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千紫万紅  作者: リゾット
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僕と生徒会長と学校と ~学校へ行こう~

 しみじみと思うのだが、やはり自分が起きた時に既に朝食が準備されているというのは、とても気持ちの良いことだ。 

「おはよう、悠輔君」

 ダイニングに入ってまず、僕の両目は、テーブルに朝食を準備する義母の姿を捉えた。

 雄漂木エリカ。

 それが、父の再婚によって僕の母親となった女性の名前である。同時に、僕の義妹である雄漂木凛々りりえの、実の母親でもある。

 何より目立つのはその金髪碧眼だろう。

 何を隠そう、エリカさんは日本人ではなく、ドイツ人なのである。

 詳しい事情は知らないけれど、日本にやって来て、シングルマザーとして女手一つで凛々恵を育ててきたらしい。

 かなり若くして凛々恵を産んだとは聞いているが、それを差し引いてもエリカさんの外見は若々しいのである。凛々恵の姉だと主張したところで、それを疑う人間はまずいないのではないかというくらいに。

 日本人とのハーフである凛々恵と違い、エリカさんは完全に外国人女性の顔立ちだから、その辺も関係しているのかもしれないけど――それにしたって若すぎだ。二十代、下手すれば十代でも通りかねない若作りっぷりである。

 とてもじゃないが、母親って感じがしない。『母さん』だなんて呼べそうもない。だから未だに『エリカさん』と呼んでいるのだ。

「おはよう、エリカさん」

 エプロン姿のエリカさんは、笑顔で僕をダイニングに迎えてくれる。

 なんていうか、癒される笑顔だ。心が温まる気がする。

 凛々恵は心を温めるというより冷やしかねない感じだし、山桜桃ゆすらなんかは急激に温めてから急激に冷やしてぶち砕くみたいな感じだ。

 メドローアである。

「リリちゃんはまだ眠ってるのかしら?」

 リリちゃん、というのは無論、凛々恵のことだ。

 エリカさんからしてみれば女手一つで育ててきた一人娘だ。その娘がこの春ついに高校生になるということで、感動もひとしおだろう。

「多分、まだ寝てると思うけど」

 それにしても、僕が凛々恵より先に起きるというのは珍しいことだ。いつもならば先に凛々恵が起きて、『お兄ちゃん、朝だよ、起きて』と優しく起こしてくれるというのに。

 義妹としての義務を怠慢しているよな!

「悠輔君、今何かろくでもないことを考えていない?」

 笑顔で問うてくるエリカさんに対し、僕は必死に首を横に振るしかなかった。

 言うまでもないことだが――これまで一度だって凛々恵が惰眠を貪る僕を起こしに来たことなど無いのだ。それに凛々恵は、僕のことを『お兄ちゃん』などと呼んだりしない。基本、『悠輔』と呼び捨てである。まあ兄と妹との関係としては、その呼び方もありじゃないかと僕は思うけれど、しかし未だに『お兄ちゃん』と呼ばれることを諦めていない僕がいるのだった。

 だって義理の妹だぜ!?

 お兄ちゃん、って優しい声で耳元で囁いて欲しいと願うのは、一般的な男子が普遍的に抱く願望なはずだろうが!

「今日は、学校へ行くんでしょう?」

「生徒会の仕事があるからね」

 四月。

 春休みももうそろそろ終わりに差し掛かり、新年度を迎えようとしている。

 まず新年度最初の行事、入学式が、もうすぐに控えているのだ。生徒会としてもやることはある。

 そんなわけで、今日の僕は休日出勤ならぬ休日登校なのだ。

 のんびり寝ているわけにも行かない。

「じゃあ、しっかり朝ごはん食べていかないとね」

 テーブルの上にずらりと並べられた朝食。

 ご飯と味噌汁、焼き魚に卵焼きにソーセージ、おひたしと味付け海苔。

 和風メインではあるが、それなりにお腹が膨れる工夫がされているのがありがたい。

「いただきまーす」

「はい、召し上がれ」

 僕が箸をつける一方で、エリカさんは僕の向かいに座り、僕を眺めている。

 う。何か緊張するな……。

 何となくやり辛い。凛々恵、早く起きて来ないかな。

「それにしても、冷蔵庫が直って良かったわ。やっと、ちゃんとしたお料理が出来るから」

「確かに……」

 僕はダイニングと直結しているキッチンを見やる。

 そこには新品の冷蔵庫があった。

 前の冷蔵庫は、長年使い古された結果なのか扉が開かなくなり、さらにどこぞの乱暴者が扉を強引に開けようとしたせいで扉が外れ、結果フルタイムで扉がフルオープンという、およそ冷蔵庫としての役割を果たせない状態になってしまったのだった。

 まあ、ある意味新調するいい機会ではあったのだけれど。

「でも扉が外れちゃうなんて、余程ガタが来てたのね」

 ちなみにエリカさんは真相を知らない。

 世の中、別に知らなくていいこともある。

 ちなみに、どこぞの乱暴者に破壊された僕の携帯も新品になった。

「ごちそうさまでした」

「はい、お粗末さまでした」

 そんなこんなで朝食を終えて、食器を流し台に持っていく。

 皿洗いくらいしようかとも思うが、エリカさんがやると言って聞かなかった。主婦として、家事がしたくてしょうがないらしい。

 今まで当たり前のように家事をこなしていただけに、僕もついつい自分でやりそうになるんだけど。

 手伝えるところは手伝おうと思うけど、エリカさんの意思も尊重しなくてはならない。ということで原則、家事はエリカさんがやるということで決まっている。

「それじゃエリカさん、僕もう行くから」

 僕は鞄を片手にダイニングを出る。

 その後にエリカさんがついてくる。いつもこうしてお見送りしてくれるのだから、ありがたいことである。

 玄関で靴を履いていると、後ろで階段を下りてくる足音が聞こえた。

 足取りの軽さから、それが義妹――凛々恵のものだと分かる。

「おはようございます、お母さん、と、悠輔」

 僕とエリカさんの方にやって来た凛々恵は、パジャマ姿だった。ピンク色でくまさん模様である。可愛らしいことこの上ない。

「おはようリリちゃん。ほら、悠輔君が学校に行くから、お見送りしなさい」

 そこまでしてもらわなくてもいいんだけど……。何か小恥ずかしいな。

「……悠輔、ちゃんと生きて帰って来て下さいね」

「重いわ! 死地に赴く兵士かよ僕は!」

「悠輔君、私、おいしいご飯を作って待ってるからね」

「エリカさん、普通の台詞なはずなのに凛々恵の後だととても感動的な送り台詞に聞こえちゃってるんですけど!」

 なんだこの母娘! 揃いも揃って朝から僕をツッコミ役にする気か!

「今日の晩御飯は母娘丼よ、悠輔君」

「普通の料理なはずなのにエロティックな響きがしちゃうのはどうしてだっ!?」

「違ったわ、親子丼ね」

 てへっ、と笑ってみせるエリカさん。

 下ネタはどこぞの暴力系幼馴染の領分のはずなんだけど……。

「悠輔君は面白いわね、リリちゃん」

「芸人になるにはまだまだ甘いと言わざるを得ませんが」

「お前何者だよ!」

 何で辛口評価よ!?

「……ところで悠輔、入学式は明日で間違いありませんか」

「ん、ああ。それは間違いないよ。今日は僕、生徒会役員だからさ。行かないと行けないんだけど。凛々恵は明日からで大丈夫」

 そうですか、と凛々恵は頷いた。

「では、私も学校に連れていってもらませんか」

「凛々恵も? ああ、明日の下見ってこと? 全然いいよ」

 今日のうちに学校への行き方とか覚えておけば、明日楽になるもんな。

 なるほど、身内に在校生がいるからこそ出来ることだよな。

「あら、リリちゃんも学校へ行くの? それじゃあ早く顔を洗って朝ごはん食べないとね。悠輔君を待たせちゃ駄目よ、リリちゃん。悠輔君はお兄ちゃんなんだから」

「……そうですね?」

 疑問符はいらないぞ、義妹よ。

「では少し待っていてください。すぐに行きますから」

 凛々恵はぱたぱたと洗面台の方へ駆けていった。

 …………。

 ふむ。

「あの、エリカさん。一つ頼みがあるんですけど」

「なあに?」

「一度、僕のことをお兄ちゃんと呼んでみてくれませんか」

「悠輔お兄ちゃんっ」

「――グッド!」

 朝っぱらから、義理とは言え自分の母親にお兄ちゃんと呼ばせて悦に入っている男子高校生。

 それ即ち、僕である。


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