僕と生徒会長と学校と ~義妹と幼馴染と~
とりあえず、凛々恵の準備が整うまで、家から出て待つことにした。
麗らかな春の日差しと、温かさを纏った春風が心地よい。
天候は快晴。雲一つ無い青空が広がっていて、今日一日頑張ろうって気にさせてくれる。
「いい天気だな、と……」
玄関を出ると、目の前は道だ。車一台分あるくらいの小さな道である。田舎じゃないから舗装はされてるけど、車なんてあんまり通らない。
この辺は住宅街で、見回してみても家しかない。少し歩けば駅前の繁華街に出られるんだけど。
「あら、悠輔じゃない」
我が家の塀に寄りかかってぼーっと空を眺めていた僕を見つけたのは、隣の家から出てきた僕の幼馴染・櫻井山桜桃だった。
今日は僕と同じ制服姿だ。
セーラー服にスカートという、学校指定の女子制服。特に変わったところのない、ごく普通の制服である。
「何だよ山桜桃、学校か?」
「ええ、部活よ。そっちは生徒会?」
「そうなんだよ。あと、凛々恵を案内してやろうと思ってさ」
「そういえば、凛々恵ちゃんは今度高校生になるのね」
ふうむ、と山桜桃は顎に手を当てて、なにやら考え込んでいる。
まあ、この女が考えることなんて大体ロクなことじゃないんだけどさ。
「だったら、学校案内は私がしてあげるわ。悠輔は生徒会の仕事で忙しいんだろうし」
「ロクなこと考えてた!」
あれ、何かすげえ申し訳ない気分だぞ!?
「何よ悠輔、あなたどれだけ私のこと粗暴でがさつで巨乳だと思ってるの」
山桜桃はぴん、と胸を張り、たわわに実った二つの果実をこちらに突き出してくる。
え、何これ。
どうしろと?
「このたび、Gカップになりました」
朝っぱらから、隣の家に住む幼馴染にブラジャーのサイズが上がったことを報告する女子高生。
それ即ち、僕の幼馴染である。
「……何かコメントは無いの?」
「僕にコメント求めてどうする気なんだよ。何一つ建設的なコメントを言える気がしねえよ」
「美味しそうだな、とか」
「変態そのものじゃん!」
僕を変態キャラにしようたって、そうは行かないのだ。
僕は紳士キャラを目指しているのであるからして!
「ただね悠輔、胸が大きいからと言って良いことばかりでは、残念ながらないのよ。デメリットもあるの」
朝っぱらから何で巨乳女子のお悩み相談室始まってんだよ。
さっきまでの晴れやかで爽やかな気分を返して欲しい。
「何より辛いのは、匍匐前進が出来ないことかしら」
「お前の人生で、匍匐前進をしなきゃいけない状況が一体どれだけあるんだよ……」
どっかに入隊する予定でもあるのか。確かに戦闘力高いけどな、山桜桃は。
少なくとも僕は、山桜桃に勝てる人間を今のところ知らない。
引き分けた奴なら一人知ってるけど。
「まあ今度、凛々恵ちゃんと一緒に下着を買いに行こうと思うのよね。きっとあの娘なら、私と同じ悩みを共有できるわ」
「まあ、凛々恵も胸大きいからな……」
こないだまで中学三年生だったとは思えない。
エリカさんもかなり大きいから、多分あれは遺伝なのかなあ。胸の大きさが遺伝するのかどうかは知らないけれども。
……何言ってんだろう僕。
「凛々恵ちゃんのお母さん、エリカさんと言ったかしら? あの人、いいおっぱいよね」
「人の義理の母親に対して下す評価がそれか!」
「言い間違えたわ。あの人、いい人よね」
どういう言い間違いだっての。
明らかに本音がポロリしちゃっただけじゃねえか。
胸だけに!
「こないだ家に来て、色々物をくれたりしたのよ。妹たちも喜んでたわ」
「へえ」
いつの間にそんなことがあったのやら。
確かにエリカさん、今ご近所付き合いを広げるのが楽しいみたいなこと、言ってたしなあ。
結構外向的な性格してるし、この分ならすぐご近所にも馴染めそうだ。
「ちなみに、何くれたんだ?」
「要らなくなったブラジャーとか」
……ああ、うん。
何てリアクションを返すのが適切なのだろう、この場合。
いや、エリカさんは何も悪いことしてないしむしろ良いことをしたんだけど……。
何か反応しづらい。苦笑しか浮かばない。、
「そういう意味では、いいおっぱいという表現もあながち間違ってはいなかったわね」
「朝っぱらからおっぱい連呼すんなや! 心地よい春の朝が台無しなんだよ!」
「何よ、男は皆おっぱいの話が好きな筈でしょう」
否定はしないけど!
でもそういう話は然るべき場所で然るべき雰囲気の時にすべきだ!
少なくとも、今ここでする話じゃないと思う……!
「それはともかく」
僕の意思を汲んでくれたのかどうか知らないが、山桜桃は強引な話題転換を行ってきた。
「明日はもう入学式で、明後日からは新学期なのね」
「ああ、そうだなあ。早いよな」
気づけば僕も山桜桃も高校二年生だし、凛々恵も高校一年生になるわけで。
「高校二年生といえば、高校生活で一番楽しい時期と言っても過言ではないわね」
「だよな」
僕は頷く。
新生活に戸惑う一年生と受験勉強に追われる三年生の間にいる二年生は、恐らく高校生活を一番エンジョイできるはずなのだ。個人差はあるかもしれないけど。
「悠輔、楽しい一年間にしましょうね」
「……そうだな」
色々と、思い出が作れるといいなあ。
しみじみとこれからの学校生活に思いを馳せていると、ようやっと凛々恵が出てきた。
おお、凛々恵も山桜桃と同じ制服着てる。
金髪女子高生か……。
いいなあ……。
「悠輔、何かロクでもないことを考えていませんか」
凛々恵の半目を受け、僕はクールに否定する。
「まさか。今僕は世界の文化と国際交流について深く考えていたところさ」
……どうも僕は考えていることが顔に出やすいらしい。気をつけよう。
「あ、おはようございます、山桜桃さん」
凛々恵は、山桜桃を見つけるとぺこりと会釈する。
「おはよう、凛々恵ちゃん。制服、似合っているわよ」
「ありがとうございます」
凛々恵は嬉しそうに口元を緩める。
そういえば凛々恵と山桜桃って、仲良くなったりとかしてるのかな。春休みの間に会う機会とかはありそうだけど……。
少なくとも僕の知るところでは、凛々恵と山桜桃の交流は殆ど無かったはずなんだけどな。
「なあ山桜桃、凛々恵とはもう仲良くなったりとかしてんの?」
「既にキスは済ませたわ」
「仲良いってレベルじゃねぇーっ!?」
え、嘘だろ!?
僕の知らない間にいつの間に!?
いくらなんでも仲良すぎねえか、それ!
本来ならば軽く「嘘つけ」と流すところなのに、あまりにも山桜桃が普通に真顔で言うから何か信じちゃった!
「や、止めてください山桜桃さん。その、誤解されるようなことは……」
「あら、ごめんなさいね。噛んじゃったわ」
どう考えても噛んだってレベルじゃねえし百歩譲って噛んだのだとしても作為的すぎる。
っていうか顔を赤らめてる凛々恵って新鮮だなあ。
「でも、二人で遊園地に行った仲だものね」
「え!? お前ら二人で遊園地とか行ったの!?」
何か本当に僕の知らないところで仲良くなってやがる!
あ、そういえば一日凛々恵がいなかった日があったなあ! くそ、僕は一体この春休み何をしていたというんだ!
尾行すべきだったか! せめて盗聴器だけでも仕掛けときゃよかった!
「中々楽しいデートだったわ」
「デートとか言うな」
「でも、とても楽しかったです」
凛々恵の声色には、本当に嬉しそうな成分が含まれている。
まあ、凛々恵が楽しんでくれたなら、それでいいんだけどな。
「すみません、悠輔。話そうと思っていたのですが、その、山桜桃さんが口止めを……」
「驚かせようと思ったのよ」
相変わらずロクでもないことしか考えない女だな……。
「だから悠輔、凛々恵ちゃんを責めるのはお門違いよ。責めるならば私になさい。責められるものならね」
「……別に責めるつもりは……って、あれ? 何で上から目線?」
「それじゃあ凛々恵ちゃん、行きましょうか。私が学校の隅々まで案内してあげるわ」
僕を無視して、山桜桃は凛々恵の手を引いて歩き出す。
その光景を見て僕は、ふと昔を思い出した。
手を引く山桜桃と、手を引かれる僕。
小さな頃から山桜桃は、アクティブというかアグレッシブというか。そして僕は、内気で友達もいなかったんだよな。
いじめられてた僕を助けてくれて、その後に一喝したこともあったけな。
「男なら、しっかりしなさい」
そう叱咤されたのを思い出す。
いつだって、僕の手を引いてくれるのは山桜桃だった。
あれなら――凛々恵も大丈夫だろうな。
新しい生活に際してきっと色々不安があったと思うけど、山桜桃が手を引いてくれるなら。
凛々恵も大丈夫なのだろうと、そう思える。
山桜桃は、変人で変態だが。
しかし僕は、あいつ以上に信頼できる人間を知らない。
「――っておい、凛々恵をどこに連れて行く気だ、てめえ!」
……路地裏に凛々恵を連れ込もうとしていた山桜桃にガチで怒鳴ったりもしたけど、まあこれはどうでもいい話だろう。多分。




