5話 戦争
その後。
紀彦は途中で車から降ろされた。
「定期区間でしょう? だったら、自力で帰れるはずです」
明音ちゃん厳しい!
「助けてやったのに?」
紀彦は不服そうな感じ。
「それは、使い魔として、当然のことです。礼は言っても、埋め合わせをする義理はありません」
やはり、厳しい。
「え、えーーっと、じゃあ、私も帰りましょうか」
「律ちゃんには話があるので屋敷まで来てもらいます」
「あ、はい」
「え、僕は?」
「家に帰って明日の宿題でもしていなさい」
うーん、明音ちゃん、ツンデレ!
「ほら、早く。後ろのトランクから荷物を取る!」
「へいへい」
助手席から、外の紀彦に、厳しい指示が飛ぶ。
紀彦は自分のカバンを取り出すと、「んじゃ、また」と言って駅に向かって歩いて行った。
既に午後八時。
日は落ち、人通りもまばらになってきた時間帯。
車はまた、走り出した。
「さーって、邪魔者もいなくなったことだし、話を始めましょうか、あまり、時間もないでしょう?」
いつの間に隣に? 助手席にいたはずでは? という疑問を口にすると話が始まらないので、スルーした。
「そうですねー。もう、一時間ぐらい経ってますし」
私は今、一時的に肉体を得ている状態。一日、この、普通の女子高生としての姿を保てるのは、三時間。
それが、終われば強制的に、元の弓木紀彦の左腕に戻る。
「どんなに離れてても、無事に戻れるんでしょうか?」
明音ちゃんは、ふっふっふっと不敵に笑うと
「なんせ、天才の黒霧明音の自信作ですから。地球の裏側に居たって大丈夫」
と広告の謳い文句にありそうな台詞で私をさらに不安にするのでした。
あと、キャラが崩れている気がする。
でも、大丈夫なんだろうか明音ちゃん。
さっきまで激戦を繰り広げ、かなりのダメージを受けていたはず。
「大丈夫ですか? ケガとか」
すると、明音ちゃんは右手でオーケーサインを作り、笑った。
「大丈夫よ、魔術師ですから、自分のダメージだって、自分の回復魔術ですぐに治るの」
なんか肉弾戦強そう。
「それは、さておき、話はね、紀彦のこと。律ちゃんは少し知ってしまったし、これからどうしたいかってこと」
明音ちゃんの顔は迷い無く、瞳は私の目をじっと捉えている。
「これから、ですか?」
そうね、と言って明音ちゃんはふーっと息をついた。
「全部知らなかったことにするか、全部を知るか」
「知らなかったことにするっていうのは?」
「簡単な話、これから魔術のことには全て関わらず、無関心という、スタンスをとってくれれば、誰もあなたを攻撃したりはしない」
「私、若干知ってるけど、大丈夫なんですか?」
「まあ、魔術に関して何も知らない、何もしていないってことにすれば、あなたは魔術側の人間ではなくなる。そうすれば、もし、無関係なあなたを魔術側の人間が拷問することは、魔術法で固く禁じられている。無関係な人間を巻き込むことはそれだけで、魔術界では罪になるの」
「な、なるほど」
やはり、紀彦と違い、魔術界にでは明音ちゃんは頼りになる。
「全部を知れば、自然にあなたは魔術界の人間。襲われるかもしれないし、自衛の手段だって必要になってくる。あまり、勧めないけどね」
「でも、これからも、私は魔術に関わるでしょう? 元の体に戻るためにも魔術は必要だろうし、その体を捜すのにも、結局、魔術が必要でしょう?」
「確かにそうだけど、」
明音ちゃんは弱々しく呟く。
「私は魔術に関わって不幸になったなんて思ってません。紀彦とか、明音ちゃんにこうして、友達なれた訳だし」
「そ、そ、そう? そ、そういうことなら、私からは何も言えないわね」
明音ちゃんは必死に顔に手を当て、にやけるのを堪えている。
友達と言われたことが嬉しかったのだろうか。かわいい。
車が止まった。
「さて、着きました。お嬢様。お嬢様?」
明音ちゃんはさっきからずっと顔に手を当てていて、今にも湯気が出そうな雰囲気だ。
「な、何をしたんですか?」
運転手さんが恐る恐る私に訊ねる。
「いやあ、ちょっと恥ずかしいことを」
「は、はあ、そ、そうですか」
運転手さんも困惑しきりだ。
明音ちゃんはしばらく身悶えていた。
その後、明音ちゃんの回復を待ってから、黒霧家の屋敷にはいった。
豪邸。まさに、豪邸。
柵がぐるっと外周を囲い、屋敷までは石畳がずらっと続く。
屋敷自体も壁はレンガ造りで西洋風。2階立てだろうか。
明音ちゃん2人分ぐらいの高さがある玄関のドアを明音ちゃんがノックすると、すぐに開いた。
中は優しい光で包まれている。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
2人のメイドさんが出迎えていた。
「そちらの方はお客様ですか?」
と訊ねたのは私から見て右側の、黒のショートヘアーがよく似合うメイドさん。
「ええ、そうよ」
と答えたのは黒の髪の毛が腰まで届きそうな明音ちゃん。
「では応接室を使いますか?」
と訊ねたのは私から見て左側の、茶色で隣と同じ、まったく同じ長さのショートヘアーがよく似合うメイドさん。
「ええ、よろしく」
と答えたのは紀彦と話しているときとは、うって変わってとても、丁寧な口調の明音ちゃん。
兎にも角にも応接室に通されました。
応接室には意外と普通の大きさのテーブルに、私と明音ちゃんは向かい合って座った。「あんまりテーブルがでかいと、距離が離れて話しづらい」と明音ちゃん。
出された紅茶は美味しかった。
匂いだけでも、ごっつええやつやって分かるで! 私、そんなに紅茶飲まないけど。
「さて、本題に入りましょうか」
「はい!」
「まずは、紀彦のことでしょう?」
「そうですね。もしかして多重人格なのかなあとか」
明らかに、今日。途中から紀彦はいつもと様子が違った。
「まあ、あながち間違ってはいないわね。でも、そうね。全部話すならまず、ここから、いわゆる大前提。紀彦は普通の人間ではないの」
「はい?」
「要するに、人工の人間。限りなく、人に似せて作られた存在。
ホムンクルスと言えば分かりやすいかしら」
「えっ?」
紀彦が、ホムンクルス?
何も違和感は感じなかった。
クラスメートだったときから、今まで弓木紀彦の存在を疑ったことはなかった。
「紀彦を作ったのは、弓木紀隆。のりたかの、『のり』は紀彦の『のり』と同じよ。彼はすごい魔術師で、魔術界ではそこそこ名の知れた人物だったの。だけど、彼には家族はいなかった。事故で妻と一人息子の紀彦を亡くしている」
「まさか、」
「そう、彼は寂しかったのね。だから、人を魔術によって作り出そうとした。そして、成功した。その、記念すべき、一つ目の成功例が、今の紀彦なの。以前に聞いた話だけど、紀隆は良いお父さんだったそうよ」
「じゃあ、あの二重人格みたいなのは?」
話がまだ繋がらない。
「ちょっと寄り道するけどね、紀彦や私が十歳の時、戦争が起こったの」
七年前、あったっけ?
「魔術界での戦争よ。だから、律ちゃんは知らなくて当然。魔術界にはね、ビックスリーって呼ばれる三つのグループがあるの。黒霧家。しらゆめけ、白い夢で白夢家。はいせんけ、灰に鮮やかで灰鮮家。この三つが魔術界全体を支配していると言っても過言ではないわ」
「日本なんですか? 三つとも」
「違う違う。三つとも、日本が本流、本家じゃないのよ、言うなれば日本支部、みたいな感じ。その際、日本に馴染みやすいように、日本名にして、一族の中で日本人を選んでー、ってこと」
「じゃあ、明音ちゃんは両親ともに、」
「日本人ね」
「一瞬、外国人なのかってびっくりしちゃった」
「まあ、かなりの率で日本人以外の血は、はいってると思うけどね」
「話を戻すと、七年前、魔術界で戦争があったの。ビッグスリーの三つどもえの戦い。そのとき、他のどんなに小さな家、一族もどれかの家に味方していったの。ビッグスリーは少しでも力を集めようとしていたからね。でも、そのせいで、魔術界全体を巻き込んだ、日和見を許さない、大戦に発展してしまった。弓木一族もそれだから、黒霧家に味方していたの」
「でも、そのとき紀彦は十歳でしょ」
「十歳でも、何歳でも、魔術が使えれば、誰でも戦争に参加したわよ。最年小は七歳だったかな、最年長は百歳越えていたはず。私も参加した。回復魔術が使えたからね。ヒーラーとして。あいつは、近接が特に強かったの」
「弓木一族だから、ですか」
「そこまで、知ってるのね。そう。弓木一族は皆、戦闘に関するセンスがピカイチなのよ。それこそ十歳でも。そして、弓木一族では生まれたそのときから戦闘の訓練を受けるそうよ。さらに、紀彦に関して言えば、あの頃は魔術も今より制約なく、制限なく、使えたからね。間違いなく、今より強かった」
「今は制約、制限があるんですか?」
かなり自由に使っていたように見える。とても制約、制限を受けて不自由している様子はない。
「そうね。今は強化系とか、状態変化系ぐらいしかまともに使えないはずよ」
「それでも、十分強くないですか」
「まあ、そうね。そう考えるとあの頃は、桁違いよね。圧倒的。常に一人で任務は遂行してたらしいし。強すぎて味方の中でも、恐れられていた。そこからね。『キルキルキル』なんて呼ばれるようになったのも」
「あっ今日、川屋もなんかそんなこと言ってました!」
「そう、だから、キルキルキルっていうのを知ってるのはあの頃に、味方だった人だけ。これで、川屋が何者なのかは、かなり絞れるはずよ」
「でも、キルキルキルってなんか意味あるんですか?」
「殺すことにしか、興味がないんじゃないかってことで英単語のKill、その頃もナイフをよく使っていたから、斬る、あとはあんな危ないやつとは縁を切りたいからの、切る」
「嫌われていたんですか」
「そうねー。嫌われていたって言うより避けられていた、かな。あと、気を付けて欲しいのは、紀彦に対してあんまり、キルキルキルっていう単語を使わないこと。嫌がるから。紀彦には実感がないのよね、人を殺したっていう」
「どういうことですか?」
「殺すことに関しては全部、アナザーに任せていたのよ」
「アナザー? もう一つ?」
「そう、これでやっと、本題の、弓木紀彦は多重人格か? ってところにはいれる」
そう言うと明音ちゃんはふっと息を吐いた。
「どうなんですか?」
「まあ、多重人格とは少し違うかな。元の紀彦は一人称が僕で、言葉遣いは基本的に丁寧。人間的にも丸い。そして、人を殺すのを何より嫌がっていた」
「でも、人をたくさん殺したって、キルキルキルって呼ばれていたって、」
「その頃は戦争で、黒霧家にも余裕がなかった。実力があるのに、敵を殺すことが出来ない紀彦をどうにかしようとした。それが、アナザー。黒霧家は弓木紀隆、紀彦に承諾も無しに、弓木紀彦の中にもう一人の、一人称が俺で、攻撃的で、殺すことを何より好む弓木紀彦を作ったのよ」
「元が紀彦、黒霧家が作ったのがアナザー。ってことですか」
「そうね、でも、アナザーだって、基本の性格は紀彦をベースにしているのよ。ある程度は一緒。ただ、いじったのは、殺すことを好むか嫌うか。攻撃的かそうでないか。たったそれだけ」
「じゃあ、殺す必要があるときは、アナザーが出て、日常生活のときは紀彦が出るってことですか」
「最初はそうだった。けど、時間が経つにつれ、紀彦が出ることは減った。周囲の目がつらかったんでしょうね。キルキルキルなんてのはまだましで、悪魔だ、いかれている、そして、こんなのを作った弓木紀隆も悪魔だって言われるようになっていた。黒霧家がアナザーを作ったことは伏せられていた。私も知ったのは主人になってから」
「そんな、自分たちの思い通りになるように、勝手に便利なように作り替えて、使って、それでも、許されない、酷いことなのに」
理不尽だ。いかんともしがたい憤りが私の中で暴れまわっている。
「そうよね。自分の家のことながら、嫌になるわ。あと、いまでも紀彦はあんたとか、君とか、そう呼ばれるのを極度にいやがるでしょ」
「代名詞ってことですか?」
「まあ、その頃、紀彦って呼ぶと突然怒り出したりすることがあったの。だから、みんな、紀彦って呼ぶことはせずに、まずは、あんた、君って呼んでいた。それが嫌だったんでしょうね。ずっと危険なもの扱いだったから」
「だから、紀彦って呼ぶように言われたんだ」
「そうね。結局、あの戦争は終結に三年もかかってしまった。私と紀彦は生き延びたけど、弓木紀隆は死んだ」
「そんな、」
「これまでは紀彦は紀隆の使い魔という登録だった。実際は使い魔じゃなくて自分の子供のように接していたそうだけどね」
「紀彦は十二歳。紀彦が暴走しても止められる紀隆はいない。キルキルキルのことだってあるし、何か紀彦を制限しないと黒霧家は満足しなかった。だから、呪いで使える魔術を減らし、力も落とし、私という新たな主人もつけた」
「黒霧家が上手く利用するためですか」
「まあ、その通りね。基本、紀彦をどうするかの権利は主人の私にあるけど。だから、これまで、初等部、中等部と私と一緒の魔術学校に通っていたけど、高等部には進ませず、魔術とは関係のない、普通の高校に一緒に、私の護衛っていう大義名分でかよわせたの。中等部のときはかなり、危なしかったから」
「紀隆さんのことですか」
「紀彦は紀隆さんが黒霧家にいいように使われて、殺されたと思っているの。だから、復讐したい相手は、黒霧家。なかなか、難しいのは分かっているけど、なんとかしたい」
「それじゃ、新たなる闇からの勧誘は、紀彦にとってかなり魅力的に移ったんじゃないですか。組織内での自由はかなり紀彦にとってうれしいはずですし」
「まあでも、その点に関してはしばらくは安心でしょうね。律ちゃんがいるから」
「わ、私ですか!?」
驚いて声が裏返る。
「紀彦は絶対に途中で仕事を投げ出したりなんかしない。律ちゃんの問題が解決するまでは紀彦は大丈夫でしょう。でも、解決した後は、正直、私にも分からない」
明音ちゃんの表情はいつになく暗い。
「で、でも、主従の関係である以上、」
そんなことにはならないでしょ。と言おうとした。
「私を殺せば済む話よ。紀彦は私から魔力の供給を受けているけど、魔術無しでも私を殺せる実力はあるわ。もちろん、律ちゃんの問題には全力で取り組むわ。それは安心して」
「安心できません!」
「そっか、ありがとね。心配してくれて」
「そりゃ、心配しますよ! 今日の紀彦を見たら。だから、協力しますから! 明音ちゃんと紀彦が本当に心から信じあえる、二人になるように!」
「ありがと。そしたら、たまに頼むことがあるかもそのときは、お願いしてもいい?」
「もちろんです!」
そう、強く言い切った。
その後、しばらく、私たちは久しぶりの会話を楽しんだ。
そして、三時間は過ぎ、私は紀彦の左腕に戻った。




