心の傷
「良い端末が見つかって良かったね!」
意気揚々としながら里桜が声を発した。レアンの運転する車の助手席に座りながら、購入した端末の入った紙袋を愛しそうに抱きしめる。レアンは「煩わせてしまってすみません」と、すまなそうに言ったが、里桜は「とんでもない!」と、首を左右に振った。
「秋葉楽しかった! もう、久々! いっつもネット注文ばっかりだったから。やっぱり直接見るとワクワク感が増すなぁ~! ずっと欲しかったパーツも買えたし、幸せっ!」
里桜の嬉しそうな様子に、レアンはホッとして、「里桜が楽しかったのなら良かったです」と、微笑んだ。ファメールのヤキモチのせいで落ち込ませてしまったが、少しでも里桜が元気になってくれたのなら、それに越したことはない。
「あ、データの復元にちょっと時間がかかると思うから、端末は明日じゃないと渡せないの。大丈夫?」
「ええ。修理に出せばもっと日を要しますから、助かります」
「ごめんね。……そうだ! レアン、今日家に泊まってってよ!」
里桜の唐突な意見にレアンは驚いて、困った様に頬を掻いた。
「そういうわけには……」
「パスワード解除も必要だし、そうしてくれたら都合がいいの。ヴィベルさんにも話しておくから!」
ヴィベルは仕事やエルティナのデータ検索用プログラム制作で、今日も帰りが遅いだろう。里桜は兎角、家に一人で居る時間を嫌った。スマートフォンを取り出し、ヴィベル宛てのメッセージを打ち込んでいる里桜を横目に、レアンは「また兄上が妬きますよ」と、言った。
「それに、アルカも」
「だって、居ないじゃない。アルカも、ファメールさんも」
「里桜……」
「お願い。レアン、お願いっ! 今日だけでいいから、お願い……!」
「私は……」
ぎゅっと紙袋を抱きしめて、里桜は「誰でもいいわけじゃないもん」と、今にも泣きだしそうな震える声で言った。
自分ならば安全圏だと里桜は思っているからか、と、レアンは考えて「分かりました」と、答えた。
この状態で里桜を独り家に置くのは心配だと思ったからだった。
「ですが、ヴィベルが帰って来たら私も帰ります。明日の朝、また来ますから」
「うん、わかった! 有難うレアン、無理言ってごめんね」
自宅に戻ると、里桜は食事の準備をしたり、端末復旧の準備をしたりと甲斐甲斐しく動き回り、レアンには「くつろいでてね!」と、機嫌良さげに言った。そう言われても、レアンも性格上黙って任せてはおけない性質だ。少しでも里桜の手伝いをと、カーテンを閉じたり、食洗器に入っている皿を片づけたりと手伝った。
その様子を見て、『レアンって、いい旦那さんになりそう』と、里桜は思い、レアンと結婚をする女性はきっと幸せだろう、と思った。優しくて、気遣いができて、包容力もある。背も高く、顔立ちも整っていて、頭も良くて、物腰もスマートだ。その上医者だなんて、正に女性の理想を絵にかいた男性だ。
「レアンは、どうしてお医者様になろうって思ったの?」
食事中、里桜がレアンを見つめて言った。言いづらそうに口ごもるレアンに、里桜は聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと、慌てて謝った。
「その、私ね。何かを目指して頑張ったりすることが今まで無かったから」
「里桜は色々と習い事に励んでいたのだと聞きましたが」
「それは、お母さんから言われてやっていた事だから。自分からやりたいと思って始めた事なんか一つも無かったの」
「リタは何故里桜にそうも教育熱心だったのですか?」
里桜はため息をつくと、「いいお嫁さんになる為……」と、瞳を伏せた。
「女性らしく、おしとやかで美しく。私の習い事は全部女性らしさを身に着ける為の事ばかり。ダンスも、ピアノも、料理も、茶道に生け花」
里桜の所作が美しいのはそのせいなのか、と、レアンは納得したものの、浮かない顔の里桜に、彼女自身楽しんでいたわけでは無いのだと理解した。
「服も、いつもお母さんが買ってくれてた。女の子らしい服ばっかりだったけど」
「女性らしい服は嫌いなのですか?」
「嫌いっていうか、苦手かなぁ」
切り刻まれた制服が里桜の脳裏にチラついた。暗く落ち込んだ様に俯く里桜に、レアンは少し話題を明るくしようと考えた。
「今の夢は何ですか? 将来なりたいものは?」
レアンの問いに、里桜は困った様に笑った。
「んー。お嫁さんかな」
「もう自由なのにですか?」
「うん……私には結婚する資格なんか無いから。お母さんもそれでせめて良い奥さんになれるようにって花嫁修業させてくれてたの。でも、なりたいけど、なりたくないっていうか。だってね、私なんかと結婚したら、旦那さんが可哀想じゃない」
「結婚する資格が無いとは、どういう意味ですか? 何故旦那さんが可哀想なのです?」
レアンの問いに、里桜は「うん……」と、小さく頷いただけで、それ以上は口にしようとしなかった。何か言えない訳でもあるのだろうか、と、レアンはそれ以上の詮索は止め、優しく微笑んだ。
「里桜はきっと良い妻になると思います」
里桜の作った料理をパクリと食べて、レアンは頷いた。
「料理の腕も良いですし」
レアンの言葉に里桜はパッと顔を明るくすると、ニコリと微笑んだ。
「習い事の中で、お料理教室は大好きだったの! 習ったお料理をお家で披露すると、ヴィベルさんが美味しいって食べてくれたから」
「エデンでもよく菓子を焼いてくれましたね」
「レアンに沢山お世話になっていたのに、あの位しかできなかったから」
「料理上手な妻。アルカが羨ましいですね」
里桜は困った様にレアンを見つめ、言いづらそうに口を開いた。
「あのね、私、アルカと結婚だとか全然考えてないよ。ただ会いたいなって思ってただけで。エデンでアルカと一緒に居た時間ってほんのちょっぴりだったし、正直アルカの事、あんまり知らないもの」
「確かに里桜とアルカは長く過ごしたわけでもありませんから」
ニコリと微笑むと、「アルカが帰って来たら、沢山の時を共有すれば良いのでは?」と、レアンは優しくそう言った後、僅かに眉を寄せた。
「アルカが良い夫向けの性格かどうかは保証できませんが」
「確かに」
二人で笑うと、食事を進めながらアルカの話をし始めた。
「エデンでアルカって女好きだったでしょう? 現実世界でもそうだったの?」
「惚れっぽかった事は確かですね。デートだなんだと家を留守にしてばかりいましたから」
「やっぱりそうなんだ……」
「老若男女問わず友人が多かったですからね。アルカは人が好きだったのですよ。誰とでも仲良くなるので、アルカの周りには常に人が居ました」
「エデンでも王様なのに皆と仲良かったものね」
「城に仕える女性をすぐ口説くのは悪い癖だったと思いますが」
里桜はため息をつくと、「確かに旦那さん向けじゃないよね」と、苦笑いを浮かべた。
「でも私には浮気症のアルカの方が丁度いいのかも。その方が気を使わなくていいもの」
里桜は何故自分をそうも軽んじるのだろうかと、レアンは不思議に思った。『結婚をする資格が無い』や、『浮気性のアルカの方が良い』等と、まるで自分は愛人程度でいいのだと言っているようなものでは無いだろうか。
自分ならば、里桜だけを大事にし、一生を里桜の為に捧げたいと思うというのに……と、レアンは考えて、そんな事を絶対に口にはできないと瞳を伏せた。
食事を終えると、レアンは颯爽と片づけを手伝ってくれた。丁寧に食器を運び、テーブルを拭く姿を見て、里桜は感心して言った。
「レアンは良い旦那さんになりそうだよね。優しいし、真面目だし。凄くモテるでしょ? 女性が苦手でも、告白だらけで参っちゃうんじゃない?」
片づけを続けながら、レアンは「いえ、全く」と、以前と同じ言葉を放った。
「そもそも、職場に女性は居ませんでしたし」
「え? そうなの? 看護師さんとか女医さんとか、いっぱい居るんじゃ?」
レアンは首を左右に振ると、「私の仕事は医師とは少し違いますから」と、ニコリと微笑んだ。
「フランスで医師になるには日本で医師になるよりも長い期間を要します。ですから、養父の会社が日本にある事もあり、私は日本の大学に入学し、日本で医師免許を取得したのです」
「あ、だから運転免許も持ってるし、日本語ペラペラなんだ?」
「勿論、日本の医師免許ではフランス国内で医療業務を行えませんので、帰国後に試験を受け、その後直ぐに養父の義肢制作会社の専門医になりました。ですから、研究所に引き籠っていたのです。職場には女性がというよりはそもそも人が少なかったと言えますね」
「ファメールさんといい、レアンといい、二人とも研究所に引き籠って忙しかったんだね。恋愛どころじゃないか」
「兄上が記者会見に出た後にひと騒動ありましたので、そのせいで敢えて外には出ないようにもしていましたが」
レアンは憂鬱そうに深いため息をついた。
ファメールの見目麗しさから、肝心の惑星発見というスクープよりもファメール本人への反響が凄まじく、その影響は美形の弟という事でレアンにまで及んだのだ。アルカの事や養父の事等、過去が明るみになる事を嫌った二人は、各々の住居も引き払い、騒ぎが収まるまでの間それぞれの研究所に引き籠る事となった。
「美し過ぎるのも罪、かぁ。アルカも含めて美形三兄弟で、しかも皆エリート。実は全員が里子だなんて、マスコミは黙ってる訳ないよね」
「……髪の色も目立つので、一時期は染めていました」
レアンを見上げ、里桜は背伸びをし、アッシュブロンドの髪に触れた。
「綺麗なのに勿体ない」
ただでさえ女性にトラウマを持つレアンは、普通に生きる事に苦労するというのに、随分なストレスだっただろう、と、里桜はレアンが不憫でならなかった。
「ファメールさんのあの記者会見はかなり勇気が要る事だったんだね」
「……ええ。兄上は養子である過去が暴露されれば、騒ぎになるのもあり得る事だと予想をしていたので、事前に私に住居を引き払う準備をする様にと忠告してくれてはいましたが、まさかあれ程とは思いませんでした」
不幸中の幸いと言うべきか、エデンやアルマゲドンについての資料はジグラート社の機密として、社内でも知る者はいない程に厳重に管理されており、明るみになるということは無かった。世間では三人の里子を養子にした美談として、聖人の様な扱いのまま養父は亡くなったのだ。
「ごめんね。大変な思いさせちゃったのに、全然知らなくて」
「いえ。お陰で里桜とこうして逢えたのですから、この上無い成果ですよ」
「でもレアン、最初は私に会うつもりなかったんでしょう?」
「アルカを連れ戻しに行くのに巻き込みたくありませんでしたから。私は、里桜を守りたい。ですから、里桜にとって少しでも危険な目に遭う可能性があるのならば、まだ会うわけにはいかないと思ったのです」
里桜を見つめ、レアンが愛しそうにマリンブルーの瞳を細めた。
「ですから、私はアルカを連れ戻した後、三人で貴方に会いに行こうと思っていました。ですが、里桜に私達の存在を把握して頂くには、あの記者会見しか術が無かったのです。それにあの時はまだ養父は健在でした。養父にバレずに里桜とコンタクトを取る為には必要な事だったのです。どうしても、エデンでの私達は全くの夢ではなく、生きて現実世界に存在しているのだと貴方に知って頂きたかった」
「うん。有難う、お陰で希望持てたよ」
レアンの手に触れて、里桜は「エデンでの事は夢なんかじゃなくて、本当に皆存在してるんだって、信じる事が出来たもの」と、ぎゅっと握りしめた。レアンの手は大きく温かく、里桜は両手を使っても足りないなと感じた。
「……温かい手。日本だとね、治療の事を『手当』って言うの。レアンはお医者様にピッタリの手だね」
里桜のその言葉が養父の言った言葉と重なり、レアンはドキリとした。僅かに強張った手に、里桜は瞳を上げ、「どうかしたの?」と、小首を傾げた。
「いえ。何でもありません」
スッと手を里桜から離すと、レアンは食事の片づけの続きをし始めた。
「そういえば、ファメールさんは魔法を使えたけれど、レアンも何か特別な力があったりするの?」
レアンは困った様に微笑んで首を左右に振った。
「いえ、分かりません。まさか噛みつく訳にもいきませんから」
「あ、そ、そうだよね! ごめんね、変な事言って!」
やば……超失言! と、里桜が申し訳なさそうに項垂れると、レアンが小さく笑った。
「お気になさらず。ヴァンパイアの能力は他にも色々あります。霧になったり、空を飛んだりと。ですが、なんだか恐ろしくて試す気にはなれないのです」
「そっか。誠実なレアンらしいね」
「日の光を浴びても平気で良かったです」
レアンの冗談に笑うと、里桜は安心した様に小さくため息をついた。
「確かに私も怖くて試す気にはなれないかも。ファメールさんは研究熱心というか、好奇心旺盛というか」
「兄上は試行錯誤し、安全を考慮した上で実験を試みていましたよ」
「ファメールさんらしい!」
感心したようにふっと笑う里桜を見つめ、レアンはエデンでの自分がヴァンパイアであった事に皮肉を感じた。
アルカは、全てを知っていた上で自分や兄を創成したのだから、図らずともそうなってしまったのだろうが、それはアルカの目から見ても、自分は化け物として認識されているということなのだろう。
コーヒーを淹れようかという里桜の申し出にレアンが頷いた時、玄関のチャイムが鳴った。里桜が端末を取り、何やら楽し気に会話した後にドアのロックを解除した。
パタパタと玄関から足音が聞こえ、リビングのドアが開かれて、数人の女性が慌ただしく入って来るなり、皆口々に里桜を問い詰めだした。
「里桜! メール送っても全然返信くれないんだもの、来ちゃったよ!」
「サークルにも顔出さないって、先輩も心配してたのに」
「ゴメン! スマホ、鞄に入れっぱだった!」
両手を合わせて謝る里桜を、キッチンのカウンター越しに見つめ、レアンは微笑んだ。どうやら同じ大学の友人達の様だ。では、自分は早いうちに帰ろう、と、片づけを終え、タオルで手を拭いた。
里桜の友人達がレアンの姿に気づき、「え? 誰?」「外国人?」「イケメン過ぎ!」「背、高―い!」「すっごい筋肉!」と、ひそひそと話し、里桜はどう紹介したらいいものかとふと考えて、まさかVRの世界で知り合ったとも言えないしと、頭を捻った。
女性が苦手なレアンはリビングへと行く事が出来ず、少し気まずい面持ちでキッチンから会釈をすると、その礼儀正しさに里桜の友人達は思わず顔を赤く染めた。日本人は礼儀正しい外国人にはめっぽう弱いのだということが裏付けられる。
「あれ? ひょっとしてさぁ、彼ってウワサの高級車乗り回してるイケメンさんじゃないの!? 筋肉大男の!」
一人が素っ頓狂な声を上げ、里桜は「き……筋肉大男って……」と、苦笑いを浮かべた。
「もう! 里桜ったら、彼氏が出来たならそう言ってくれたら良かったのに!」
「お家に居るって事は、叔父さんのラファエルさん公認!?」
「なるほどねー、だから連絡つかなかったのね。なぁーんだ、心配して損しちゃった」
「えー? でも、もう一人女性みたいに綺麗な男の人が居たって聞いたよ? その人は? ラファエルさんを見てそう思ったわけじゃないよね?」
「イケメン彼氏とばっかり遊んで私たちの相手してくれないとか、寂しすぎ!」
友人達の言葉に、里桜は「え!? え!?」と、ブルージルコンの瞳をパチクリと瞬きした。ここの所叔父を本名の『ラファエル』ではなく、『ヴィベル』と呼んでいたので、話についていくのに若干のタイムロスが生じる。
「里桜はラファエルさんとくっつくのかと思ってた」
「じゃあ、ラファエルさんはフリーってこと!?」
「やば! 狙っちゃおうかなぁ」
「ばっか。相手にされないに決まってるじゃん。いいなぁイケメンの同居人にイケメンの彼氏。羨まし過ぎっ!」
「ちょっと待って、レアン……じゃなかった、ガブリエル…さんは彼氏じゃないよ?」
里桜は慌ててそう言って、レアンを見た。レアンが頷き優しく微笑んだので、里桜の友人達はわっとキッチンへと押し寄せてレアンを取り囲んだ。
「ガブリエルさんって名前なの!?」
「めちゃイケメン!」
「日本語話せるの?」
「どこの国の人?」
「彼女居るの!?」
「Ne t’approche pas de moi!!(私に近づかないでください!!)」
レアンは咄嗟にそう叫び、女性達から逃げる様に後ずさった。顔面蒼白でまくり上げたYシャツから露出した腕には鳥肌が立っている。
「え? 何? 何て言ったの?」
「何語?」
「ごめん、皆!」
里桜は慌てて友人達の所へと行くと、レアンを庇う様に両掌をパタパタと振った。
「あのね、ガブリエルはフランス人なの! えーと、それで……」
「そっか、ラファエルさんのお友達?」
「日本語わかんないのに取り囲んで怯えさせちゃったかー。ごめんね、ガブリエルさん」
「私たち勢い余っちゃったもんね! がっついてた!」
「イケメンに血眼の肉食女子に囲まれたら、そりゃおっかながるわ~」
友人達は申し訳なさそうにすると、「邪魔しちゃ悪いし、私たち帰るね。里桜の様子見に来ただけだし」と、微笑んだ。
「里桜、ちゃんとメール、見てね」
「うん。わかった。ごめんね!」
「ガブリエルさん、怯えさせちゃってごめんね」
心配して来てくれたのに申し訳無いな、と、里桜は思い、友人達に「ちゃんと連絡するから」と言うと、友人達は気にした様子も無く「はーい。待ってる!」と、笑って話し、「サークルにも顔出してね!」「彼氏できたら必ず報告すること!」と、和気あいあいと帰っていった。
キッチンの奥で硬直したままのレアンに、里桜はどう声をかけたものかと少し戸惑い、見つめた。
……レアン、その反応って、女性が苦手というよりは、怯えている様に見えるよ。養父がレアンにした事に関係があるの? 一体、どんなに酷い事をされたの……?
「すみません、里桜。貴方の友人達に嫌な思いをさせてしまいました」
俯いて、申し訳なさそうに言ったレアンに、里桜は慌てて首を左右に振った。
「大丈夫! ごめん、私の気遣いが足りなかったの。レアンが、女の子苦手だって知ってたのに。拒絶してる姿を目の当たりにしたことなかったから、配慮が足りなかったね」
里桜はキッチンへと行くと、自分も拒絶されてしまうかもしれないなと考えながら、恐る恐るレアンの手に触れた。レアンは里桜を拒絶することなく受け入れたが、驚く程に手が冷たくなっており、里桜はレアンの手を両手で包み込んだ。
「すごく冷たくなってる。寒い? エアコン切ろうか」
「みっともない姿をお見せしてしまいました。ガッカリしたでしょう」
「そんなことないよ! 私とはこうして普通に接してくれるから、ちょっとびっくりしただけ」
「拒絶が起きないのは、里桜だけなのです」
「……うん。ごめんね」
「里桜」
と、レアンは瞳を伏せたまま言った後、意を決した様に里桜を見つめた。マリンブルーの瞳でじっと見つめられ、里桜はドキリとして見つめ返した。
「私は、家族を皆殺されました。父は銃で頭を吹き飛ばされ、母と妹は私の目の前で」
あまりに衝撃的な話を唐突に話し始めたので、里桜は絶句したままレアンを見つめ返す事しかできなかった。
「幼い私は誰一人救えませんでした。ですから、次こそは、何としても救わなければならない。そう思って、医師となることを望みました。それなのに、このようなトラウマがあっては……本当に情けない限りです。貴方の思う様な男では無いのです」
「そんなことない!」
里桜は、レアンを抱きしめた。抱き付くでは無く、両腕をレアンの背に回し、優しくその広い背を撫でた。
「情けないなんてことは絶対に無い! 逃げずに頑張ってる人が情けないなんて言っちゃったら、誰も報われないよ。レアンはとってもカッコイイよ」
里桜には、人を癒す特別な力でもあるのだろうか、と、レアンは不思議に思った。苦手であるはずの女性だというのに、拒絶反応も起きず、こうして触れると心が落ち着くのだ。彼女こそ、医者に適しているのかもしれない。
「レアンのこと、バカにするような人が居たら、私が赦さないんだから」
里桜はレアンをしっかりとフォローできなかった事を悔やんだ。きっと傷つけてしまったに違いない。
レアンも、ファメールも、そしてアルカも皆、心に深い傷を負っている。過去にどんな辛い目に遭ってしまったのか想像もつかない。痛みを帯びる程に深い深いその傷を少しずつでもいいから、癒していければいいと願った。




