お洒落
部屋のドアを開け、ヴィベルが来客の対応をしている様子が伺える。
「ミシェル、来てない?」
アリエルの声だ、と、里桜が思っていると「あ、ちょっと!」と、ヴィベルが止めるのを振り切ってアリエルがズカズカと部屋の中へと入って来た。座り込んだままの里桜を見つめ、「おはよう、アンジュ」と微笑んだ後、アリエルは小首を傾げた。
「貴方たち、同じ部屋なの?」
「ええ。元々私と里桜は二人暮らしですし」
「婚約しているの!?」
「いえ、まだ」
「まだ!?」
里桜がカッと顔を赤らめて俯くと、アリエルはサファイアの瞳をまん丸くした。
「まあ驚いた! ラファエルさんと恋仲で、ミシェルやガブリエルとも付き合うなんて! アンジュったら男誑しなのねぇ!」
アリエルの言葉に、今度は里桜がブルージルコンの瞳をまん丸くして、首を左右に振った。
「ち、違うもんっ!!」
「羨ましいわ! コツを教えてよ! もう全員としたの? 誰が一番良かった?」
「違うったらっ!!」
「どの男もレベルが高いから甲乙つけがたいわよねぇ? でも、やっぱりミシェルじゃないの? 彼器用だから、きっと……」
「分かんないっ! そんな話止めて!」
「ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃない。勿体ぶってケチねぇ。ガブリエルは奥手だけれど、アンジュには積極的なの? あの厚い胸板に包まれるのは心地よさそうね。彼は身体が大きいからきっと……」
「止めてったらっ!!」
「それともラファエルさん? こんな優しそうな顔して、実はかなりのテクニシャンだったりするのかしら?」
「違っ……!」
「ひょっとして、カイン!? すっかり野性的な感じになったから、女の子はああいう強引なのも男らしさを感じて良いわよね」
「だから違うんだもんっ! 誰ともつきあったりとかしてない……」
半べそをかいて否定する里桜を見つめ、アリエルは両手を腰に当てて小首を傾げた。
「誰とも付き合ってないですって? 呆れた! じゃあ他にも男がいるのかしら?」
アリエルの言葉に里桜は大慌てで両手を振り、「誰もいないよ! 私男の人と付き合った事無いし!」と、全力否定した。
「貴方、まさか処女だって言うつもりじゃないでしょうね? こんなにイイ男を周りに侍らせておきながら、まさかねぇ?」
「……処女だもん」
「は!? アンジュ、日本人は若く見えるから聞くけれど、貴方一体いくつなのよ!?」
「二十歳」
「何よそれ。じゃあもう適齢じゃない」
「適齢って……」
アリエルは睨みつける様にヴィベルへと視線を向けた。その視線が怖くてヴィベルがびくりとすると、指をさして「貴方、何やっているのよ!」と言われたので、意味が分からず瞳を白黒させた。
「一緒に住んでいながら手の一つも出さない男なんて、最低!!」
「な、なにを言っているんです!?」
「女の子が自分に魅力が無いって自信を失っちゃうでしょう!? 酷い人っ! 二十歳になるまで放っとくなんて!」
「え!? いや、ですが……」
「アンジュが恋愛音痴なのは貴方のせいね!」
「う……それは責任が無いとは言い切れないかもしれませんが……」
「貴方、性欲無いの!?」
「はいっ!?」
「結構男前なのに見掛け倒しなのね! あ、ひょっとして同性愛者なのかしら? それならまぁ、仕方ないわよね」
「違いますよっ!! 何なんですかっ! 人が必死に我慢しているのにズケズケと!」
「我慢? どうして?」
「私は保護者として彼女を守る立場にあるんです! それなのにいつも無防備過ぎる里桜を前にどうしろと言うんです!?」
「無防備?」
「薄着のままソファで眠ったり、夏場なんてノーブラキャミソールだというのに平気で屈みますし、雨に降られたと言って下着がスケスケの状態で帰って来るんですから、我慢しなければ毎日襲わなければならなくなりますよ!?」
ヴィベルの発言に里桜は顔を真っ赤にして見上げた。
——そっか、ヴィベルさんも男の人だもん。無防備過ぎるってよく注意されたけれど、私が悪いのかも。
そういえばあの日、お風呂から上がって、ジャージを着て……あ、ジャージの上着のチャック締めて無かったかも。Tシャツ着て無かったし、ブラ丸出しだったかも……! え? あれ? 洗濯機に放り込んだし、そもそもブラしてたっけ? エデンに行った時に外した覚えが無いような……。
「アンジュったら罪ねぇ。よっぽど我慢してたでしょう?」
「余計な事言わなくていいです!」
「ごめんね、ヴィベルさん! 今度からちゃんと気を付ける!」
里桜の発言に、ヴィベルは「何をです?」と、小首を傾げた。
「バスタオル一枚で歩いたり、下着のままリビングで寝たりしないように気を付けるね!」
「……それは、はい、気を付けてください。風邪も心配ですし」
ヴィベルの並々ならぬ忍耐力にアリエルは拍手を送りたい気分になり、同情してヴィベルの肩を男勝りにガシリと掴んだ。余りの力強さに思わず「痛っ!」と、口走りそうになり、ヴィベルは唖然としてアリエルを見つめた。
「日本の侍魂を立派に継承したのね、素晴らしいわ! 耐えられなくなったら私が相手をしてあげる!」
「遠慮します!」
ヴィベルはこれ以上この場でアリエルと問答していては身が持たない、とため息をついた。恐らくファメールは先にアダムやレアンの居るジグラート社へと向かったのだろう。朝っぱらからこんな風にアリエルが攻め込みに来ることを予想し、回避したというわけだ。
「とりあえず皆でアダムの所へ向かいましょう。里桜、支度をしてください」
「う、うん! わかった!」
里桜はパッと洗面所へと向かった。
「よぉ、小娘。来たか」
ジグラート社の本社が入っているビルの最上階の部屋に到着すると、机に掛けたままアダムが出迎えて、「ミシェルとガブリエルはマシンルームだぜ」と、つまらなそうに欠伸をした。
「まあ! ミシェルったらやっぱり私を置いて先に向かっていたのね!?」
アリエルがムッとしてそう言うと、アダムはやれやれと肩を竦めた。
「アリエル、お前随分と嫌われてるぜ? ミシェルの奴が絶対にマシンルームに通すなってよ。通したらぶっ殺すって言われたぜ」
そう言いながら氷で頬を冷やすアダムに、里桜は「どうしたの?」と小首を傾げた。
「聞いてくれよ小娘っ! ミシェルの奴がなぁ、アリエルに余計な事を言うなってブン殴りやがってっ!」
「余計な事?」
「アルマゲドンの話をしたのがよっぽど気に食わなかったらしい。ったくめちゃくちゃいてぇ!」
「それは……巻き込みたく無かったからじゃないの? アルマゲドンは危険だからって、私がダイブするのもダメって言われてるじゃない」
里桜の言葉にアダムはにゅっと唇を尖らせた。
「けどよー、アリエルはめちゃんこ腕っぷし強ぇんだぜ? なんかあった時の戦力になっていいじゃねぇか」
「腕? 脚の間違いじゃないかしら?」
アリエルは高く脚を掲げると、ヒュッ!と素早く蹴り上げた。
「サバットが得意なの。フランセーズ・ボクシングよ。分かるかしら?」
「かっこいい!」
里桜が思わず両手を合わせておおっ! と褒めると、アリエルは気分良く微笑んだ。
「だからスタイルがいいの!? 手足も長いし素敵っ!」
「アンジュったらかわいいわっ!」
それはそれは嬉しそうに頬を染めて喜ぶアリエルは、可愛らしくも見えた。里桜はこんなにも非の打ちどころが無いアリエルを、ファメールはどうして嫌うのだろうかと不思議に思った。いくらアルカからファメールへと心を変えたとはいえ、アリエルはアルカとつきあっていたわけでもない様だ。
——美人だし、性格も頼れるお姉さんって感じだし、私が男の人だったらアリエルさんみたいな彼女が欲しいって思うけれどな……。養父が関わってるから避けたいのかな?
と、考えて、じっとアリエルを見つめた。
アリエルは長身なので見上げる形となり、上目遣いで見つめる里桜にニッコリと笑みを返した。
「ミシェルの好みがまさかアンジュの様な子だとは思わなかったわ。彼は落ち着いた大人の女が好きなのかと思っていたのだもの」
里桜の頬を両手で包み込み、サファイアの様な瞳でうっとりとしたように見つめるので、綺麗な女の人にそんな風に見つめられると、何だか緊張しちゃうなと里桜は困惑した。
「あの、ハッキリしておきたいので聞いても?」
コホンと咳払いをし、珍しくヴィベルが少し強い口調で発言すると、アリエルを見つめた。アリエルは「何かしら?」と、ニコリと愛想の良い笑みを浮かべた。
「貴方は里桜をどう思っているのです?」
「どうって?」
「ミシェルを想っているのなら、里桜を敵視しているのではと」
ヴィベルの発言に里桜はドキリとして、思わずヴィベルを見つめた。ブルートパーズの瞳を真っ直ぐとアリエルへと向けて、いつもの優しく頼りなさげに微笑む彼の様子とは打って変わり、戦いを挑む様なキリリと引き締まった顔を向けていた。
仕事モードのヴィベルさんって、こうなのかな……? と、驚いてヴィベルを見つめていると、アリエルがプッと噴き出して笑った。
「敵視、ねぇ。普通なら確かにそうかもしれないわね。でも、私はアンジュの事気に入ってるの。だから、ミシェルがアンジュを選ぶならそれでいいと思ってるわ。一番は彼の幸せですもの。今まで彼が他人に対して興味を持つ事なんか無かったから、私、とっても嬉しいのよ!」
「ミシェルが幸せならそれでいいと?」
「勿論よ! ああ、アンジュ! 結婚式には呼んで欲しいし、子供ができたら抱かせて欲しいわ! お願いよ!」
それは気の早い……と、ヴィベルは面食らってパチクリと瞳を瞬きさせ、感極まった様に瞳をうるうるとさせるアリエルを見つめた。が、アリエルはハッとした様にヴィベルを見ると、ツンと鼻先を掲げた。
「だからね、私にとってはラファエルさんの方がずっと邪魔って訳よ」
「じゃ、邪魔って! 私は里桜の保護者ですよ!?」
「おあいにく様ね。私、こう見えても感は鋭い方なの。貴方の気持ちなんかお見通しよ。ミシェルとアンジュの愛を邪魔する様なら蹴り飛ばしてあげるわよっ!」
「ぼ、暴力反対ですっ!」
ヴィベルは慌ててサッとアリエルから離れて両手の平を振った。
「アリエルさん、ファメールさんは私の事なんて好きでもなんでもないよ。揶揄って遊ぶいい玩具だと思ってるんだもん」
肩を竦めながら言う里桜の言葉にアリエルは「は!?」と、サファイアの様な瞳を見開き、ヴィベルはまずい! と、額に手を当てた。
「アンジュ、それ、本気で言ってるの?」
「へ? 本気って?」
「り……里桜、早くマシンルームに行きましょう! ファメールもレアンもきっと待っていると思いますし!」
ヴィベルは慌てて二人の間に割って入ると、会話を遮った。
ヴィベルにとって里桜の鈍さが今は救いなのだ。ファメールを相手にしたのなら、自分が適うわけが無い。あのドS男と里桜が幸せな夫婦になるとはどうしても思えない。ファメールと里桜が結婚する位なら、レアンの方がずっと安心して任せられる。アルカに関しては浮気が心配だと、ヴィベルは考えていた。
「さあ、ひざ掛けを持って、早く行きましょう!」
「そうだね、待たせちゃ悪いから行こっか」
キョトンとしている里桜の手をぐいぐいと引くと、アダムが「ちょっと待った」と引き留めたので、ヴィベルはあからさまに嫌そうな顔をした。
「こいつをミシェルに渡しておいてくれよ」
そう言って、タブレットをアダムがヴィベルへと手渡した。画面には複雑な構造を描いた機械の様な物が表示されている。
「衛星メギトの設計図だ。まあ、個人衛星だなんて珍しいモンじゃねぇけどな」
「エデンやアルマゲドンの構成図は残っていないというのに、衛星の設計図は残っていたんですね」
「ああ。役に立つかどうかはわからねぇけどな。それと、とりあえずアリエルはここで待っててくれよ。またミシェルにぶん殴られたらたまんねーからな」
「オケイ。私はミシェルの無事さえ分かっていればそれでいいから、大人しく従うわ」
はぁ、と、溜息をついて痛そうに頬を抑えると、アダムはブツブツと「クソ、いてぇ」と愚痴た。
「ほっぺたが腫れてるじゃないの。ミシェルが暴力を振るうなんて、珍しいわ」
「そうか? 俺の事なんてしょっちゅうどつきまわすけどなぁ」
「アダムさん、大丈夫?」
心配そうにアダムの頬を見つめる里桜に、アダムは少し照れた様に灰色の瞳を細めて微笑んだ。
「ああ。小娘、やっぱりお前、俺の事好きだろ?」
「妙な勘違いは止してください!」
これ以上ややこしくなるのはご免だとヴィベルが憤慨して言い放つと、里桜の手を強引に引いてマシンルームへと続く廊下へと向かった。普段は何とも思わないヴィベルの行動だが、ホテルでの出来事を思い返し、里桜はカッと顔を赤らめて、ヴィベルの手を見つめた。
——ヴィベルさんのこういう行動って、単に保護者としてなのかと思ってたけど、そうじゃないって事なのかな?
と、妙に意識してしまう自分に、首をぶんぶんと左右に振った。
変にぎこちなくなるのも嫌だし、普通に接しようと考え直し、マシンルームへと続く廊下を歩きながら、「アリエルさんかっこよかったね」と、微笑んで言った。
「かっこいいですか?」
「うん! サバットなんて凄いね!」
ヴィベルは里桜までサバットを覚えるだなんて言い出したら大変だ、と、控えめに「そうですね」とだけ答えた。
実を言うと、里桜の母親のリタも若いころはサバットを習っていた。ヴィベルはその練習相手にしょっちゅうさせられたものだった。
「ところで里桜」
と、ヴィベルはブルートパーズの様な瞳を瞬きしながら言った。里桜が「なに?」と、小首を傾げると、白いワンピースのスカートの裾がふわりと揺れた。普段はボーイッシュなパンツスタイルの里桜が女性らしい服装を身に纏うのは珍しい。
「その服は、ファメールが?」
「うん。着替えを用意してくれたのは嬉しいんだけど……」
里桜は不満気に「女の子っぽ過ぎて、恐縮しちゃうなぁ」と、唇を尖らせた。
「女の子じゃないですか」
「いや、なんか恥ずかしい!」
「似合ってますよ」
「恥ずかしいんだったら!」
くすくすと笑いながらヴィベルは「相変わらず照れ屋ですね」と里桜の頭を撫でた。
「お母さんもこういう服ばかり選んでたよね」
「似合ってると思いますよ」
「スカートとかおしゃれとか苦手なんだもん」
「成人式も袴でしたね」
「お父さんは振袖姿を見たがってたけど、私、袴って着てみたかったの!」
金色から下にいくにつれて深い緑色へと変わっていく振袖に、紺色に近い紫の袴を身に着けた里桜は、清楚さと可憐さ、気品。そしてどこか強さを持った美しい姿だった。
ヴィベルは思い出しながら、「似合ってましたね。確かに」と、微笑んだ。
「でも、ね。最近その……」
里桜はため息をつくと、恥ずかしそうに俯いた。
「ファメールさんも、レアンもヴィベルさんも、それにアダムさんも、身だしなみには卒が無いというか。アリエルさんなんてモデルさんみたいに綺麗だし。私がいつものラフな恰好で皆と一緒に居ると、なんだか浮いちゃう気がして。だから、ちょっとおしゃれしたりしようかなって思ってはいるの」
やっと少しは女性として意識し始めたか、と、ヴィベルは成長した娘を持つ親の様に感動し、涙ぐんだ。
「ヴィベルさん……?」
「あ、すみません! 里桜、それでいいと思います! 貴方は青春時代を私なんかと過ごし、姉さんが植え付けようとしていたレディとしての品格を無駄にしまったのかと心配していました!」
「私、そこまで酷かった?」
「学校にはジャージでしか登校しませんでしたし、家に居る時もジャージだったじゃないですか」
「だって、制服が無かったから」
「スカートを毛嫌いしていたじゃないですか。私が制服を買いなおそうと言っても、『要らない! 絶対に着ない!』と怒るので」
「だって、虐められてたから、どうせすぐボロボロにされちゃうし、勿体ないし……」
そう言って里桜は俯いた。
里桜は見た目が美しく、ハーフであることから、同性からの反感を買い易かった。
その上、両親のことで周囲を拒絶するようなつっけんどんな態度を取っていたのだから、尚更だ。
ヴィベルは俯く里桜の頭を優しく撫でた。
「守ってあげられなくてすみません」
学校の机の上に置かれた、ハサミで切り刻まれ、踏みつけられて泥だらけになった制服。それは転校前の学校の制服だった。リタと一緒に制服を買いに行き、試着した里桜を、リタは満足そうに「やっぱりうちの娘は最高の出来だわ」と称賛した。リタが里桜を誉めるのは珍しい事だったので、里桜にとってはその制服を着る事が、母親への一つの愛情表現となっていた。
朝起きて、制服を身に纏い、リボンを結んだ後、「行ってきます」と声をかけた里桜に、リタは満足気に微笑み返して「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
母親の死と、ボロ雑巾の様な制服が、自分の心をそのまま映し出しているかの様に思えた。
私は、こんな事すら守る事が出来ない無力な出来損ないなのだと、母の期待を全て裏切ってしまったような気持ちになった。
悲しみと悔しさで震える里桜を、周りの生徒達はクスクスとバカにした笑いを漏らし、「誰がやったの?」「かわいそー」「やめなよー」等といった心にもない言葉を棒読みで上げた。
そんな時の言葉というものは、グサリグサリと心に深く突き刺さる。
まるで、返しがついた針のように、抜こうと思っても簡単には抜けない。動くとその針が更に奥へと入り込んで来るような気がし、身動き一つ取れないまま恐怖と絶望に苛まれるのだ。
「やめろって、あいつの親、人殺しなんだろ?」「殺されちゃうよ」「よく学校来れるよね」「気持ち悪い」「何考えてるかわかんない」「外人だしな」「日本語通じるのぉ?」
「里桜?」
ヴィベルの声にハッとして、里桜は強張った表情を向けた。その表情にヴィベルは唇を噛み、眉を寄せた。
「……里桜がどんなに着飾ろうと、誰も虐めたりなんかしませんから。大丈夫ですから」
「……うん」
白いワンピースを見下ろして、ファメールがそれに合わせて買ってくれた白いレースアップのミュールを見つめた。里桜の細く華奢な足が繊細なリボンに包まれており、桜色の爪が清楚で可憐な、女性らしさを醸し出している。まるで、自分を飾り立てる事をしてこなかった分、純情さが残り続け、時を止めてしまったかの様だ。
「私、ちゃんとおしゃれできてるかな?」
「ええ」
「変じゃない?」
「とても似合っていますから、自信を持って大丈夫です。きっとファメールも気に入りますよ」
「そ、そうかな?」
本当は、自分がプレゼントした服を着て欲しかったのだが、致し方ない……と、ヴィベルは悔しさを顔に出さない様にして頷いた。
里桜はヴィベルのブルートパーズの瞳を見上げて、その優しく微笑む表情にホッとして深呼吸をした。
いつも里桜の味方で居てくれる優しいヴィベル。里桜のブラウンの髪よりも明るめの毛色は、羨ましいくらいサラサラの髪質で、前髪をかきあげるとスルリと零れた。
「私も髪のお手入れしようかな。ヴィベルさんの髪、サラサラで羨ましい……」
ポツリと言った里桜の言葉に、ヴィベルはぷっと笑った。
「里桜、私は特に手入れをしてませんよ」
「そうなの!? どうしてそんなにサラサラなの!?」
「さあ? 髪質ですかね?」
前髪を摘んでみせて、ヴィベルは「禿げなきゃいいですが」と、冗談交じりに笑った。物腰が柔らかく、いつも穏やかな笑みを浮かべ、気配りにそつがない。ヴィベル相手には気取る事無く何でも話す事ができる。
改めて、ヴィベルは素敵な男性だなと思った。里桜の同級生達が憧れるのも当然だろうと言える容姿に、時折眼鏡を掛ける様は知的で、何かあるとすぐに駆けつけてくれる、里桜にとってはヒーローの様な存在。
「……ヴィベルさんって、やっぱりカッコイイよね」
ポツリと言った里桜の言葉に、ヴィベルは「え!?」と、顔を真っ赤にした。その反応を見て、軽々しい事を言ってしまったと里桜は慌てて顔を背けた。
「いきなり変な事言ってごめんなさい! でも、なんか改めてそう思ったから」
やっと私を男性として意識してくれたのか、と、ヴィベルは嬉しくて泣きそうになり、里桜に気づかれない様に瞳を擦った。
「ありがとうございます。素直に嬉しいです」
このまま踵を返して里桜を連れ去ってデートにでも行ってしまいたい気持ちを振り払って、ヴィベルはマシンルームのドアを開いた。パッと明るい光に包まれた様な気になるのは、夢現逃花の白い花のせいだろう。




