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第49話 【フランス研修編】パリのホテルが異世界すぎてワロタwww ていうか、エッフェル塔がベランダから見えるとか良い意味で聞いてないし

 5つ星ホテルのロビーは、るる奈の人生で踏み込んだことのある空間の中で、ダントツで格が違った。

 吹き抜けの天井には、シャンデリアがいくつもぶら下がっている。

 床は大理石で、靴のヒールが当たるたびに上品な音がする。

 壁には額縁に入った絵画。

 カウンターの向こうでは、完璧な笑顔のスタッフが数人、静かに立っている。


「……ここ、美術館じゃなくてホテル?」


「もちろん、ホテルです」


 紫村がチェックインの手続きを進めながら、静かに答えた。

 エレベーターも、内側が鏡張りで金色の装飾が施されていた。

 るる奈は自分の顔が何重にも映り込むのを見て、思わず自撮りのポーズを取りかけて、やめた。

 そして、案内された部屋のドアを開けた瞬間、るる奈の語彙力が完全に消滅した。


「……」


 天井が高い。

 ベッドが大きい。

 カーテンが、床まで届いている。

 ソファがある。

 デスクがある。

 バスルームを覗いたら、バスタブとシャワーブースが別々にあった。

 洗面台には、小さなアメニティが整然と並んでいる。


「ウチ、今どこにいるの……?」


「パリのホテルです、先生」


「ホテルって、こんな感じなの……?」


 突然、紫村が申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、千道先生。 部屋の件でご説明があるのですが」


「はい?」


「今回は私と先生、ツインのお部屋でご一緒させていただくことになっています。 本来であれば先生お一人のお部屋をご用意すべきなのですが、スケジュールの都合上……」


「全然いい! むしろ助かる!!」


 るる奈は、満面の笑みで即答した。


「ウチ、ホテル自体が人生で初めてなんで、一人だったら絶対なんかやらかしてた。 一緒にいてくれると超安心っす。 マジで神っす、紫村さん!」


 紫村の表情が、ほっと緩んだ。


「……ありがとうございます。 では、遠慮なくご一緒させていただきます」


 その時、廊下からノックの音がした。


 ドアを開けると、春日局長が取り巻き一行を連れて立っていた。


「千道さん、お部屋はどう? 素敵でしょ」


「はい。めちゃくちゃ、素敵です!」


「そうよねえ。 ここ、あたしのお気に入りのホテルなのよ。 ねえ、明日からの視察、一緒に行きましょうよ。 パリの女性センターとか、マルシェも寄りましょ。 ランチも予約してあるし」


 春日局長の声は明るく、温かく、そして微妙に「あたしがエスコートしてあげるわ、田舎の子」感があった。

 るる奈は曖昧に笑った。

 確かにフランスに来られたのは春日局長のおかげだ。無下にはできない。


 その時、紫村が静かに、かつ明確に割り込んだ。


「千道先生は、氷室班のスケジュールに同行していただく予定になっておりますので、春日班とは行程が異なります」


 春日局長の笑顔が、一瞬だけ固まった。


「……そう。 氷室先生が、そう決めたのね」


「はい。子ども支援政策の視察枠を別途手配していただいておりますので」


「まあ、だったら仕方ないわね」


 春日局長はすぐに表情を戻したが、その「仕方ない」の言葉には、かすかな棘が混じっていた。


「千道さん、せっかくパリに来たんだから、ちゃんとお勉強してきなさいね。 それが一番大事よ」


 るる奈を見下ろすような、柔らかい笑顔だった。


「はい、頑張ります」


 一行が廊下の向こうへ消えていくのを見送り、るる奈はドアを閉めた。


 紫村が、そっと説明した。


「千道先生、少しご説明しておきます」


「うん、お願い」


「氷室先生が女性局に入局される前は、海外研修の視察内容は春日局長の意向が第一でした。 視察先の選定も、スケジュールも」


「……それって、どういうことですか?」


「視察の名目でパリに来て、実質的には観光と会食が中心、という事が続いていたそうです。 それを、氷室先生が変えようとして、今回は相当揉めたと聞いています。 最終的に、氷室班と春日班の二組で別行動、ということで落ち着いたんです」


 るる奈は、少しの間黙った。


(なるほど。 だから氷室先生と春日局長との空気が微妙なんだ……)


「……氷室先生って、色々大変だったんだなあ」


「そうだと思います」


 紫村が、静かに頷いた。

 るる奈はふと、窓の方に目をやった。

 分厚いカーテンが引かれたままだ。


(そういえば、ベランダがあるって書いてあった……)


 カーテンを引いた瞬間、るる奈は動けなくなった。

 パリの夕暮れが、窓いっぱいに広がっていた。

 オレンジと紫が混じり合う空。

 石造りの街並みが、光の中に溶けていく。

 セーヌ川の向こうに、建物の輪郭が重なり合う。

 そして、その全てを見下ろすように、エッフェル塔が、夕暮れの空にそびえていた。


「……」


 るる奈は、おもわずベランダのドアを開け、外に出た。

 夜風がふわりと銀髪を揺らした。

 エッフェル塔は、バスから見た時よりもずっと近く、ずっと大きく見えた。

 頂上がうっすらとオレンジ色の空に溶け込んでいる。


(ウチ、本当にパリにいる……)


 供託金六百万円を闇金から借りた日のことを、ふと思い出した。

 あの雑居ビルの薄暗い空気と、黒金の冷たい目線と、震えが止まらなかった指先。

 あの夜から、一年も経っていない。

 なのに今、パリのホテルのベランダから、エッフェル塔を見ている。


「先生、夕食まで少し時間があります」


 紫村の声が、背後から聞こえた。


「……うん」


 るる奈はベランダの手すりに両手をかけたまま、エッフェル塔を見続けた。


「人生って、マジでバグってる」


 その言葉だけが、パリの夕暮れの風の中に、静かに溶けていった。

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