プロローグ
王都の大広間は、シャンデリアの光と音楽で華やかに彩られていた。
今宵は第二王子フィリップの誕生日を祝う舞踏会。
高位貴族たちが集い、きらびやかな宴に酔いしれている。
だが──
楽団の演奏が突如として途切れた。
ざわめきの中、一人の青年が壇上へ進み出る。
第二王子フィリップ・フォン・ルーヴェン。
王族らしい華やかな美貌を持つ彼は、居並ぶ貴族たちを見渡し、高らかに宣言した。
「リリアナ・ヴァルモンド!今宵をもって、我はお前との婚約を破棄する!」
大広間が静まり返る。
次の瞬間、押し殺した驚愕の声があちこちから漏れ始めた。
「なっ……ヴァルモンド家の令嬢に?」
「婚約破棄だと……?」
「しかも公衆の面前で……」
困惑と好奇心が入り混じった視線が、一人の少女へ集中する。
名指しされたのは、魔導の公爵家ヴァルモンド家の次女。
リリアナ・ヴァルモンドだった。
突然の宣告に顔を青ざめさせながらも、彼女は必死に立っていた。
フィリップの隣へ、一人の女性がゆっくりと歩み出る。
聖女クラリッサ・エヴェレット。
慈愛に満ちた微笑みを浮かべるその姿は、まるで聖画から抜け出したかのようだった。
しかし、その瞳の奥には計算された光が宿っている。
クラリッサは胸元へ手を添え、震える声を作った。
「……わたくしは、ずっと黙っておりました」
悲しげに伏せられた睫毛。
会場の空気が彼女へと傾いていく。
「ですが、もう耐えられません。リリアナ様は陰でわたくしを『偽物の聖女』と呼び、神への奉仕を嘲笑っておられました」
息を呑む音が広がる。
だが、クラリッサは追い打ちをかけるように言葉を重ねた。
「そればかりか──禁忌とされる闇魔法の研究に手を染め、王家へ災いをもたらそうとしていたのです。わたくしは、この目で見ました」
「そんな……!」
リリアナの顔から血の気が引く。
「嘘です! 私は決してそのようなことはっ!」
懸命な否定。
だが、それを待っていたかのように数人の貴族が前へ進み出た。
「私も耳にしました。聖女様への侮辱を」
「闇魔法の書物を所持しておられたとか」
「王家への不敬な発言もあったと聞いております」
次々と重ねられる証言。
まるで筋書き通りに進む芝居のようだった。
リリアナは愕然と目を見開く。
誰一人として、自分の言葉を聞こうとはしない。
最初から結論だけが決まっている。
そんな絶望が、彼女の胸を締めつけていた。
──その時。
一人の令嬢が静かに歩み出た。
艶やかな銀髪を揺らしながら、リリアナの前へ立つ。
姉。
イリシア・ヴァルモンド。
第一王子ヴィクトルの婚約者にして、魔導の公爵家が誇る随一の令嬢だった。
彼女は妹を庇うように立ち、ゆっくりとフィリップへ視線を向ける。
その所作には一切の乱れがない。
「殿下」
凛と響く声。
広間中の視線が彼女へ集まる。
「ひとつ、確認させていただいてもよろしいでしょうか」
フィリップが眉をひそめる。
「何だ」
イリシアは静かに微笑んだ。
「これは王家のご意思──そして我がヴァルモンド家当主との正式な協議を経た上での婚約破棄。そのように理解してよろしいのですわね?」
空気が変わる。
感情論ではない。
政治の話だ。
周囲の高位貴族たちの表情も僅かに引き締まった。
フィリップは一瞬だけ言葉に詰まる。
しかし、多くの視線に見られている以上、引くことはできなかった。
「……そうだ。これは王家の決定である」
その言葉を聞いた瞬間。
イリシアは小さく頷いた。
「承知いたしました」
優雅に一礼する。
そして妹の肩へそっと手を置いた。
「……ならばヴァルモンド家は、その決定を謹んで受け入れましょう」
穏やかな笑み。
だが、その瞳だけは氷のように冷たかった。
「お、お姉さま……!」
リリアナが震える声で呼ぶ。
イリシアはそっと妹の手を握った。
その温もりだけが、今にも崩れそうな少女を支えていた。
そして誰にも聞こえぬほど小さな声で囁く。
「大丈夫よ、リリアナ」
優しく。
けれど確固たる意志を込めて。
「──これは、まだ始まりに過ぎないのだから」
リリアナの瞳が揺れる。
イリシアはゆっくりと壇上を見上げた。
王子。
聖女。
そして、この場を操る者たち。
すべてを見据えながら、胸の奥でひとつの確信を抱く。
──やはり始まってしまった。
──この、捻れた世界の物語が。
初めまして!3色あんこと申します!
初の投稿小説を読んでいただきありがとうございます!
これから最終話に向けてどんどん書いて行きますのでよろしくお願いいたします!
本作品はカクヨム、アルファポリスにて同時投稿をしております。
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