鹿乃子の幸せ
朝早くから、朝食のお支度をして、フミさんがいらっしゃる前には大方準備を済ませておいた。
よく眠れたのだ。
あれほど花房の令嬢と元許嫁の不埒な残像に悩まされていたのが、嘘のようだ。
もう、ほとんど考えなくなった。考える余裕がないというべきか。
私の頭の中は、夫となった旦那様のことでいっぱいだった。
旦那様は朝食の席で、「夜会の日付は1週間後だったと思うが、準備は大丈夫ですか」と聞いてきた。
私は旦那様が覚えていてくれたことが嬉しくて、「はい、大丈夫でございます、旦那様」とお伝えした。
途端に、なぜか旦那様は真っ赤になられた。フミさんに顔を見ると、フミさんもニッコリされていた。
旦那様を見送ると、家中を拭き掃除した。
元々フミさんが綺麗にしてくれていたが、私は新妻の役目をちゃんとこなすために頑張ろうと思っていた。
それから、どうしても、今夜は旦那様にお伝えしならないことがあった。
夕方、旦那様がお帰りになると、上着を受け取り、私は着替えを手伝った。
旦那様が着物にお召し物をかえられたところで、正座して三つ指をついて、頭を下げた。
「な……なんです?」
「私がお嫌いでしょうか?」
「えっ?」
「私に触れるのが嫌なのでしょうか。あの・・私は純潔で、この体はあなただけのものです」
私は旦那様が、もし、私の体を勘違いされているのであれば、ここで正しくお伝えしなければと思っていた。
旦那様は真っ赤になられた。
「あの、私は旦那様に触れて欲しいのです。喜んで、旦那様の妻になるためにこの家に来ました」
「なっ……」
旦那様は、私の様子にみじろぎをした。
私の目からは、不覚にも涙が溢れてきた。
「私は……あの……旦那様に喜んで抱いて欲しいの……」
私はさっと抱きしめられた。
「それ以上、言わないでいいから。鹿乃子さん」
「でも……」
私は抱きしめられたことに驚いて、胸が熱くなり、肩を震わせて泣いた。
そっと温かい唇が落ちてきた。
初めての経験にぼーっとしてしまった私は、体の力が抜けてしまった。
何かがとろける。
「いやじゃないですか?」
旦那様がとろんとした目になった私に聞いた。
私は首を振った。
「いやじゃないです。もっとして」
嫌じゃないと伝えたかった私は、突然、はしたないことを口走ってしまった。
その言葉を聞いて真っ赤になった旦那様は、「もう知らないから、鹿乃子さんみたいな綺麗で健気な女性を前にした男がどうなるか、私はもう責任取れませんよ」と囁いた。
――え?
「今晩は寝かせないかもしれません」
――え?
「新妻がこんなに魅力的だと、男は耐え難いのです」
旦那様は、もう一度私の唇にキスをした。
私の結婚は、幸せな結婚なのかもしれない。
この後、朝霧玲央様が驚異の出世を遂げて、軍神と恐れられることは、今まだ誰も知らない。
どうしても気になって、鹿乃子様が幸せになるのを見届けたかったというのもあり、番外編として書きました。
お楽しみいただけましたら、幸いです。
ここまでお読みいただきまいて、本当にありがとうございました。感謝申し上げます。




