【第1部 完】第98話 この国を壊し作り直す、利権国家の解体者――革命はまだ静かに燃えている
深夜2時。
総理大臣官邸の執務室は、驚くほど静かだ。
机の上に山積みにされた「機密」のスタンプが押された書類を眺めながら、私は深くため息をついた。
「公金チューチュー問題。 スラングとはいえ、実によく芯を捉えた言葉じゃないの」
私は背もたれに体を預け、天井を見上げた。
国民からは「日本を動かす最高権力者」と呼ばれているが、内実はどうだ。
ただの「巨大な集金・配分システムの雇われ店長」に過ぎない。
なぜなら、人類がアルタミラ洞窟の壁画を描いていた頃から、政治の本質は変わっていないのだ。
集落のボスが、マンモスの肉を誰に多く分け与えるか。
現代の日本で言えば、それが年間約100兆円を超える国家予算になっただけ。
そして、その肉を一番賢く一番静かに貪る連中が、私の周りを取り囲んでいる。
「官僚、政治家、民間団体……。見事な三位一体だわ」
私は、自嘲気味に微笑んだ。
かつては、わかりやすかった。
道路を造る、ダムを造る。
ゼネコンが群がり、族議員が怒鳴り込み、官僚が帳尻を合わせる。
あの頃はまだ、目に見える結果が残った。
だが、今の私の時代はもっと洗練されている。
「社会課題の解決」
「多様性の確保」
「DXの推進」
誰も反対できない、美しい大義名分のラベル。
それは、新しい利権のブラックボックス。
(少子化対策のために作った基金が、なぜか天下り役員の高額な退職金に化ける。困窮者支援のために委託したNPOの会計が、何重もの下請け構造の中で煙のように消えていく。……誰も悪びれない。だって彼らは『良いこと』をしているつもりなのだから)
これがこの国の、いや、人類の歴史が磨き上げた「なあなあの慣習」の、成れの果てだ。
システムが複雑になりすぎて、作った本人たちでさえ、どこから金が流れて、どこに吸い上げられているのか、全容を把握できていない。
私とて、最初は「この腐った構造にメスを入れる」と息巻いて、この椅子に座ったはずだった。
しかし、いざ切り込もうとすれば、足元から地響きが立つ。
予算を削ろうとすれば、たちまち「弱者切り捨て」「未来への投資を怠るな」と、マスコミや野党、そして身内の議員から一斉に火の手が上がる。
彼らを動かしているのは、その背後にいる「利権の受益者」たちだ。
彼らの望む通りに公金を流せば、政権は安定する。
彼らの利権にメスを入れようとするならば、たちまちスキャンダルがリークされ、支持率は急降下し、私は明日にもこの椅子を追われるであろう。
(最高権力者も、結局のところ、使い勝手の良いの奴隷というわけだ)
私が愛飲しているブレンドコーヒーを一口含んでも、気休めでしかない。
国民は怒っている。
SNSを開けば、私への罵詈雑言と、「公金チューチューを許すな」の大合唱だ。
まったく、正しい。
100%、彼らの言う通りだ。
私も一人の納税者に戻れるなら、一緒にプラカードを持って官邸前で叫びたいくらいだ。
だが、この巨大な利権のシステムは、私一人では、止まりはしない。
かといって、ただ怒りをぶつけるだけの無策な次代に託したとしても、数ヶ月後には同じように、この執務室で頭を抱えることになるのだろう。
――だからこそ、私は「一から作り直す」と、決めたのだ。
こんな歪んだ利権の永久機関を破壊し、一度吸い上げたら二度と不正に漏れ出さない、新規のクリーンな公金運営システムを構築する。
それが、私の真の狙い。
そのために私は、自身の名を冠した『鷹町栄政治塾』を立ち上げ、氷室レイを筆頭とした、凛とした志を持つ若き女傑たちを密かに子飼いとして育ててきた。
狙うは、党内外にのさばる、悪徳汚職議員たちの一掃。
彼らが自滅するか、あるいは決定的な尻尾を出したその瞬間に、すべての膿をまとめて永田町から叩き出す。
そして空いた強固な地盤に、私が育てた真っ白で優秀な子飼いたちを流し込み、国会を一気に塗り替えるのだ。
だが、まだそのタイミングではない。
戦力を整え、世論を引きつけ、短期間で既得権益の息の根を止めるための弾薬が足りない。
今の私に必要なのは、自らの保身など一切考えず、泥に塗れてでも現場を這いずり回り、汚職議員たちが隠蔽したスキャンダルを地道に剥ぎ取ってこれるような、そんな命知らずな国会議員だ。
だが、そんな奇跡のような人材、今の永田町に見渡しても期待薄なのは百も承知。
それでも、私は心のどこかで熱望せずにはいられない。
「さて……」
私は時計を見た。
午前2時半。
明日、いや、今日の閣議で、新しい「地方創生推進のための交付金」の法案が請議を受ける。
また、公金が流れる新規のパイプが、国民の目に見えない場所にパチリと接続される。
私はペンを執り、官僚が完璧に作り上げた答弁書に目を通し始めた。
「我が国の未来のため、厳正な審査のもと、必要な予算を執行してまいります……」
この方便にまみれたセリフを、明日、私は日本で一番真剣な顔をして読み上げなければならない。
牙を隠し、微笑みを絶やさず、ただの雇われ店長のフリをしながら。
けれども、雛鳥のように待っていなさい、永田町の魑魅魍魎ども。
あなたたちのその貪欲な口に、私が特大の爆薬という餌を放り込んであげる日は、そう遠くないのだから。
第一部 完




