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千紫万紅  作者: リゾット
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僕と義妹とパエリアと ~理想と現実~

1.

「お兄ちゃん、起きて」

朝。

春休みなのをいいことに惰眠を貪る僕を起こしに来るのは、妹。

「朝だよ。もう、休みだからって寝てばかりいちゃ駄目だよ?」

「ん……」

妹に体をゆすられ、僕は身体を起こす。

毎朝可愛い妹に起こしに来てもらえる幸せを享受しない男子がいようか。いや、いない。

だから僕はわざと遅くまで寝ているのだ。前夜に夜更かしをしてまで!

「朝ごはん、出来てるから。早く下りてきてね?」

「ああ」

妹はエプロンを身につけている。さっきまで朝食の準備をしていたのだろう。

幸せすぎる。

ついこの間まで僕を起こしに来る人物も朝食を作ってくれる人物もいなかったというのに……!

「お兄ちゃん、今日は買い物に付き合ってくれる約束でしょ? 忘れてないよね?」

僕の部屋のドアを開けたところで、妹は振り返ってそう言った。

「勿論。忘れる訳ないだろう。朝飯食べたら、一緒に行こうか」

僕がそう言ってほほ笑みかけると、妹はにっこりと笑顔を浮かべた。

眼福。

「うんっ。じゃあ、待ってるからね?」

「おう」

ああ、父親の再婚でこんなにも日々の生活が変わるなんて……。

断言できる。

僕は今、幸せである、と。



まあ、夢なんだけどね。

「…………そりゃそうだ」

朝。

春休みなのをいいことに惰眠を貪っていた僕を起こしてくれるはずの妹は一向に現れなかったようで、気がつけば昼前であった。

「世の中、そう甘くはないよなあ」

父親が再婚したのは、本当。

義理の妹が出来たのも、本当だ。

ただし、その妹は夢に出てきたような妹の理想形みたいな美少女ではない。

少なくとも、朝僕を起こしに来てくれたり、朝食を作ってくれたりは、しない。

一緒に買い物に行く予定も、今のところない。

僕は寝間着姿のまま、部屋を出て一階へ行く。

二階建ての一軒家。父が生まれ育った家であり、祖父と祖母が亡くなった後も住み続けている家。

古い家ではあるけど、そこそこ大きくて綺麗な家だ。

リビングに入ると、ソファに座ってテレビを見ている人物がいた。

彼女こそ、僕の義理の妹となった少女。

彼女は僕が入って来たことに気づくと、ちらりと僕の方を見た。

金色の髪。青色の眼。

ドイツ人の母親から受け継いだ色彩を持つ彼女。

雄漂木凛々おひるぎりりえ

それが彼女の、今の名前。

「……おはようございます」

何とも、抑揚に欠けた喋り方をする少女だった。

生まれも育ちも日本らしいから、日本語が出来ないと言うことは全くないはずだけど。

「あ、ああ、おはよう。父さんと……エリカさんは?」

僕が尋ねると、凛々恵は視線を僕からテレビに戻しつつも、答えた。

「昨夜の話を聞いていなかったのですか? 二人は今日から新婚旅行に行くと」

「そ、そうだった」

海外に新婚旅行に行くと、昨夜に説明された気がする。

どうやら寝ぼけているらしい。顔を洗った方が良さそうだ。

「顔を洗ってきたらどうですか。ひどい寝ぐせですよ」

「……そうする」

宿題をやろうとするまさにその時、親に「宿題やりなさい」と言われるとやる気をなくしてしまう子供の心理が、何となく分かった気がした。

そうは言っても顔は洗わなくてはいけない。

洗面所で冷たい水を顔いっぱいに浴びて、目覚めを得る。

「……どうしたものか……」

良く考えたら、この家には僕と凛々恵の二人だけがいることになる。

二人きり。

年頃の男女が、一つ屋根の下で、二人きり。

なのに心躍るどころか、物凄く気まずい感覚しかない……。

凛々恵は、美人である。

これは恐らく百人に聞いたら九十九人がそう答えるはずだ。残る一人はゲイかロリコンだろう。

そんな美人と同居できるというのだから、普通に喜ぶシチュエーションなのではないか、と考えるのは早計というものである。

相性、というものがある。

たとえ容姿がどれだけ優れていようと、相性が悪い人間と折り合いを良くすることは難しい。

別に凛々恵のことが嫌いな訳ではない。

ただ、ちょっと、苦手意識を感じていることは否定できない。

あの子、凄く愛想に欠けるというか……表情の変化に乏しすぎる。

初顔合わせからこっち、未だに僕は彼女の笑顔も泣き顔も怒り顔も拝んでいないのだ。

今までは親二人がいたから、どうにかなっていたけど……。これから親が新婚旅行から帰って来るまで、僕は彼女と二人きりで過ごさなければならない。

大丈夫だろうか……。

僕の心は持つのだろうか……。

「けど、僕は兄だ。やっぱり僕の方から歩み寄って、少しでも仲良くなるべきだよな……」

仲良くなりたい。これも偽らざる僕の本音だ。

見た目は外国人に見えなくもないけど、彼女は国籍的にも立派な日本人なのだ。

日本人離れした外見に、僕の方が勝手に委縮してしまっているだけかもしれないじゃないか。

大事なのは、お話しすること。

今はむしろ、チャンスなのだ。一対一でお話をする絶好の機会。

この機会に仲良くなって、僕と凛々恵は兄妹になるのだ。

そうと決めたら、まずは行動だ。

早速僕はリビングに戻った。

凛々恵は相変わらずテレビを見ている。……何を見ているんだろう?

そうだ、それを訪ねてみればいい。そこから会話が膨らむかもしれないし。

「何、見てるんだ?」

「テレビです」

…………そんなことは、分かってるんだよ。

重々承知の上なんだよ。

負けるな僕。大人の対応を見せてやるんだ。

「何の番組なんだ?」

「時代劇です。見れば分かるでしょう」

…………棘を感じるのは僕だけなのか。

テレビ画面を見ると、確かに時代劇をやっている。一目瞭然だった。

「時代劇、好きなのか?」

「まあ」

「そっか……」

……沈黙。

会話が続かない……。

この子、ひょっとして僕とのコミュニケーションを放棄しているのだろうか……。

いや、諦めるな。

ひょっとしたら彼女、緊張しているのかもしれないぞ。

考えてもみれば、だ。母子家庭で育った彼女が、突如親の再婚によって出現した義理の兄を、そう簡単に受け入れられるか?

緊張してしまって、上手く話せないということも、あるのではないか?

そう考えると、凛々恵が無愛想なのも、何だか許せてしまう。そうだよな、いきなり兄が出来たら緊張しちゃうよな。

やれやれ愛い奴め。ここは僕が兄として、一丁その緊張を解してやるとするか。

「なあ、隣座ってもいいか」

「嫌です」

拒否られた……。

い、いや、いきなり隣に座るのは矢継ぎ早だったか。

年頃の女の子だもんな。

とりあえず、凛々恵との間に一人分スペースを空けて、ソファに座る。

「あ、そういえば朝飯は? 食べた?」

「食べました」

素っ気なく答える凛々恵。

会話をつづけようという意思が微塵も感じられない……。

「……あなたの分もありますが」

「え、何? 作ってくれたの?」

「まさか。昨日食べたカレーの余りですよ」

……一晩つけたカレーは、おいしいよね。

「でも、もう昼か……。今更朝飯ってのも、遅すぎるよな……」

時計を見ると、もうすぐ正午になろうかという時間。

昼飯か……。何か作ろうか。

父子家庭で育ったので、僕は一通りの家事が出来る。特に料理は少しばかり自信がある。

「お腹空いてないか? もし空いてるなら、昼飯作るけど」

「作れるのですか」

「あ、そっか。この家に来てから料理はエリカさんが作ってたもんな……。

 父さんが家にいない時も多いから、家事は一通り出来るようになったんだよ。料理ももちろん出来る。

 何が希望があれば、聞くけど」

ちなみにエリカさんというのは、僕の義母の名前。凛々恵の実の母親でもあるわけだけど。

生まれも育ちもドイツ人だが、現在は日本国籍。

「そういやパエリア作ろうって思ってたんだよな……」

材料を昨日買っておいた記憶がある。

僕はソファから立ち上がると、リビングと直結しているダイニングへ向かう。

冷蔵庫の中身を確認するためだ。買い物に行くのもなんか気だるいしな……。

「って、あれ? おかしいな」

「どうかしましたか?」

僕の戸惑いの声を聞き取ったのか、凛々恵が尋ねてくる。

「いや……冷蔵庫が開かない」

「……はあ?」

お前は一体何を言っているんだ、とても言いたげな凛々恵の声色。

しかし事実なのだ。

僕がどれだけ引いても押しても冷蔵庫の扉が開かない。

くそ、古い冷蔵庫だったからな……。

「だから買い換えようって言ったのに……」

「どいてください」

凛々恵がやって来た。冷蔵庫が開かないなんて信じられないのだろう。

僕は横に退いて、凛々恵が冷蔵庫の前に立つ。

取っ手に手をかけ、引く。しかし開かない。

どれだけ力を込めても、冷蔵庫の扉は開かず、中の食材を取り出すことは叶わない。

「……っ」

凛々恵の眉間にしわが寄る。

男の僕でも無理なんだ。女の子のか細い腕では開かないだろう。

「……開きませんね」

「だろ?」

困ったことになった。

こういう時って、どうすれば良いのだろう……。製造会社とかに電話した方がいいのか?

「うーん、パエリア作ろうと思ってたのに……。

 しょうがないな、とりあえず昼飯は弁当でも買って来ようか」

「……では、私が買ってきます」

「え、いやいや、いいよ、僕が行くよ」

最初からそのつもりだった。

女の子に弁当買いに行かせるのも、何か躊躇われる。

「別に、買い物くらい行けます」

何故か、険しい表情で言う凛々恵。

別に買い物に行けるか行けないかを心配しているわけではないんだけど……。

「じゃあ、一緒に……」

「一人で平気です。買い物くらい、一人で行けます」

きっぱりと。

僕の申し出は、断られた。

「この街に来てもうそれなりに経っているのですから、心配してもらわなくて結構です」

くるりと凛々恵は踵を返し、リビングから出て行こうとする。

何だろう、怒ってる?

僕は、何か悪いことをしたのだろうか?

戸惑っている間に、凛々恵は出て行ってしまった。

僕は一人、取り残される。

「女の子って、難しいな……」

溜息をつき、僕はダイニングテーブルの椅子に腰かける。

僕は凛々恵に、嫌われてしまっているのだろうか。

僕が父の再婚を聞かされたのはかなり突然だった。凛々恵もそうだったのかもしれない。

初めて会ったときから、凛々恵と親しげに話したことなど一度も無かった。

「嫌われてるのかなあ……」

いきなり受け入れるのも、無理な話かもしれない。

僕にとって義理の妹は歓迎できる存在だったけれど。

凛々恵にとって義理の兄がそうであるとは、限らないのだ。



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