27話 律エンドロール(1)
紀香ちゃんはとても、それはとても静かな存在と感じました。
まず、しゃべれない、そして、物音をほとんどたてない。
紀香ちゃんの周りからはページをめくる音しか聞こえません。
私が近寄っても、まったく気づいた様子がありません。
そっくり、そのまま、見た目は自分なのに、自分ではない別人のよう。
「ああ、紀香は近付いても気づかないから、左肩に手を置いてあげれば、気づくよ」
紀文さんの言葉どおり、後ろから左肩に手を置きます。
(細い。儚い)
自分自身にたいして、そんなこと一度も思ったことはなかったのに、そう、思いました。
本当に、ギュッと握れば、くしゃくしゃになってしまいそう。
そんなことを思っていると、文庫本をたたんだ紀香ちゃんが、こっちを見ていました。
「筆談には、テーブルがあったほうがいいだろう? このテーブルを使うといい。さて、紀彦君、邪魔者はさっさと退散しよう」
紀彦はこっちを見て(いいのか?)と聞いているようでした。
私は強く頷き(いいよ、一人で大丈夫)と返したつもりです。
二人は家から出て行き、私と紀香ちゃんの二人だけになりました。
向かい合ってテーブルに座り、テーブルにはノートと、サインペンが一つ。
紀香ちゃんは突然書き始めました。
スラスラと、素早いです。
(弓木 紀香です。あなたの体をもらって半年近く経ちました。感謝しています。ありがとう)
ノートとサインペンを差し出されました。これで書け、ということでしょう。
普通なら、怒るところなのかもしれません。でも、不思議と怒りは湧いてきませんでした。
(榊原 律です。どういたしまして。半年はどうでしたか?)
(楽しかったです。私は生まれたときから病弱で、本もまともに読めなかったけど、この半年は本当によかった)
ノートを私に渡した紀香ちゃんはニコッと笑いました。
自分とおんなじ顔で。
(どんな本を読んだの?)
(ありとあらゆるジャンルの本を。今まで私が気になっていた本を。一五〇冊ぐらい。さっき、全て読み終わりました)
(一日、一冊ぐらい?)
(そうですね。他にしたいこともなかったですし。さて、本当にありがとうございました。今からこの体、返します)
紀香ちゃんはブレスレットを外した。
(五分ぐらいで、私の魂が消えて、あなたの魂がこの体に入ります)
(そうするつもりで、紀文さんに出て行ってもらったの?)
(そうです。父は私のために何をするか分かりません。さて、あなたを安心させる言葉を最後に。
迷惑をかけましたね。あなたの時間を奪ったことは申し訳ありません。でも、心の底から、この約半年ありがとう)
書き終わり、もう一度、ニコッと笑って、私の体の中で紀香ちゃんの魂は消えました。
かくっと力を失った目の前の私の体に、私の意識は、魂は吸い込まれるようでした。




