小さな出会い
ある村に一組の仲睦まじい夫婦がいた。
夫婦は子供を望んでいたがしかし、その夫婦には子供がなかなかできなかった。
「ラクリマ、何をお祈りしているんだい?」
栗色の長い髪と金色の瞳を持つきれいな女性の名は、ラクリマという。
寝台の傍に飾ってある女神像に熱心にお祈りをしていたところであった。
「ルプス‥‥女神様にわたしたちに子供を授けてくださいって、お祈りしていたの」
「そうか、私もお祈りしよう」
ラクリマの夫のルプスもラクリマの隣に座り、女神に祈る。
ルプスは、黒髪に落ち着いた青色の瞳を持ち、物静かな人だ。
ラクリマと共に村で細々とではあるが、幸せに暮らしていた。
次の日、ラクリマとルプスは仕事に行くため、自分たちの管轄する畑へと向かった。
畑には、麦の他に季節によって変わるが、ジャガイモやキャベツにニンジンと様々な野菜も植えられる。
ここで育った作物は税金代わりに国に収めるし、自分たちの食べ物ともなる。
村では家ごとに畑が割り当てられ、そこでそれぞれ仕事をこなす。
「あら、ラクリマ、ルプス、おはよう!」
「おはよう、おばさん! 今日も頑張ろうね」
ラクリマとルプスは村の住民に元気に笑顔で挨拶しながら、歩く。
二人は真面目に働くし、優しい人柄も相まって、他の村人たちから好かれている。
自分たちの畑についたとき、ラクリマがふと違和感に気付いた。
「ルプス、何かな、あれ?」
「どれだい?」
ラクリマが指を差した先を見ると、畑の真ん中にぽつんと昨日までなかったはずの白い花が生えていた。
「花、だね」
「あんなの昨日までなかったよね?」
ラクリマとルプスが背中に背負っていた農具をその場において、その不思議な花のもとに歩いて行った。
二人がその花を覗き込む。
白い花はここらでは見たことがなく、ラクリマの膝部分までの高さもあるし、両手のひらくらいある花はまだ咲いておらず、何かを守るように固く閉じている。
「見たことない花‥‥咲いたら、もっときれいでしょうね」
そう言って、ラクリマがその花に触れると、固く閉じていたはずの花がゆっくりと花びら開きだした。
幾重もの花びらが開ききった後に花の中になんと、小さな人差し指ほどの女の子がうずくまっていた。
「え‥‥? うそ、これって女の子?」
ラクリマとルプスがまじまじと花の中にいる女の子を見る。
形は人間だが大きさは人間とは程遠いので、本物かどうかわからない。
二人は顔を見合わせ、ルプスがそっと女の子を花から掬い上げる。
女の子からは、小さいながらも命の温かさが感じられた。
女の子があまりにも動かないので、本当に生きているかラクリマは不安になって慌てだしそうだった。
「大丈夫、温かいから生きている」
「ほ、本当?」
不安がっていたラクリマの表情がぱっと明るくなった。
「しかし‥‥ここに置いておくわけにはいかないな‥‥」
「そうね、安全な家で介抱してあげましょう」
二人は、仕事は一旦置いておいて、小さい不思議な女の子を家に連れ帰った。
いつもまじめに働く二人が血相を変えて家に戻っていったので、どうしたのかとまわりの村人たちは心配そうに眺めていた。
女の子があまりにも小さいので、自分たちの寝台に寝かせられず、バスケットにハンカチを詰めて、女の子専用の寝台を作った。
「大丈夫かしら? 怪我はしていないようだけど‥‥」
「とにかく、様子をみてみよう」
二人が不安げに話していると、ずっと目をつむっていた女の子の目が開いた。
「‥‥‥」
女の子は、意識がしっかりしていないのかぽーっとしながら、天井を見上げている。
「あっ、目を覚ましたわ!」
ラクリマが明るい喜びの声をあげると、女の子が驚いて、ぱっと起き上がった。
「ラクリマ、しーっ、この子が驚いているよ」
「あっ、ご、ごめんなさい‥‥」
ラクリマがしゅんとして、口を塞ぐ。
こんな小さな女の子にとって二人は大きい怪物に見えてしまうかもしれないとルプスは考えて、ラクリマに女の子から少し離れるように手招きをした。
女の子は、ラクリマとルプスの顔を交互に見ている。
「こんにちは、気分はどう?」
ラクリマがおそらく緊張してどきどきしているのだろう、声が裏返っている。
「おねえさんとおにいさん、だあれ?」
女の子は目をぱちくりさせながら、小鳥のさえずりのような可愛らしい声で話しかけてきた。
「ルプス! ルプス、この子可愛いわ! どうしましょう!?」
「お、落ち着いて、ラクリマ」
ラクリマが女の子の可愛さに胸を打たれたのか、頬を赤らめて、ルプスの肩を少し痛いくらい叩いてきたので、ルプスが落ち着くようにどうどうと手で制した。
興奮するラクリマの代わりに、ルプスが落ち着いた声でゆっくりと話す。
「こんにちは、私はルプス、こちらは私の妻のラクリマだよ。君が不思議なことに花の中で倒れていたんだよ」
「はな? おはな?」
「君の名前は?」
「‥‥わかんない」
女の子は、俯きながら悲しそうに首を横に振った。
「‥‥そうか‥‥お家はわかるかい?」
女の子はまたもや首を横に振った。
ラクリマが眉を寄せて悲しそうに呟く。
「この子、記憶がないのかしら‥‥」
「そう、みたいだね‥‥」
女の子は、心細そうに手をもじもじとさせ、泣きそうなのか俯いてじっとしている。
女の子は小さい以外は普通で、銀色のふんわりとした髪が肩まで伸び、瞳は透き通る水色で顔つきも可愛らしい。
こんな人差し指ほどの小さな子供が記憶をなくしてさ迷うなんてこと、あってはならないとラクリマが決意した。
「あなた、この子をわたしたちの子供として育てましょう。きっとこの子を育てるのも女神様のお導きだわ! というか、放っておけないじゃない?」
いつも落ち着いているルプスが目を見開いてラクリマを見たが、すぐに穏やかな微笑みに変わった。
「実は、私も同じことを考えてた」
ラクリマは、にこりと笑ってルプスに頷き、女の子に向き直り、優しく微笑みかけた。
「ねぇ、よかったらわたしたちと一緒に暮らさない?」
女の子は、目を丸くしてラクリマとルプスを見た。
「いいの?」
「もちろんよ、あなたもいいの?」
女の子は、こくこくと頷いた。
先ほどまで泣きそうだったが、寂しさが抜けて少し明るくなった。
ラクリマもルプスも嬉しさが笑顔に溢れていた。
「そうだわ! 名前がないと不便でしょう? いい名前を考えないと」
ラクリマは、はっとして紙とペンを持ってこようとした時、突然ふらついた。
ルプスがすかさずラクリマを支える。
「大丈夫かい!?」
「う‥‥気持ち悪い‥‥」
ラクリマは、吐き気をもよおしているのか口で手を押さえている。
「ご、ごめんね、ラクリマをちょっと連れて行かないと。そこで休んでいてね」
「うん‥‥」
ルプスがラクリマを気遣いながら、水場まで支えて歩いった。
まさか一日の内に天からの授かりものが二人も来てくれるとは、ラクリマもルプスも想像していなかった。




