僕と生徒会長と学校と ~生徒会長マジ天使~
学校に着くなり、山桜桃は凛々恵を連れて学校案内へと繰り出してしまった。
一人残された僕は、大人しく生徒会室へと向かう。
正直なところ、生徒会室がどこにあるのかも知らない、という生徒はかなり多い。普通に生活していたら、生徒会室に行く機会などまず無いからだ。
そもそも――生徒会自体、決して強い存在感を放つものではないのである。よその学校でどうなのかは知らないが、少なくともうちの学校ではそうなのだ。
とは言え、学校行事などでたびたび出番があるので、存在感皆無なわけでもない。会長の顔と名前くらいならば、多くの生徒が知っているはずだ。
というか。
あの生徒会長なら、一度見れば忘れないだろう。
「やほー」
僕が生徒会室のドアを開けるなり、彼女はそう挨拶してきた。
まるで僕が入ってくることが分かっていたかのように。
いつだってこの先輩は――何でも知っているかのようなのだ。
「久しぶりだね雄漂木君。良い春休みは過ごせたかな? ん、これは聞くまでも無かったかなあ。両手に花抱えて登校してくるくらいなんだから、さぞリア充全開な春休みだったんだろうね」
高校三年生になるにしては低めな身長。
腰の下まで伸ばした黒のツインテール。
小・中学生かと間違われかねない童顔。
やたらと高くて幼げで可愛らしい声質。
彼女が。
生徒会室の一番奥、窓際の机の上に座っている彼女こそが。
我が高校の生徒会執行部会長を務める存在。
『日本一ランドセルの似合う女子高生』『永遠の実在青少年』『現実世界に舞い降りた天使』など数多の称号をほしいままにする十年に一人の逸材。
岩千鳥携――その人である。
「お久しぶりです、岩千鳥先輩」
「にゃはは、おひさー」
快活に笑いながら、先輩はぴょんっと机から飛び降りた。
非常に愛らしい仕草である。
容姿も声も愛くるしい岩千鳥先輩にはファンも多い。大多数の意見は『守ってあげたくなる』だそうで、かく言う僕も同意見である。
守ってあげたい。
抱きしめてあげたい。
ちゅーしてあげたい。
「む、雄漂木ちゃん、破廉恥なこと考えてない?」
「まさか。近年の児童ポルノの氾濫を憂いていただけですよ」
今朝反省したばっかなんだけど、どうにも僕はポーカーフェイスの真逆らしい。
「まだ誰も来てないんですか」
「いや、松風君は来てるけど、どっか行っちゃった。ま、今は君とあたしだけね」
まあ集合時間まではまだあるしな。
むしろ僕や先輩が早く来すぎただけの話だった。
「それよか雄漂木君、さっきも言ったけど、美少女に囲まれて登校なんて随分羨ましいことしてるね」
ニタニタと笑う岩千鳥先輩。
この人どうやら、僕が山桜桃と凛々恵と共に学校へ来るのを見ていたらしい。
「一人は山桜桃ちゃんだって分かったけど、もう一人のあの金髪の子は? ひょっとして、例の妹さん?」
「そうですよ。今年、入学するんです」
「ほへー。にしても、義理の妹なんて本当に実在するんだねー」
それについては僕も未だに実感が湧いていない部分がある。
ある日突然、父から再婚を告げられ、よく分からないうちに我が家に凛々恵とエリカさんがやって来たのだった。
心の整理をする時間もなかったので、打ち解けるのに大分かかってしまった。
「もう仲良くなった? その妹さんとは」
「今では一緒にお風呂で洗いっこする仲ですよ」
胸を張って堂々と言う僕。
後ろめたいことなど微塵もない。
「じゃあ、『お兄ちゃん』なんて呼んでもらえたりするわけ?」
「呼ばれまくりです。世界で最も妹から愛されている兄、それ即ち僕であると自負してます」
言ってて悲しくなってきた。
「いいなあいいなあ、あたし一人っ子だから羨ましー」
「なら先輩、僕が兄になってあげますよ」
年齢差を無視した発言であった。無論わざとだけど。
年上の妹ってどんだけ倒錯してんだよ、と思わなくもない。如何ほど複雑な家庭なのか。
「いや、あたしは妹か弟が欲しいんだけど……」
どうやら先輩のお気には召さないらしい。ナイスな提案だと思ったんだけど。
しかしここで諦める僕ではない。
「まあまあ先輩、試しに僕のことをお兄ちゃんと呼んでみてくださいよ。そうしたら新しい価値観が見えてくるかもしれません」
「そうかなぁ……」
「そうですとも」
力説する僕。
我ながら何言ってるんだろう、という自覚はある。
「じゃあ、やってみるね」
「お願いします」
こほん、と岩千鳥先輩は咳払いを一つ。
「お兄ちゃん」
「カット!」
「ええっ!? まさかのNG!?」
驚愕する先輩。
だが仕方の無いことだ。僕とて妥協するわけには行かない。絶対に譲れない、譲るわけにはいかないものが、誰にでもあるはずだ。
「先輩、ただ『お兄ちゃん』って発音すればいいというものではないんですよ。
もっとこう、妹になったつもりで! あなたの目の前にいるのはあなたの兄です!」
「うー、難しいこと言うなあ。でも、分かったよ。今度は本気で行くからね」
最初から本気を出してくれればいいのに。
この先輩と来たら焦らし上手である。
「じゃあテイク2」
先輩は大きく深呼吸。
そして、
「――悠輔お兄ちゃんっ」
満面の笑顔と共に、渾身の一撃。
『っ』という最後の発音が非常にポイントが高い。
うん。
生きてて良かった。
人生って素晴らしい。
僕の胸に芽生えたこの感情――これを人は『愛』と呼ぶのだろうか。
愛を知ると、世界はこんなにも美しく見えるのか。
「先輩」
「ん? なあに」
「結婚しましょう」
「え? ごめん無理」
断られた。
そうか、愛って一方通行じゃ駄目なのか……。
「駄目だよ雄漂木君。君には山桜桃ちゃんがいるでしょー」
「あれはただの幼馴染ですよ……。腐れ縁と言ってもいい」
家が隣同士で、小中高ずっと同じ学校同じクラスで、しょっちゅう互いの家で寝泊りしている程度の関係だ。それ以上のことは何もない。
やれやれ、いつも勘違いされちゃうんだよなー。僕と山桜桃はただの幼馴染だってのに。
「またまたぁ。山桜桃ちゃんほどの美少女、中々いないよ? おっぱいも大きいし!」
「本人曰くGカップだそうです」
「うわー、あたしより五つも上手だよ!」
おお、先輩の胸のサイズが分かってしまった。
分かったところでどうにもならないんだけどさ。
「ま、大事にしてあげなよ? あんないい子、ホント中々いないんだから」
「いい子、ねえ……」
やりたい放題だけどな、あの女。
今頃、凛々恵に変なことしてないだろうな。
凛々恵の貞操に危機が及ぶようならば、僕はやはり兄として、山桜桃と戦う決意をせねばなるまい。
まあ、僕が山桜桃に勝てるとは思えないけど。
「……あ」
ふと僕は、生徒会長専用机(岩千鳥先輩が勝手に買った)の上に、参考書とノートがあることに気がついた。
明らかに、勉強していた形跡がある。
「先輩、勉強してたんですか」
「ん? ああ、うん。ほら、あたしももう受験生だしさ」
先輩はこの春で高校三年生。
受験勉強を意識するのも当然だった。
「だから、五月で生徒会役員も引退。あとは受験勉強に専念ってわけよん」
毎年度、五月に生徒会役員は代替わりする。通例として、三年生はそこで引退し、二年生が生徒会長となる。
例に漏れず――先輩も、五月でお役御免というわけだった。
「そゆわけでさ、後進のことも考えないといけないんだよねー」
岩千鳥先輩の後を継ぐ、次の生徒会長か。
毎年、生徒会役員の中の誰かがなっている。岩千鳥先輩も、一年生の時から生徒会役員だった。
「あたしの考えとしては」
一転、真面目な表情で岩千鳥先輩は僕の顔を見据える。
自然と、僕の表情も引き締まった。
「君か杉村君に、次の生徒会長、やってほしいんだよね」
「…………」
そう来たか。
僕は押し黙る。何て答えたらいいか分からなかった。
「――ま、ちょっと考えておいてくれると嬉しいかな」
にぱ、と笑顔を浮かべる先輩。
散々世話になったし、何とか恩に報いたい気持ちはあるんだけど……。
生徒会長って柄じゃ、ないよなあ……。
「いちおー、カコちゃんにも聞いてみたんだけどね。カコちゃん、漫画研究会の方でも部長になるからって言って、断られちゃった」
カコちゃん――七竈香子。
僕や杉村と同じ学年で、生徒会会計を務めている女子だ。
確かに彼女は、生徒会長向きって感じでは無いかもしれない。
「あーあ、あっという間にあたしも三年生かあ。短かったなあ、高校生活」
「確かに、僕も気づいたら一年終わってました」
歳を取るごとに、時の経過が早く感じられるようになっていく気がする。
僕も二年生になるわけだけど、やはりあっという間に三年生になって、今の岩千鳥先輩と同じようなことを言うのだろうか。
「やっぱり、高校二年生の一年間が一番高校生活を楽しめるからねー。雄漂木君も、この一年は心して楽しむべきだよ。ホントにあっという間なんだから」
「肝に銘じときます」
……やっぱり、先輩が言うと重みが違うな。
外見は完全に年下なんだけどなあ。小学生だと言われても信じる。
妙な薬で身体が縮んじゃったのだろうか。
「雄漂木君、心なしか君の視線が子供を見る時のものになっている気がするけど」
「ええと、その、すいません」
「否定しないのね」
嘘は苦手な僕であった。
えらくお久しぶりになってしまいました……。
今回は生徒会長・岩千鳥携の登場です。
この作品においては貴重な貧乳成分でもあります。
年内にこの話を終わらせたいところなのですが……!
頑張ります。