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千紫万紅  作者: リゾット
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僕と義妹とパエリアと ~幼馴染~

2.

「義理の妹に現を抜かしているんじゃないでしょうね、悠輔」

昼食を買いに行った凛々恵を待っている僕の元に、一人の少女が現れた。

櫻井山桜桃(さくらいゆすら)。

隣の家に住む、僕の幼馴染である。

幼稚園から小中高と同じ学校で、いわゆる腐れ縁というやつだった。

「……っていうか勝手に家に入るなよ。不法侵入で訴えるぞ」

「今更何を言っているの? 私と悠輔の仲じゃない。気にしなくていいのよ。水臭いわ」

「ここは僕の家だろうが!」

性格は、天上天下唯我独尊と言うか、自由気ままというか、マイペースというか……。

まあ、厄介な奴であることに変わりは無いんだけど。

昔から僕も随分と苛められてきている。

「何しに来たんだよ」

「あら、用が無かったら来ちゃ駄目なの?」

……少なくとも人様の家に入る時は普通何らかの用件があるものだと思うけど。

用も無いのに他人の家に無断で入ってはいけません。

「暇なのよ。春休みがこんなに暇だとは思ってなかったわ。今日は部活も休みだし。

 だから悠輔の義妹ちゃんと仲良くなろうと思ってたんだけど……。姿が見えないわね。お出かけ?」

「いや、昼飯買いに行ってる」

「呆れた。妹をパシリに使うなんて、いつから悠輔はそんな駄目人間になってしまったの? 幼馴染として恥ずかしいわ」

「いや待て。僕は、僕が行くって言ったんだけど、凛々恵が……」

「言い訳か?」

獰猛な野獣も一瞬で平伏しそうなほどの眼力で睨まれた。

怖い……。

言い訳は駄目みたいに言うけど、僕はただ事情を説明しようとしただけなんだぞ……。

「だいいち、食事を買いに行くなんて珍しいわね。いつもは自分で作ってるのに」

「ん、ああ。実は冷蔵庫が壊れちゃってさ」

言うよりも実際に見せた方が早いだろう。

僕は山桜桃を冷蔵庫の前まで連れて行って、実際に冷蔵庫が開かない様子を見せた。

やはり僕がいくら力を込めても、開かない。

昨夜までは、ちょっと開きにくいかな? 程度だったんだけど……。

「だから私は言ったのよ。早く買い換えなさいって」

溜息交じりに山桜桃は言った。

溜息を吐きたいのはむしろ僕の方である。

「どいて。私がやってみる」

「いや、やめた方がいいと思うけど……」

「いいから」

山桜桃は強引に僕を押しのけて、冷蔵庫の前に立った。

取ってに手をかけ、軽く引く。

しかし、開かない。

そこで諦めておくべきだったのだろうが、山桜桃は、

「生意気ね」

そう呟いて、思い切り力を込め、渾身の力で以って冷蔵庫の扉を引いた。

バキッという嫌な音がして、扉は開いた。

ただし――扉は冷蔵庫から分離していたけど。

「…………開いたわよ」

「こういうのは開けたって言わない! 壊したって言うんだよ!」

確かに冷蔵庫の中身は取り出せるけどさあ!

もう永遠に閉まらないじゃねえか!

だからやめた方がいいって言ったのに……っ!

「相変わらずの馬鹿力だよな、お前は……」

「やだ、そんなに褒めないで。照れるから」

断じて褒めてねえよ。

ああ、父さん帰ってきたらびっくりするだろうなあ。

「まあ、いいじゃない。これを機に買い換えなさい」

「……ま、どの道使えなくなっちゃってた訳だしな……」

中身が取り出せる分、まだマシと言うべきなのか。

しばらくの間は、食事は弁当か出前か外食になりそうだけど。



とりあえず茶でも飲むことにした。

リビングのソファに腰かけ、僕と山桜桃は淹れたての茶を啜る。

「それで? 義妹ちゃん――凛々恵ちゃんだっけ? とは上手く行ってるの?」

山桜桃に問われ、僕は苦笑を浮かべた。

とてもじゃないが、上手く行っているとは言い難い現状だろう。

「……その顔を見るに、あまり上手く行っていないようね」

「分かるか」

「悠輔のことなら何でも分かるわよ。幼馴染だもの」

伊達に十七年付き合ってない、ってか。

「何て言うか、向こうが僕を嫌ってるっていうか……いや、嫌ってるとまでは行かないんだろうけど、何か距離を感じるっていうか……。歩み寄ろうとはしたんだけど、駄目だった」

仲良くなりたいんだけど、向こうはそうは思ってはくれないのかもしれない。

僕のことを、義理の兄として受け入れることが出来ないのかもしれない。

それは別に、凛々恵の非ではない。仕方のないことだと、思う。

「……まあ、私はまだ凛々恵ちゃんの顔を見たことがあるくらいで話もしたことがないから、憶測でしかものを言えないけど……。多分、凛々恵ちゃんは、悠輔のことを嫌っているわけではないと思うわね。多分、悠輔と同じなのよ」

「僕と、同じ?」

「そう。悠輔が凛々恵ちゃんに対して距離を感じているように、凛々恵ちゃんも悠輔に距離を感じちゃってるんじゃないかしらね。……接し方が、分からないのよ」

接し方。

山桜桃に言われて、はっとした。確かに、僕も凛々恵とどう接したらいいか、分からずにいたわけだし。

凛々恵もまた、僕との接し方、僕との距離を、測りかねていたのかもしれない。

無愛想はその結果、か?

「それは、ちょっと都合のよい解釈じゃないのか?」

「そう? なら悠輔は凛々恵ちゃんに嫌われてる方が良いの? 『こんなゴミクズが私の兄だなんて許せない。こいつと一緒の家に住むくらいならアイアンメイデンに入る方がまだマシだわ』とか思われちゃってる方が良いの?」

「理不尽な嫌われ方だ……」

僕との同居は拷問器具にも勝る苦痛だって言いたいのかコイツ……。

「そんなの嫌だよ。僕は仲良くなりたいんだ。だって、これから家族として暮らしていくんだしさ」

「なら、変な遠慮はやめることね。家族同士、遠慮なんてすることないわよ。

 自分が思っていることを、率直に言えばいいの」

「率直に……」

僕のやり方は、確かに遠回しだったか……?

仲良くなりたいなら、直接そう言うべきだったのか? 「君と仲良くなりたいんだ」って?

それも、何か変な気がするけど……。

「悠輔が下手な遠慮をすると、向こうも余計に距離を感じちゃうのよ。どうせ悠輔のことだから、『やれやれ愛い奴め。ここは僕が兄として、一丁その緊張を解してやるとするか』とか思って距離を縮めようとか思ってたんでしょうけど、回りくどいやり方は逆効果よ」

お前はエスパーか何かなのか?

けど、言っていることは一理ある。

遠回しなやり方は、相手に伝わらない恐れがある。下手すると余計に距離が遠くなってしまうのだ。

「けどさ、飯買いに行くのだって、一緒に行こうって言ったのもきっぱり断られちゃったし……」

「悠輔と一緒に行ったって、気まずい空気になると思ったんじゃない? 悠輔は距離を縮めようと一人空しくあたふたするだけだろうし」

人と人との関係って、難しいんだな……。

「でもお前、凄いな。何で話聞いただけでそんな風に分かるんだ?」

「分かってはいないわよ。私はただ彼女を一目見たときの印象を元手に憶測で語ってるだけ。

 一目見て分かったわよ。『この子はツンデレだ』ってね」

もっとマシな印象は無かったのかよ。

ツンデレって……それこそ都合のよい解釈というものだ。

でも、ツンデレ義妹はアリだな……。

「けど、私の勘はいつも当たるの。悠輔だって知ってるでしょう?」

「まあな。お前のシックスセンスは信用してるよ」

「やだ、昼間からセックスセンスだなんて下ネタ。まだ早いわよ」

「お前のおつむも高校生になるにはまだ早いな!」

黙ってれば可愛いのにそうやって下ネタ言うから、お前は彼氏が出来ないんだよ!

まあ僕にも彼女いないけど!

「ツンデレだけじゃないわ。あの子、巨乳属性も持ち合わせているわよ」

「見ただけで分かるのか?」

「私の眼に狂いは無いわ。少なく見積もってもFカップはあるわね、あの子」

「その眼、凄いな……」

見ただけで胸のサイズが分かるって……。

「欲しいの? 寿命が半分になるわよ」

「お前は死神か。……っていうか、凛々恵の胸のサイズは、今はどうでもいい話だよ」

「私? 私はFカップよ。でも最近また大きくなったから、ひょっとしたらGカップに突入するかもしれないわね」

「お前の胸のサイズはもっとどうでもいい話だよ!」

さっきまで真摯に僕の悩みに答えてくれていたのに、本当に落差の激しい奴だ。

それに、男子の間で女子の胸のサイズの話をするのは良いのに、女子から直接胸のサイズを聞かされるのはむしろ恥ずかしいのは何故なんだろう。

「まあ、凛々恵ちゃんが戻ってきたら、話をしてみなさい。回りくどいやり方じゃなくて。

 向こうも接し方が分からなくて戸惑っているんだろうから、悠輔がちゃんとしてあげないと、いつまでたってもぎくしゃくしたままになっちゃうわよ」

「……そうだな」

「まあ、本当に嫌われているという可能性もあるわけだけど」

余計なことを言うよなあ。

さっき自分でその可能性は考えるなって言っておいて……。

「でもほら、照れ隠しに無愛想な態度を取っちゃう、っていう方がキャラとして萌えるでしょう」

「別に萌えとか求めてないよ、僕は……」

仲良くなりたいだけだ。

家族として、これから一緒に暮らしていけるように。

「……それにしても、昼食を買いに行ったというわりには、時間がかかりすぎじゃないかしら」

山桜桃はリビングの時計に目をやって言った。

気がつくともう午後の一時を回っているのだ。

凛々恵がどこまで昼食を買いに行ったかは分からないが、確かに時間がかかりすぎている気がする。

「連絡してみたら?」

「そうだな……って、あ」

携帯を取り出したところで、僕は気付いた。

「凛々恵って携帯持ってないんだった……」

今時珍しい子だなあとか思った記憶がある。

今度買いに行こう、みたいな話をエリカさんがしていた記憶もある。

迂闊だった。

やはり意地でも僕が行くべきだったのかもしれない。

携帯を持っていない凛々恵を一人で行かせるべきでは、なかったのかもしれない……!

「山桜桃、悪いけど留守番頼む」

「探しに行くの?」

「ああ。もし入れ違いになったら連絡してくれ」

「ええ。待っててあげるから、さっさと行きなさい」

茶を啜りながらそう言ってくれる幼馴染。

ありがたい奴だ、と思う。

「でも、その前に」

今にも駆けだすところであった僕を、山桜桃が止める。

「寝間着は着替えてから行きなさい?」


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