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断章 それぞれの夏

断章 それぞれの夏


 八月。

 学生はすべからず長期休みとなる。大学の四回生や学院生は研究のため休みが無かったりするが。ともかく休みである。大平大学の場合、七月の試験終了と同時に始まり、九月末まで続く。まる二ヵ月の長期休暇である。


 ジュウウウウウウ

 鉄板の上で焼ける野菜と肉とソバ。コテを使って手馴れた手つきでかき回すように焼く。

「焼きソバ、二人前ー」

「はいよ。焼きソバ二つ」

 焼けた部分からコテを器用に使って皿に適量盛っていく。すぐさま二皿できあがった。

「はい、お待ち」

 一志はその皿を、後ろのカウンターに置く。すぐにバイトの一人が運んでいった。

 彼は今、海に居た。正確には海の家に居た。

 目の前には青く広がる海が砂浜が眩しいくらい輝いていた。太陽は本日も絶好調運転中。日陰でも照り返しがくるため、かなりに暑い。ついでに焼きソバの鉄板が目の前にあるので、さらに熱い。

 この海の家は、一志の親戚がやっている。そのため高校の時から毎年夏には手伝いに来ていた。建物の半分はお客がくつろいで食事をするスペースとなっており、そちらは風通しも良く涼しい。しかし厨房のほうは、料理の熱気が、たとえ換気扇と窓を全開にしても篭るため異常に暑い。客引きのため焼きそばの鉄板は店の入り口横にあり、風通しはいいが熱気はいかんともしがたい。外に向かって焼くことはパフォーマンスも兼ねており、中に入らなくても買えるのもこの店のメリットの一つだ。

 つまり一志は、日陰とはいえ、砂浜の照り返しを受けながら、熱い鉄板を目の前にして焼きソバを焼き、販売員も兼ねているわけである。お客はひっきりなしに来るし注文も続くので座ってる暇もない。朝からずっと立ちっぱなしだ。正直、慣れないバイトだとすぐに根を上げる役割だった。その分バイト料は弾んでもらっている。来年は研究のため休みがない。そのため今年までなので、雇い主の親戚の人からかなり残念がられていた。

「焼きソバ三つお願いしますー」

「はいよー」

 日が昇る前の早朝から開店準備のために起き、日中はずっと立ち仕事をするため、夜は疲れで早々に寝てしまう。三日に一日休みをもらえるが、休みは休みで疲れきっているため半分は寝てしまう。韋駄天のことを考えている余裕は無い。

 海に来て二週間。すっかり肌は小麦色を通り越して焦げ茶色になっていた。

(たぶん、会ったらびっくりされるだろうな)

 紗奈とは毎日のようにメールで連絡をとっていた。自分の写メは送ってないので、この姿を見たらどう思うだろうか。

 それらを含めて、厳しいバイトだが収入はいいので、八月が終わる時が楽しみだった。


 菜々美も海に居た。ただし一志が居るのとは違う場所だった。情報工学科で仲良くなったグループ数名で、十八切符を使ってやってきた。宿は近くのキャンプ場。貧乏旅行極まれりな旅行だ。

 友達と来る旅行は、それはそれで楽しいが、一志達五人で行った旅行がもっと楽しかったため、どことなく物足りなく感じてしまう。

(しょうがないやんな……)

 大学三回生二人と社会人一人がいたのだ。遊びや段取りに関してどうしても一歩劣ってしまう。また一志と紗奈といったおもしろいネタが無いのも原因と思われる。

(むしろ主原因やな……)

 適度に男女の混じったグループではあるが、まだ明確なカップルが存在していない。双方どことなく距離を置いてしまっている。菜々美自身も幾度かそれっぽいアプローチを受けたが、あまり乗り気にならなかったため、その後はやはり距離感ができてしまっていた。

「菜々美ちゃん~ビーチバレーせえへん?」

 もう一人の関西出身の女子から声が掛かった。出身地が近いので、グループ内では一番仲が良い。

「やるでぇ。何賭ける?」

「いきなり賭けかいな。負ける賭けはせぇへんで」

「お、いきなり負け宣言かいな。勝負あったな」

「やってみなわからへんやろ。て、あたしら二人同じチームやから勝ちも負けもないやろ」

 そうやんな、と菜々美が笑う。

 ふと気づくとグループの他の人たちが唖然としていた。

(関西のノリがわからへんのがつらいな)

 ふと、話下手の荒川先輩はともかく、口の上手い八幡先輩なら関西のノリについてこれるやろうか、と考える。

「いくでぇ」

 相方がサーブ体制に入った。ポーンとボールが飛んでいく。

(夏休み終わったら話してみたろ)


 修は旅をしていた。

 今はなんとなく北海道にいる。今年しかチャンスはないだろうと、基本ヒッチハイクでどこまで行けるかを試していた。まず秋田に向かうトラックに乗せてもらい、秋田のサービスエリアから青森に向かうカップルの車に便乗させてもらい、フェリー乗り場で野宿して、フェリーで仲良くなったバイク乗りの人たちに乗せてもらい札幌まで来た。さらに釧路へ向かうトラックに乗せてもらい、今、釧路から根室に向かって歩いている。

「遠い……」

 隣の街だから近いだろうと高をくくっていたが、その距離二十キロ。本州なら隣の県に辿り着く距離だ。

 だいぶ日も傾いてきた。海岸線沿いの道。併走して線路がある。しかし、まったく車も電車も通らない。地図ではキャンプ場もあるが随分先だ。

(水も食い物も一応あるから、最悪道端でテント張るか)

 道具は、足を捻挫して今年の登山をあきらめたワンゲル部の知人から借りたので、軽くて小さく性能のいいものが揃っている。寝袋にテント、他水筒などを含めてもコンパクトに背中のザックにまとまっている。秘境にいるわけではないので、なんとかなるだろうと考えていた。

 ブロロロロ……・

 最近は電気自動車が普及したため、後ろからくる車に気づきづらいという問題があった。これはヒッチハイクでも問題だった。同じ進行方向の車に合図が後れないからだ。しかし珍しくエンジン音が聞こえた。駄目もとで親指を立てて手を出す。

 見ると車は、古いオープンカーだった。確かスーパーセブンという車で、前半分がエンジンでツーシーターの旧車だ。

 それがブレーキをかけて止まってくれた。

(ラッキー)

 止まった車まで走る。

「すみません。根室方面に行きたいんですけど……」

 ドライバーは若い、といっても修より年上だろうが、女性だった。サングラスを掛け、ドライビンググローブをしている。また身体つきがダイナマイトだ。

 修が思わず絶句する美女だった。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます!」

 修が乗ると車を発進させる。力強さは無いが、車体が軽いからだろう、とんでもなくスムーズな加速だった。

「すごい車ですね。俺、初めてですよ。あ、俺、八幡ってい言います」

「橘、よ。ありがと」

 軽快に走る。視点が低いので、なお更スピード感がある。

「大学生さん?」

「ええ、そうです」

 風が通り過ぎていくのを感じる。涼しい。

「ヒッチハイカーは珍しいからね」

「そうなんですか?」

「そ、バイクはいっぱい見るけど」

「地元の方ですか?」

「ちょっと遠いけど、北海道よ。札幌の方に住んでるわ」

「ご旅行で?」

「うん。まあね。一泊だけど」

「どちらにお泊りで?」

「根室よ。半島まで行ってその辺で宿を探すつもり。あなたは?」

「半島までなら乗せてもらっていいですか? 俺もそこで宿探します」

(これは、口説いて一緒に……も夢じゃないな)

「一緒に、とか考えてるでしょう?」

「え、いえ、とんでもない」

「バレバレよ。学生さん」

 不敵に笑う。

 こんな車に乗っているぐらいなのだから、経済的に裕福なのだろう。その経済を自力で得ているなら、確かな人を見抜く目を持っているに違いない。修は降参とばかりに両手を上げた。

「さすが、です」

「フフフ」

 しばらく談笑をして過ごす。話しているうちに根室を超え、根室半島の先端に向かって走っている。修はふと気になって聞いた。

「これガソリン車ですよね? ガソリン補給できるんですか?」

「ええ。札幌、静内、釧路に一箇所ずつ扱ってるスタンドがあるの。でないと乗れないわ」

「そうですね」

「あと、旭川と稚内にもあるけど、網走とかに無いから、北周りできないのが困りものね」

 なるほど、と修は納得する。

「ところで、宿はどうするの?」

 だいぶ日が傾いている。夏なのに結構寒い。

「ご一緒いいですか?」

 半分冗談で言う。

「いいけど、あなたノンケでしょう?」

「は?」

「ノ・ン・ケ」

 今修が感じた悪寒は、きっと寒さのせいではないだろう。

「元男と一晩ご一緒する? 好みだからサービスしてあげるけど?」

 ニッコリと笑う。

 修はその笑顔に恐怖した。

「つ、謹んで、遠慮させていただきます!」


 夕はオフィスでパソコンのキーボードをたたいていた。

 夏の猛暑が続くが、エアコンの効いたオフィスに居るとまったく感じない。

 社会人の夕には学生のような長い休みは無い。あってもお盆などで一週間がせいぜいだ。また職業上そういう日こそ仕事があったりするので、休み自体が分散気味になる。固まった休みというのは結構貴重だ。

 今日は珍しくデスクワークをしている。基本外にでる職業なので、書類は溜まる一方だ。こういうときに片付けないと片付かない。そのため、朝からずっと書類整理をしていた。

「ふう……」

 肩を回と、コキコキと鳴る。基礎体力と筋力はあるので、慢性的な肩こりにはならないが、それでもずっと同じ姿勢でパソコンに向かっていると、血の巡りが悪くなってくる。座っているので楽は楽だが、性に合ってないのをしみじみ感じる。

(夏休みか……)

 自分が学生時代だった頃を思い出す。お金が無くて時間があった頃。今はお金はあるが時間が無い。両立しないのが社会の真理だろうか。

「さて、もう少し片付けるか」

 一口コーヒーを飲んで、夕は再びパソコンに向かった。


 紗奈はパソコンに向かい、カチャカチャとキーボードを叩いていた。遮光カーテンを閉めているが、部屋は電灯を付けているので明るい。

「ん……」

 伸びをする。同じ姿勢で居たため、血行が悪くなっている。きっとストレッチをすると気持ちがいいだろう。

(テスト開始っと)

 マウスをつかみ、クリックを数回する。プログラムが起動すると画面にウィンドウが開き、テスト結果が出力されていく。

 クローゼット内に設置した物理シミュレーション特化型のサーバPCがフル稼働を始める。並列演算能力を高めるために、高性能なGPUを積んだグラフィックカードを四枚挿してある特別製だ。グラフィックカードに物理演算させるためのドライバーはメーカー既製品だが、四枚を並列動作させるためのOSへの設定は紗奈が行った。記録装置はSSDなので動作音は冷却用のファンだけだが、電源とCPUのそれの回転数が上がるのが音でわかる。続いてグラフィックカード四枚分のファンも一斉に回転数を上げた。また夏なので部屋のクーラーでクローゼットも冷却するため、扉が開けっ放しなのでその音が良く聞こえる。

 ポン

 ファンの音とは異質の電子音。メールを受信した合図だ。ほとんどのメールは自前のメールサーバが選別して、重要なものや、仕事相手の知人などからのメールしか知らせないようになっている。クローゼット内に置かれた自前のメールサーバは常時稼動し、せっせとメールを調べている。そうしないとプロバイダのメールボックスが一日経たずに満杯になってしまうのだ。またウィルス入りやスパムをいちいち手作業や汎用端末で調べたくないからでもある。

 送られてきたメールの実に九十九パーセント以上が削除され、今、受信を知らせられたのはその一パーセントにも満たないメールの一通だった。

 メールを開くと、協力企業の担当者からだった。時々くる技術的な質問のようだ。

 紗奈の副業、というべきか。彼女はいくつかの企業と技術協力の契約を結んでいる。一つ一つは安い契約だが、期間決めで複数結んでいるので、そこそこの安定した収入になっていた。彼女の技術力が対外的に高く評価されている証でもある。

 ざっと読む。あるシステム上で組んだプログラムが正常動作しない問題の質問だった。プログラム的には間違いが見あたらないのだが、このシステムについて何か情報を持っていないか? という内容だ。

 紗奈はすぐさま返信メールを書きはじめた。このシステムにはバグがあり、先日バージョンアップがあったばかりだったので、その旨を記述する。

 実はこのシステムの根幹部分は紗奈が書いたシステムを使用している。それをある会社が採用して商品に組み込んだのだが、組み込み方に問題があり、ある特定の条件下でバグが発生していた。当初、会社は問題を軽視し、クレームの一つとして処理していたのだが、紗奈自身がそのバグを見つけ報告しても同じように未対応を続けたので、彼女が怒ってソース公開の権限、システムのライセンスに書かれている、を使い、プログラムを修正し正常動作するバージョンを作って叩き返した経緯がある。

 メールを送る。すぐに先方からお礼のメールが返ってきた。

(……先輩、何してるかな?)

 メールを確認しながら、おもむろに携帯電話を取る。見ると待ちうけ画像が「焼きソバ焼き」と書かれた絵になっていた。たこ焼きの絵を修正したものなので、焼いているのは蛸だったが。

 この待ち受け画像は、彼女が書いたプログラムによって自動的に更新される。一志から送られてきた携帯のメールを解析し、行動ログを蓄積、現在の状況を予測し、その結果を待ちうけに表示するプログラム。人は一日、一週間、一ヶ月、一年の単位でだいたい似たような行動を繰り返しているので、このような予測が可能だろうと彼女が遊び半分で作ったものだった。

(このプログラム、そろそろ公開しようかな?)

 百円から販売できるネットストアの整備のおかげで、個人が作った無数のソフトが格安で販売されている。無料のものもあるが、お金のかかるタイプはネットストアがウィルスチェック等を厳重に行ってくれるので、信頼性があり、缶コーヒー代程度で買えるので何かと流通している。

 紗奈のプログラミングしたソフトもまた、いくつもそこで販売されている。彼女の場合、アイデアで劣る場合も多いが、確かな技術力で作られており、バグが少なく性能が良いため人気がある。そのためソフト一つに数万円から百万円近くと、結構な収入になっていた。

 紗奈は一志の携帯に挨拶メールを送る。キーボードからのほうが打ちやすいのでパソコンから送る。送り元を携帯のアドレスにして返信は携帯に届くようにしておく。返ってくるのは決まって夜か早朝。バイト中の昼間は返ってこない。

 一志のことを考えていると、なんとなく自分の唇を指でなぞっているのに気づく。

 自分が無意識にしていたことに、顔が赤く染まる。

(……そろそろ行くかな)

 先ほどのシミュレーションプログラムも当分終わらない、メールの返信も来ないので少し時間ができた。

 時刻は十六時。

 じつはあの旅行の後、駅前のスポーツジムに泳ぐために通い始めていた。泳ぐことが楽しくなったのだ。海や普通のプールには行けないが、室内プールに夜行けば紫外線のことは心配しなくて済むし、一人歩きは危険だが行き帰りはタクシーを使えば問題無い。

 そこはスパも併設されているので、今の血行が悪くなった身体をほぐすには丁度いいかもしれない。

 行くと決めると、その準備を始める。自然と鼻歌を歌いながら。

 紗奈は自分が充実していることに気づかないほど、自然に変わってきていた。


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