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千紫万紅  作者: リゾット
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雑談 ~あだ名について~

「あだ名、ってさ、あるじゃん」

 ある日の夕食後。

 リビングで、僕と凛々りりえはテレビを見ながら雑談に興じていた。

 凛々恵はソファに座り、僕はカーペットの上に座っている。

 台所の方からは、エリカさんが食器を洗う音が聞こえてくる。ついこの間までは僕の日課であった皿洗いも、今は毎日エリカさんがやってくれる。楽ではある反面、何か手持ち無沙汰というか、落ち着かない気持ちもある。

 そこで僕は、義妹との仲を深めるべく、凛々恵とおしゃべりを楽しむことにしたのである。

 新たな日課、であった。

「あれって漢字で『仇名』……仇の名前って書くじゃん。ニックネームなのに、何で仇の名前なんだろうな」

「……悠輔。あだ名は漢字だと『渾名』……さんずいに軍と書くのですよ」

「え、そうなの!?」

 やや呆れたような凛々恵の返答に、僕は驚きの色を隠せない。

 え、あだ名って『渾名』って書くんだ。

 『仇名』だと思ってた。

「でも、パソコンとか携帯だと『仇名』で変換できるじゃん」

「それは同音異義語ですよ、悠輔。『渾名』と『仇名』は違う言葉です。

 前者は悠輔の言うとおりニックネームのこと。後者は、男女関係の噂とか、濡れ衣といった意味の言葉ですので、全く別物ですね」

「へーっ」

 素直に感心してしまった。

 そう、我が義妹は、成績も優秀らしいのだ。中学校ではトップクラスだったとか。母子家庭で育った凛々恵は、勉学で優秀な成績を収め、奨学金で通っていたそうだ。何と親孝行なことか。しかも通っていたのは、トップレベルのお嬢様学校だというのだからさらに驚きである。

 いるもんだね、こういう子。

「よく知ってるな、そういうこと」

「実を言うと、昔、私も気になって、辞書で調べたんです」

 知識ってそうやって増えてくものだよなあ。

「……そう言えば、凛々恵ってあだ名ってある?」

 ふと気になったので聞いてみた。

 友達がいれば、あだ名で呼ばれる機会もあろうというものだ。

 あ、でも、お嬢様学校だとあんまりそういう習慣は無いのかな?(偏見である)

「あだ名ですか……。まあ、ないこともないですが」

「そういやエリカさんは凛々恵のこと『リリちゃん』って呼んでるよな」

 あだ名は友達同士のみならず、家族で使ったりもするよな、そういえば。

 …………。

「なあ凛々恵、僕も凛々恵のこと『リリちゃん』って呼んでいいか」

「駄目です」

 即答だった。

 「なあ」の辺りですでに凛々恵は答えを返していた。速い。

 よほど嫌なのな。

「本当は、お母さんにもやめてほしいんです。ちょっと恥ずかしいので」

 子供っぽくて嫌だ、そうである。

 何だかんだで凛々恵も年頃の娘なのだから、そういう感覚もあるだろう。

 僕も親に『悠ちゃん』とか呼んでほしくはないしな。

「他には?」

「どうしてそこまで私のあだ名を知りたがるのですか……」

 凛々恵は恥ずかしそうに目を逸らす。

 愛い奴め。

 いじめたくなるぜ。

 ……まさか、昔いじめられていて、屈辱的なあだ名をつけられてた、とかじゃないよな?

 そうだとしたら僕はかなり最低なことをしているけど。

 しかしそうではなかったようで、凛々恵は「まあいいでしょう」と溜息交じりに言った。

「リリちゃん以上に恥ずかしいあだ名はありませんから」

 相当恥ずかしいんだな……。

「小学生の頃は、『リンリン』なんて呼ばれていましたよ。漢字が『凛々恵』と書くものですから」

「へぇー。リンリンねぇ。よくある感じのあだ名だな」

「でも、私はパンダみたいで嫌だったんです」

「あー、確かに……」

 可愛いとは思うけど、確かに複雑かもな。

 そこで、洗い物を終えたエリカさんがリビングにやって来た。

「はぁーっ疲れた疲れたーっ」

 僕の義母であり、凛々恵の実母。僕の父の再婚相手。

 出生地は何とドイツ。れっきとした外国人、だった。とは言え日本に長いこと住んでいるし、これからも日本で暮らすわけだから、外国人という分類は今は当てはまらない。

 手には一本のビール缶が握られている。これは、エリカさんの日課だ。

 実はエリカさん、かなりの酒好きらしい。相当なウワバミらしく、僕の父もまるでかなわなかったそうだ。

「なになに、何の話ー?」

 エリカさんはビール缶片手に凛々恵の隣に座る。

「あだ名の話です。私の昔のあだ名について……」

「リリちゃんのあだ名? 私が知ってるのは、中学校の時『お姉さま』って呼ばれてたことくらいかしらねえ」

「ぷっ!」

 僕は吹き出した。

 『お姉さま』て。

 女子校だからってベタすぎるだろう、それは。

「それ、本当? エリカさん」

「本当よ? リリちゃんが三年生で生徒会長やってた時、後輩の子がみーんなリリちゃんのこと『お姉さま』って呼んでて、私びっくりしたんだから」

「お、お母さん、その話は……っ」

 凛々恵が顔を真っ赤にしている。

 珍しいこともあるものだ。

「っていうか、凛々恵、生徒会長やってたんだ」

「ま、まあ……。うちの学校の生徒会長は代々、『お姉さま』と呼ばれる習慣のようなものがあるそうで、それで……。だ、だから私のあだ名というわけでは……」

 恥ずかしさからか、歯切れが悪い。

 でも確かに、凛々恵は大人びているから、『お姉さま』と呼ばれてもあまり違和感がない。

 優等生だったらしいから、後輩の尊敬を集めていそうだし。

「ああ、あと、『百合ちゃん』って呼ばれてたわよね」

 ビールを一口飲んだ後で、エリカさんが思い出したように言った。

「『ゆりちゃん』?」

 僕は首をかしげる。

 ゆりって……百合のことか?

 どういう意味だろう。

 疑問に思い、僕は凛々恵の方を見る。

「百合と言っても変な意味ではありませんよ……。そのまま、花の百合の方です」

 スラングの方の百合の意味を凛々恵が知っていることに、僕は若干驚く。

 やっぱ女子校だからか?(偏見)

「何で、百合? 百合が似合いそうってことか」

「そうじゃなくてね、悠輔君。百合って、ドイツ語で『リリエ』って言うのよ」

 正確には『Lilieリーリエ』だけどね、流暢に正しい発音を教えてくれるエリカさん。

 なるほど、変わった名前だとは思っていたが、そういう由来があったのか。

「リリちゃんのお父さんは日本人でしょう。だから二人で話し合って、日本でもドイツでも通じるような名前をつけたのよ」

「へえ……」

 何か、すごいな。

 親の愛情を感じる話だ。きっと、相当考え込んでつけたんだろうな……。

「まあ、適当にドイツ語の辞書を見ていたら偶然見つけて、『これにしよう』とお母さんが決めたそうですけどね」

「意外とアバウトじゃねえか」

 そこにオチはいらなかったよ。

「だって、百合の花ってステキじゃない? 百合の花言葉って『威厳』なのよ。だから『凛々しい』っていう字をつけたの。これはお父さんの提案だったんだけどね」

 凛々恵のお父さん、か。

 その辺は僕は全然知らないんだよな。父さんは知ってるのだろうか。

 日本人だということしか知らないけれど、どういう人だったんだろう。

「……でも、『百合ちゃん』なんてあだ名を考えた人は凄いな。凛々恵の名前の由来を見抜いて、つけたわけだろ」

「頭のいい人だったんですよ。私など及びもつかないほどに」

 過去を懐かしむような表情の凛々恵。

 だけど、どこか悲しげだ。

 ……あんまり詳しく聞かない方が、いいのかな。

「頭のいい人だったんですよ。悠輔など及びもつかないほどに」

「何で二度言っ――待て、今主語が違った気が」

「冗談ですよ」

 さらっとジョークを挟んでくる凛々恵。

 侮れない奴だ。

 そういう冗談を言えるほどに、僕に対して心の距離が近付いたということでもあるから、喜ばしいことなんだけどね。

「あら、悠輔君は成績良いんでしょう? 遼一さんが言ってたもの」

「まあ、悪くはないけど」

 中の上、くらいかな?

 平均点を下回ることはないけど、上位層には一歩届かない。そんな感じ。

「そういえば山桜桃さんから、悠輔は中学時代、保健体育だけは一位を譲らなかったという噂を聞きましたが、あれは本当なのですか?」

「……ああ、なるほど。つまりそういうのを『仇名』っていうわけね」

 勉強になったよ。


えらくお久しぶりになってしまいました……。

待っていてくださった方には心からの謝罪と感謝を……!

現在、『招かれざる客の輪舞曲』という現代ファンタジーものを連載しているため、しばらくそちらに集中することになるかと……。

こちらも頑張って更新しますが、もう一つの方に重きを置くことになること、ご理解下さい。

もしよければ『招かれざる客の輪舞曲』も読んで頂ければ幸いです……!


更新間隔をこれ以上空けないために、今回は短めの番外編となりました。

凛々恵の過去についてほんのちょびっと言及されています。伏線もあるとかないとか……。

これからも合間合間にこうした雑談を挟んでいくことになるかと思います。



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