コリーンのイセッタ婆さん③
ロッタの質問に何かを思い出すように指で顎を叩きながら上を見た。
「承知しました。中で少々お待ちください、どうぞ」
建物の中へと俺たちは案内された。中は広く質素ではあるが落ち着いた空間だった。
「こちらへお掛けください」
案内されたのは四人掛けの机だった。俺はロッタの隣に座り二人の会話を聞いた。
「では改めまして、クラインリーゼと仰いましたか?」
「そうじゃ、この街に住んでいるはずじゃがどこを訪ねればよいのか分からず、この魔法使いの学校でならあるいは所在を教えてもらえるのではと参った次第じゃ」
女は頷いた。
「クラインリーゼ……たしかにこの街に住んでおりました……」
……おりました? 今はいないのだろうか? 女は話を続けた。
「……失礼ですが貴女のお名前を窺っても?」
「儂はローテアウゼンという」
女の顔が変わった。
「ローテアウゼン……あの紅き静寂の賢者、黒い森の狂った刃、破裂の紅玉……などと称される伝説の魔法使いが貴女ですか……」
ロッタは静かに頷いた。しかしここに来てまた物騒な二つ名が増えたな……
「儂はクラインリーゼ先輩とは古い付き合いでな、黒髪のギガント殺し、迫りくる蒼き絶望などと呼ばれておる頃からの付き合いじゃ、ついでに言うと黒い森の狂った刃は儂ではなくリーゼ先輩を謳ったものじゃ。二人でドラゴン討伐に行った時にとどめに放った風の魔法でドラゴンをばらっばらに切り刻んだことが由来じゃ」
女は少し驚いたようだった。
「分かりました。クラインリーゼの名を口にするものですから少し警戒してしまいました」
「その名が……なにか?」
ロッタの質問に女は首を振った。
「それは後程……申し遅れました私はジルバと申します。ご案内いたします、こちらへ」
ジルバは金属の引き戸を開いた。
「さあ、中へ」
俺たちが中に入るとジルバも入り、重そうな引き戸を閉じた。
「最上階へ参ります。これは魔法で動く昇降機です、そのまま少々お待ちください」
ジルバは扉の横にある水晶に手を乗せた。
「では、動きます」
俺たちの乗った箱ごとゆっくりと上昇を始めた。
引き戸の向こう側に見える景色で建物の中を上へと移動しているのが分かる。
「これは面白いカラクリじゃな」
「私が考えたものです。ある程度の魔法が使えれば誰でも動かすことができます」
ということはこのジルバという女も魔法使いということか。なんにせよこれで階段を上らずにすむわけだ。
「間もなく到着します」
箱はゆっくりと減速し、味わったことのない浮遊感を感じる。
「最上階です」
ジルバは引き戸を開ける。
「どうぞこちらへ」
扉を開け隣の部屋に入る。ここは壁のない解放された部屋だった。
ここの生徒だろうかローブを纏った若者に囲まれて一際背の高い初老の女が見える。
これがロッタの先輩なのか? 見た目で言えば初老……いや年齢でいえば70歳前後といったところか?
「先生! 次は僕が行ってもいいですか?」
「まあ待て、エルマが先に行け」
「は……はいっ!」
指名されたらしい少女が恐る恐る床の端まで歩きホウキに跨がった。
「落ち着いて講義の通りすればよい」
「は……はい、行きまっ………………すっううううぅぅぅぅぅ」
勢いをつけて飛び出すが落っこちていってしまう。俺まで思わず下をのぞき込みに走ってしまったが、すぐに浮かんできた。
見るからに力が入っているがとりあえず胸をなで下ろす、燕の巣立ちでも見ているような心境だ。
初老の女はロッタに気付いたようだ。ロッタを睨んだ後ですぐに俺たちを案内してくれたジルバを睨む。
「ジルバ、この者らは?」
「校長の旧知だと伺いました」
「旧知?」
ロッタは一歩進みお辞儀をした。
「ご無沙汰しております、先輩」
「わしはお前など知らぬ」
「先輩、儂じゃローテアウゼンじゃ」
「じゃから知らぬわ」
俺とジルバは困惑した顔を見合わせた。
「ほれ、15の時一緒に、ほれドラゴンを倒したじゃろう?」
「なんじゃと? 15の頃のわしならドラゴンくらい一人で倒せるわ」
「はあ? もしもの時にお前の治癒魔法がないと不安じゃとか言うておったろうが」
「何を言うか! あのドラゴンはわしのブルフヴィントでばらっばらにしてやったわ」
「儂がゲヒューロスで動けんようにした後の話じゃろうが!」
言ってる内容は童の喧嘩と同程度ではあるがロッタと対等に言い争っている姿はなかなか面白かった。俺はいつもやられてばかりだからな、参考にさせてもらおう。
「あんなもん動けんようにするまでもないわ」
「はあ? 先輩のブルフヴィントは詠唱が遅い上に発動も遅い、7回やって全部外して儂が動きを止めて後ろから尻尾を踏めるくらいに近付いてやっと当てることが出来たんじゃろうに! しかも近すぎて儂ら二人とも頭から体液を浴びて二日は排泄物臭かったが!」
先輩はしばらく沈黙した。
「……………………お前、もしかしてローテアウゼンか?」
「最初からそう言うておろうが、耄碌したか先輩」
先輩は突然笑い出した。
「冗談じゃ、最初から分かっておったわ。涙ながらに抱き着くとでも思うたか」
ロッタはふっと鼻で笑った。
「相変わらずじゃのう」
「しかし何じゃ? 久しぶりに姿を現したかと思うたら530にもなってから小娘のような姿を晒してから、挙句若い男まで連れ歩いて、風の悪い」
これにはロッタもかなり癪に障ったようで顔が真っ赤だ。さて、どう言い返すのか……
「ぐぐっ……ぐうの音も出ん」
……出ねえのかよ。




