の中には辛勝だった勝負も多く、その仕合を仮に無かったことに出来たとして次に見えた際にまた勝利できるとは限らない相手も幾人かはいた。そういった俺のまだ知らぬ剣客も大勢いるかもしれぬ以上はヒノモトに我に敵う者は無し、などとは口には出来ない。
だが俺は敢えてそうは言わず
「勝負は、時の運なりて……」
とだけ言っておいた。
先輩は何故か少し嬉しそうに笑った。
「ははっ、良いねえ、良いよタケゾウ君。君こそロズの傍で剣を携えるに相応しい」




