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夢現逃花 —ムゲントウカ—  作者: ふぁる
アルマゲドン編
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懐柔

 ドアのノック音が聞こえ、里桜はヴィベルが迎えに来てくれたのだろう、と、急いでドアを開けた。

 金色の瞳の男が両腕を組み、苛立ったように見下ろしていたので、驚いて里桜はドアを閉めようとした。


「ちょっと! どうして閉めるのさ!?」

「え、だって……」

「というよりも、相手を確認せずにいきなりドアを開けるだなんて! 不用心にもほどがあるじゃないか!」

「ごめんなさい」

「大体キミはねぇ!!」

「まあまあ、ファメール、落ち着いて!」


ヴィベルが割って入ってくると、里桜の前で屈み、優しく頭を撫でた。


「無事で良かった。心配しました」

「ヴィベルさん……」


半べそをかいてヴィベルに抱き付こうとしたので、ファメールがグイッとヴィベルの服を後ろに引っ張ってどかせ、代わりに自分が里桜を抱きしめて、そのままひょいと抱き抱えた。


「ふえ!? あ、あの……」

「黙って。もう、僕は頭に来ているんだからね!」

「ご……ごめんなさい。あ、あの、ね。私……」

「キミにじゃないよ。僕にさ」


 ホテルの廊下を歩きながらファメールはため息をついた。


「全く、かっこ悪いったらないね! こんな醜態を晒すだなんて、最悪さ」

「ど、どこが!? ファメールさんはいつだってカッコイイじゃない」

「そんなことないさ。キミの前では最悪にかっこ悪い」

「全然かっこいいけれど…」


ファメールは片眉を吊り上げて小さくため息をついた。


「けれど、どんなに無様だったとしても、傷つこうと惨めな思いをしようとも、今キミが僕の前から居なくなる事をやはり容認できない」


ファメールの言葉に里桜は驚いて彼を見つめた。僅かに頬を赤らめて、不機嫌そうに金色の瞳を背ける様子が不思議と可愛らしく思えた。


「どういうこと? 私、ファメールさんの側に居てもいいの? 嫌われちゃったんだと思って……」


「僕がキミを離さないと言っているんだ。悪いけど、暫くキミには僕の玩具として役立ってもらうからね」

「玩具……?」


 ぽかんとしてブルージルコンの瞳を見開く里桜の瞳を、やはり綺麗だなとファメールは見つめた。


 里桜が立ち去った後の自分の動揺っぷりに羞恥(しゅうち)する。あれほどに気が動転したのは初めての事だった。里桜の顔を見るまで不安で身体の震えが止まらなかった。もしも彼女の身に何かあったのなら、アルカを救い出す以前に自分がどうにかなってしまうだろう。

 最大の弱点を見つけてしまった気分だ、と、苦々し気に、けれど何故か少し幸せな気分になって、そんな自分に呆れてため息をついた。


「……玩具でも何でもいいけど、私、一緒に居てもいいの?」

「勿論さ。僕が離さない」


ファメールの身体が震えていることに里桜は気が付いた。いつも冷静な彼がまるで怯えをひた隠しにしているかのように取り繕って微笑む姿が、何故か痛々しく思えた。


「具合が悪いの? 大丈夫? ファメールさん」

「ちっとも平気じゃない」

「え!? どうしよう、少し休んだ方が……」

「ああ、キスをすれば落ち着くかもしれないね」

「ふえ!? ファメールさん!?」

「ああ、ホラ。少し黙って……」

「ちょっと! 少しは遠慮してください!」


キスをしようとしたファメールの服をヴィベルが引っ張りながら叫んだ。


「私は里桜の保護者ですよ!? お忘れですか!」

「ああ。キミの存在をすっかり忘れていたよ」

「……いくら何でも酷すぎませんか? ファメール、私の気持ちを知ってて言ってますよね!?」


仕方ないなぁ…と、片眉を吊り上げた後、ファメールは何か思いついたと言った風にニコリと微笑んだ。


「里桜、ここにもキミを欲して止まないバカがいるけど、こっちは気にしなくていいから」

「ファメールっ!! な、何を言い出すんですっ!!」

「ああ、ヴィベルの場合は僕とはちょっと違うかな。キミの場合は愛しすぎてべったり腰巾着なくせに何もできない哀れな男だもの。僕はそこまで重症じゃない」

「余計な事を言わないでください!!」


顔を真っ赤にするヴィベルに、里桜は「ファメールさん、それは違うよ」と、首を左右に振った。


「ヴィベルさんはフィギュアの女の子が好きなんだよ。だから結婚しないで私の面倒見てくれてるの」

「……え?」


キョトンとしたファメールに、ヴィベルは血相を変えて「里桜!!」と叫んだ。


「フィギュア?」

「うん。お人形」

「……」


 ゆっくりと、慎重に里桜を降ろした後、ファメールは崩れる様にしゃがみ込み、腹を抱えて大笑いをした。ヴィベルは増々顔を真っ赤にし、大きなため息をついた。


「里桜、ねえ、教えてくれないか」


ファメールが笑いながら言葉を放った。


「その人形とやらの、髪の色は?」

「えーと、確か茶色っぽかったかな」

「瞳の色は?」

「青いような、灰色に近い様な? みんなおんなじ女の子のフィギュアだよ」


 恐らくそれは、里桜にそっくりな人形に違いないと考えて、ファメールは息苦しくなるくらいに大笑いをし、ヴィベルがガックリと項垂れた。

 里桜が「まずいこと言っちゃった? ごめんね、ヴィベルさん」と小さく声を放つと、プツン。と、なにやら音が聞こえた。


「……もう、いいです」


ボソリとヴィベルが言った。先ほどの音はヴィベルの何かがブチ切れた音だったのだろう。


「火事で全部燃えてしまいましたしねぇ? だったら本物への愛をより多く向ければいいってだけのことじゃないですか。そうですよ、そうですとも。どうして今までそうしなかったんでしょうね?」

「ヴィベルさん? 大丈夫? 睡眠不足で混乱してるんじゃ……」


様子がおかしくなったヴィベルを心配する里桜の手をひくと、ヴィベルはぎゅっと抱きしめた。


「愛しています! 里桜! 私と結婚してくださいっ!」

「ちょ……」


しまった、揶揄(からか)い過ぎた、と、ファメールが苦笑いを浮かべていると、里桜が困った様に微笑んだ。


「ヴィベルさん、フィギュアが燃えちゃったからって気が動転し過ぎだよ。また買えばいいじゃない。私も探すの手伝うから。ね?」


ポンポン、と、ヴィベルの背を優しく叩き、宥める様に里桜が言った。


「いいえ、里桜、聞いてください! 私は……」

「ちょっと待った!」


ファメールはヴィベルの肩を掴むと、「これ以上は重症化するだけだから、やめておきなよ。ホラ、邪魔者も沢山来たし」と、肩を竦めて言った。


「お! 居た居た! 小娘ぇ~!!」


里桜の姿を見止めて手をぶんぶんと振るアダムを残し、レアンが猛ダッシュで里桜の元へと駆けつけると、ヴィベルをポイッとひっぺがし、怪我が無いかどうかとあわあわと手を取り観察しまくった。


「兄上から里桜が外に出て行ったと聞き、心配しました! 一人で外に出るなどと危険過ぎます!」

「心配かけてごめんね。でも、レアン、私一応二十歳……」

「いくつであろうと関係ありません! こんな夜更けに若い女性が一人で出歩くなど!」

「レアン、日本は治安がいいから……」

「自宅だって放火の疑いがあると聞きました! それだというのにホテルを飛び出して危険過ぎますっ! 一体何があったというのです!?」

「あー……えーと」


 自分の顔が不細工過ぎて居た(たま)れなくなって逃げた、とは言えないよね……と考えながら困っていると、ファメールが助け船を出した。


「ヴィベルの大事な人形を探しに、ね? 逃げ出したんだ」

「はいー!?」


素っ頓狂な声を上げたのはヴィベルだった。レアンは眉を片方下げて、「人形が逃げ出すのですか?」と、小首を傾げた。


「まあね。捕まえておかないとね」

「……はぁ。兄上、言っている事が良く分かりませんが」


くすくすと笑って肩を揺らすファメールを困った様に見つめるレアンに、「まあいいじゃないか」とはぐらかした。


「ミシェル、その人は誰なの? ひょっとして、アンジュの本当の恋人は彼なのかしら?」


アダムの隣でアリエルがヴィベルを見つめながら言葉を放ったので、ファメールはうんざりした様にため息をついた。


「バカな事を言うんじゃないよっ! 帰れと言っただろう。キミには全く関係無いよ」

「紹介くらいしてくれたっていいじゃない!」

「いいから帰れったら!」


声を荒げるファメールにやや遠慮しながら、ヴィベルはアリエルに頭を下げた。


「こんばんわ。私はラファエルと申します。里桜の保護者でして」

「あら。貴方も天使の名前なのね。私はアリエル。ミシェルの婚約者よ」


 え? と、ヴィベルは呆気にとられながらアリエルを見つめた。サラサラの美しい金髪に、気の強そうなサファイアの瞳。スラリと伸びた四肢は細く美しく、ファメールの隣に並んでも決して引けを取らない美女だ。里桜はひょっとして、彼女に虐められて飛び出したのか? と、疑惑を持った時、アリエルは里桜を見つめてニッコリと微笑んだ。


「アンジュ。無事で良かったわ。皆とっても心配していたのよ!」

「ごめんなさい」

「貴方が居なくなってミシェルの慌てようったら! あんなミシェルを見たのは初めてよ! 貴方は可愛いんだから、もっと自覚を持たないと。世の中には悪い男が溢れているんだから気をつけなきゃいけないわ」

「アリエル! 里桜に触るなと言っただろう! 全く、早く帰れったら!」


アリエルがまるで溺愛する妹の様に里桜に接し、ファメールがアリエルを毛嫌いしている様だったので、ヴィベルは首を傾げた。


 どうにもアリエルの態度に違和感を覚える。ファメールの婚約者なのだと(のたま)ったからには、自分の婚約者のお気に入りである里桜の存在を疎ましく思うはずだというのに。アリエルは随分と里桜に友好的だ。ファメールに嫌われたくないがためにそう装っているのだろうか。

 なんにせよ、里桜に危害を向ける様であれば容赦はしない。と、ヴィベルはニコリと笑みを浮かべながら、牽制するかのようにアリエルを見つめた。そんなヴィベルの態度に気づいてか、アリエルもヴィベルに対して笑みを浮かべながらも、ピリピリとした敵意を向けた。


「なかなか男前ね。ラファエルさん」


アリエルが放った言葉にヴィベルが面食らっていると、アリエルはパチリと手を叩いた。


「兎に角里桜が無事で良かったわ! さあ、皆でホテルへ戻りましょう?」

「ちょっと待った」


ファメールが言葉を挟むと、苛立った様に額に手を当てながら、「キミはどこのホテルへ戻ろうとしているのさ?」と、アリエルに言った。


「貴方と同じホテルに決まってるじゃない。ちょっと高いけれど、下層階なら問題無いわ!」

「却下! 帰れったら!」

「絶対嫌っ! 同じ部屋に泊まる訳じゃないんだから別にいいじゃないの!」

「しつこい奴は嫌われるよ!」

「もう嫌われてるからいいもの!」


 強靭(きょうじん)なメンタルの持ち主だ、と、アリエルに対しその場の誰もが思った。そもそもファメールの機嫌を損ねてまで言い合う事自体が誰にも真似のできない行為だ。

当事者の二人以外は、『この二人、お似合いだな』と考えて、苦笑いを浮かべていた。


「ついでに言わせて貰うけれど、私、アルマゲドンにもついて行くから!」

「は!?」


アリエルの発言に金色の瞳を見開き、アダムへと視線を向けたファメールからアダムは逃げるように目を逸らした。


——あのバカ、余計な事をアリエルなんかに話してくれちゃって! 

 と、ファメールはフルフルと拳を震わせた。

 あとでボコボコにしてくれる……。


「勝手にしなよ。僕はキミが死のうが知った事じゃないからね」

「ええ、勝手にさせて貰うわ!」


プイ! と、アリエルが顔を背け、ファメールは苛立って舌打ちをした。レアンが困った様にため息をつくと、「アリエル、決して安全でもなければ楽しい旅でも無いのですよ」と念を押した。


「足手まといだとでも言いたいのかしら?」

「……いえ、全く」


即答するレアンに里桜はどういうことだろう、と小首を傾げたが、ファメールが「さあ、さっさとホテルに帰ろう」と促したので、待たせてある二台のワンボックスのハイヤーへと各々乗り込んだ。

 里桜とファメール、ヴィベルが同じハイヤーに乗車し、皆に探させてしまった事に、今更ながらに里桜は申し訳無く思い、また恥ずかしくて顔を赤くした。

——あとで改めてちゃんと皆に謝らなきゃ。


「ごめんね、こんなに大事になっちゃうなんて思わなかったの」


 ハイヤーの中で言った里桜の言葉にファメールが笑った。


「いや、僕の方こそすまない。つい慌ててしまってヴィベルとレアンに連絡を入れちゃったからね。アリエルまでついて来る可能性を失念していたよ」

「ファメールさんが慌てるなんて珍しい」


 キョトンとしながら言った里桜の言葉に、キミの事になると冷静で居られなくなるんだよ、と、ファメールは考えて、なんだか無償に悔しくなってため息をついた。


「あの、アリエルという方はファメールの婚約者なのですか?」

「Non!! 勝手に向こうが言ってるだけさ! 気味が悪いから二度とそんな事を口に出さないでくれ!」


ヴィベルの問いに即答すると、それ以上余計な事を言うなよとでも言いたそうに金色の瞳で睨みつけた。


「ファメールさんの育てのお父さんが勝手に決めちゃったんだっけ?」

「そう! 全く、かなり迷惑だよ!」

「お似合いだと思いましたけど」

「はあ!? キミ、殺されたいの!?」


ヴィベルの言葉に里桜も「私もお似合いだと思った」と、同意し、チラリとファメールを見た。


 どうせヤキモチ一つ()きもしない里桜を見るのが嫌で、ファメールはツンと鼻先を上げて「お似合いなものか! 吐き気がするよ」と、窓の外へと視線を向けた。


「お似合いなんだけど、でも、私、アリエルさんが婚約者だって聞くと、なんだかモヤモヤするの。どうしてかな?」


その発言にぎょっとしてファメールとヴィベルが里桜を見つめた。里桜は小首を傾げながら「私って嫌な奴だよね。なんだかショック」と言ってため息をついた。

 思わず口元を綻ばせてニヤつくファメールの後ろで、ヴィベルは脂汗をだらだらと垂らした。

——ウソだ! まさか里桜がファメールにヤキモチを妬くだなんて!!

 夢であって欲しい一心で両頬を(つね)り痛みに悶えた。


「里桜」


ニコニコしながらファメールが言った。


「キミはホントに可愛いなぁ」


里桜のささいな言動一つにこうも踊らされる自分がバカバカしくも幸せを感じ、ファメールは今の幸福感を噛み締める様に味わった。


『里桜が、僕にヤキモチを妬いている』


「あはははは!」


突然笑い出したファメールに驚いて、里桜は瞳をパチクリとさせ、疲れ過ぎておかしくなっちゃったのではと不安に駆られた。

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