【番外編】リヒト殿下の想い ②
書き上げるのが遅くなってしまい、誠に申し訳ありません。
書き始めると、リヒト殿下は複雑な人物で、複雑な想いを抱えてる人だと気づきました。
楽しんでいただけると嬉しい。
よろしくお願いします。
「アグニス公爵……!!」
アグニス公爵がお茶会に現れると、アーロンはひきつった顔で急に立ち上がって駆け出した。
そして、何の躊躇いもなく攻撃魔法を撃ち込んだのだ。
ローズマリー嬢がアグニス公爵の前に飛び出した。両手を広げて公爵を庇う。
その姿が、乳母が私を庇った姿と重なって見えた。
私は恐怖で心臓がわしづかみにされた。全身に寒気がして強ばってしまった。
彼女が傷つくのが怖くて、思わず目を閉じてしまう。
幸いなことに、アーロンの攻撃魔法は公爵が消しさってくれた。
ローズマリー嬢も怪我はなく、アーロンは公爵に諭されただけですんだ。
後でアーロンには厳重に注意しなければ!
財力も軍事も人気も国一番の公爵が怒り狂ったら、王家は滅びてしまうのだから!
アーロンが泣き出したので、お茶会から帰ることにした。
私はローズマリー嬢に謝罪をする。
「ローズマリーだったね。君にも悪かったね。後で謝罪を贈るから、受け取ってほしい」
「恐縮です」
ローズマリー嬢は寛大な心で許してくれた。
彼女が許してくれなければ、彼女を慕うフローラ公爵令嬢もアーロンを嫌ってしまう。
そうなれば、将来王位につくアーロンの後ろ楯は弱いままだ。
アーロンは本当に危なっかしい。
彼女の笑顔が、女神の慈愛のように感じられた。幻だろうか。
別れ際のローズマリー嬢のカーテシーが、まるで王族のように美しい。
思わず見惚れてしまう。こんな高貴な立ち居振舞いができる侍女がいるなんて。
私は帰りの馬車の中で、アーロンにアグニス公爵について教えた。
ブレイズ・アグニス公爵。
彼の父親は、熊のように大柄で筋肉質なラーヴァ•アグニス前公爵だ。
母親は、華奢で儚げな美貌のプルメリア元伯爵令嬢だ。貴族には珍しい恋愛結婚だと聞く。
そして生まれたのがブレイズ様とラフレシア様の兄妹だ。
二人は生まれながらに膨大な魔力を持っていて、夫人は妊娠中の魔力過多症状に苦しんだ。そして寝たきりになってしまった。
そんな母親を治すため、ブレイズ様は治療方法を求めて、子どもの頃から冒険者になった。世界中の地下迷宮や古代神殿を冒険してまわったのだ。
そして実力でS級冒険者になった。
そんな公爵にアーロンが勝てるわけがない。
彼が持ち帰った秘術で母親は回復した。今は領地で先代公爵と静かに暮らしている。
アーロンは絶望した表情で考え込んでしまった。
……留学する前は無邪気で一途な子だったのに。
彼は変わってしまった。
王位継承という重圧が、彼に重くのしかかっているのだろう。
まだ子どもなのに政治に関わる書類を読み、大人顔負けの指示を出すようになっていたのだから。
子どもができない議案は、私に協力要請してくる。まるで気難しい大人のようだ。
さらに困ったことに、アーロンは身分の低い女性と結婚したいと言い出したのだ。
フローラ公爵令嬢は、隣国のカエルム殿下に取られてしまいそうだ。
彼は本当にどうかしてしまったんだろうか。
そんなことをすれば国が荒れて、王族でも酷い扱われ方をされるのに。
その後、ローズマリー嬢が王宮にくると風魔法で知ることができた。王家からの謝罪に対する返礼を持ってくるらしい。
彼女と話をしたくて出迎えに行く。
会えるのが嬉しくて胸が高まる。
彼女は私に臆することも媚びることもなく、笑顔で話してくれた。
それがとても楽しい。
立場上、気楽に話せる相手が私にはいないのだ。
利権や金儲けや横領、王子妃を狙う者、醜聞を探し回る者……全く気が抜けない。
「アーロンは頭のいい子だけど、無茶をしすぎる。できれば、アーロンとゆっくりお茶でもしていってくれると助かるんだが」
「承りました。私でよければ」
彼女にゆっくり過ごしてほしくて、お茶のセットが載ったワゴンとともアーロンの部屋へ送り出す。
今の仕事を片付けたら、私もお茶会に参加しよう。
急いで時間を作ってアーロンの部屋を訪ねると、驚いたことにアーロンがローズマリー嬢と遠慮のない口喧嘩をしていたのだ。
ローズマリー嬢は、彼と対等に意見を言っている。
あんな口のききかたを許すなんて!
アーロンは、よほど彼女を信頼しているのだろう。
アーロンは怒りながらも楽しそうで、逆に羨ましい。
彼女は、何ヵ国語もの書類を難なく読みくらべて意見している。
優秀すぎるだろう……!
私はなぜか胸がムカムカしてきて、その場を立ち去ってしまった。
ローズマリーは不思議な女性だった。
彼女のことを調べると、学校へ通ったことがない。ずっと働いていたらしい。
彼女への興味は深まるばかりだ。
その後街で偶然会ったので、彼女を誘って一緒にお茶を飲んだ。
もちろん、彼女の休みの日や行動パターンを知ってはいる。
私の風魔法は情報収集に役立つからね。
……だから何だ?
将来、王妃付きになる侍女を調べることに問題なんかない。
むしろ当然だ。
彼女の好みを調べて良好な関係を気づくことは、大事なことなんだからね。
彼女といると楽しくて時間を忘れてしまう。
柔らかな日差しの中で、彼女が微笑むだけで胸の中が暖かくなる。
アグニス公爵家へのお土産を楽しげに選ぶ彼女。
彼女に愛されれば、私もこんな風にお土産を選んでもらえるのだろうか。
それはとても楽しそうだ。
そう思っていたら、ローズマリーが笑顔で私に小さな魔道具を手渡してきた。
「リヒト殿下は王族なので、こんな小物は見たことがないと思って。面白いですよ」
「魔道具に魔力をこめると、星のように光が瞬くのですね」
「ええ。クズ魔石を使った玩具なんですが、使われている魔法陣が凝っているのです。リヒト殿下のお好みに合うかと」
「確かに私は魔法の勉強のために留学したくらいですから。私のことを考えてくれているなんて嬉しいですね」
「ふふふ。リヒト殿下は私の希望の存在ですから。
(リヒト殿下の存在は、運命は変えられるという証拠ですからね!)」
彼女の笑顔が眩しい。
まるで初夏の木漏れ日のように爽やかだ。
明るい光が心の中を照らしてくれる。
「リヒトと呼んでください」
「まあ! よろしいのですか?」
「ええ。私のこい……友人になってほしいです」
「嬉しいですわ。リヒト様」
私は今、言ってはいけないことを言いそうになってしまった。弱小王族に自由などないのに。
この気持ちは友情だ。
でも少しだけ……、自由恋愛に突っ走った長兄が羨ましくなった。
アグニス公爵家を訪れば、彼女の周りは笑いが溢れている。
彼女は平民のメイドにも態度が変わることがない。
裏表のない人間なのだろう。
人は自分よりも下だと思った相手に対して、隠している悪い面が出やすいのだから。
大人顔負けのアーロンも、彼女が王宮に来れば気さくに話している。
彼女に会えるのが、私はとても楽しみだった。
私の目は、ずっとローズマリーという侍女に吸い寄せられるようだった。
残念ながら、彼女はずっとフローラ嬢ばかりを見つめている。
公爵令嬢を守り育てる彼女は危険も多い。
彼女がずっと無事であるように、私は祈り続ける。
アーロンは、ついに好きな娘と交際するために王族をやめると言い出した。
お相手は男爵令嬢。身分違いのために結婚できないからだそうだ。
兄上達はアーロンの意見を頭から否定せず、機会を与えることにした。
アーロンが近衛騎士達に勝ち抜けたら、交際だけは認めることにしたのだ。
しかし哀しいことに、アーロンには彼のために戦ってくれる騎士も側近もいなかった……。
アーロンはたった一人でアグニス公爵家を訪ねて、小柄な騎士を連れてきた。とても勝てそうにない。
対戦相手は火魔法が得意なアグニス公爵家に対して、水魔法が得意な騎士を三人も用意されていた。
戦いが始まると、小柄な騎士はアーロンを抱えて逃げまくった。
負けるのは時間の問題だ……と思えば、小柄な騎士はあっという間に三人の騎士を倒してしまった。
見たこともない不思議な動きだった。
驚きと感動で体が熱くなる。思わず手を握りしめた。
彼と戦ってみたい……!
兄王から使いの者が来る。
アーロンの騎士を倒して、彼を説得するように頼まれてしまった。
私は、二つ返事で引き受ける。
あの騎士と剣を交えてみたい。
小柄な騎士と剣を交わすと、騎士は困ったような声で挨拶をしてきた。
「リヒト殿下、このような姿での立ち合い、誠に申し訳ありません」
「ローズマリー嬢!?」
小柄な男だと思っていたら、ローズマリー嬢だったのだ。
彼女に会えた驚きと嬉しさで、思わず笑ってしまった。
全身鎧に覆われていたから分からなかったのだ。
彼女の剣技も体さばきも、舞を舞うように美しい。無駄な動きがない。
素晴らしい!
しかし彼女を傷つけるなんてとんでもない!
考えただけで吐き気がする。
私はさっさと降参することにした。
彼女と戦うよりも、その時間でお茶でもして彼女の笑顔が見たかった。
その後、カメリアという男爵令嬢が、アグニス公爵家にやってきた。
アーロンとカメリア、カエルム殿下とフローラ嬢は、まるで子犬が戯れるように仲良くなった。
私が王太子候補になってから、周りの態度が変わってしまう。
アーロンの元側近や元学友達も、私の元にやってきた。
さらに王子妃を狙う貴族令嬢達が押しかけてくる。
ウンザリしてしまうが、これも王族の務めだ。
隣国で学んだ風魔法による情報収集、王家の影を動員、そうやって擦り寄ってくる連中を調べていく。
アーロンはまだ幼い。
恋愛と王族としての契約結婚の区別がつかないのだろう。
私がしっかりと調べて、未来のアーロン王を支えてくれる人材を選んでおこう。
……貼り付けた笑顔の裏で、精神が疲弊していく。
ああ。ローズマリー嬢に会いたい。
彼女に癒されたいよ。
そうやって月日が流れていく。
アーロン達は優秀な成績で王立魔法学園へ入学した。
彼らを見守るローズマリー嬢と私は、親しく話をする仲になっていた。
悲劇は突然起こった。
王立魔法学園に魔王が現れたのだ。
アーロン達も戦って大怪我を負い、ローズマリー嬢が自爆魔法で魔王を倒したと報告がきた。
…… ローズマリー嬢の遺体を見た時、心臓が止まるかと思った。
彼女の笑顔を見ることは、もうないのだ。
彼女が私の名前を呼ぶことも……。
呆れられたり、ふざけ合い手が触れてときめくことも、もうない……。
涙が止めどめなく流れる。
体に力が入らずに座り込んでしまった。
ずっと自分の気持ちを誤魔化してきた。
……もう無理だった。
彼女を愛している。
……こうなる前に気持ちを伝えておけばよかった。
どうして彼女が亡くなってしまう前に、自分の気持ちを認めなかったんだろう。
後悔してももう遅い。
気が狂いそうだ。苦しい……。
…………いやまだ可能性は残されている。
王家には『時戻しの秘宝』がある。
長らく使われなかった上に、膨大な魔力が必要なのだ。
本当に使えるかどうかも分かっていない。
それでも私はローズマリーにまた会える可能性に賭けたかった。
兄上達に申請して、秘宝を使えることになった。
一度目は失敗した。
過去に戻ることはできても、未来からきた話を周りに信じてもらえずに時間が過ぎてしまった。
救助の用意をして駆けつける時間がかかりすぎたのだ。
駆けつけた時は手遅れだった。
二度めはもっと早い時間に巻き戻る。
秘宝の魔力が足りなくなったが、アグニス公爵が協力してくれて補充してくれた。
彼の魔力量の多さには驚くばかりだ。
彼も瀕死のフローラ嬢や亡くなったローズマリーを助けたいと言ってくれた。
救助が成功するまで、何度も公爵と協力して挑戦し続けた。
何度も繰り返して、やっと間に合った。
ローズマリー嬢を助けられて、本当によかった。
ローズマリー嬢が回復に向かったと聞くと、私はアグニス公爵に面談を申し込んだ。
彼女をもう失いたくはない。
正式にお付き合いをして、私も愛されたい。
アグニス公爵家の応接間に案内されると、公爵に単刀直入に申し込んだ。
「ローズマリー嬢と結婚したいのです。彼女をアグニス公爵家の養女にしてほしい。私で支払えるものなら何でも支払います」
アグニス公爵は目を瞑り、少しの間考え込んでいた。
「そうか。おまえもか。ローズマリー嬢を幸せにしてくれ。それが対価だ」
子どもの頃彼に遊んでもらっていた時のように、アグニス公爵は微笑んだ。
実は夫人とフローラ嬢も、ローズマリーを家族に迎えたいと言い出したらしい。
公爵も彼女を養女にしようと考えていたそうだ。
「ローズマリー嬢に話してみるが、了承するかは彼女次第だ」
「はい。分かっています」
「……彼女には秘密がある。あまりにも優秀すぎる」
「はい」
「だが、秘密を打ち明けることを強要すれば、彼女は傷ついて心を閉ざしてしまうかもしれない。近くで見守っていくつもりだ。リヒト殿下も彼女に無理強いをしないでほしい」
「分かりました。もう父親の気分ですか?」
「そうだね。長年家族の問題に気づかなかった情けない父親の気分だね」
美貌の公爵は眉を下げて笑う。
その表情を見て、私は嬉しくなった。
彼なら身分も学歴もない彼女をちゃんと守ってくれると思えた。
彼女のデビュタントのパーティーで、私は彼女にプロポーズを申し込んだ。
「ローズマリー。君ほど美しくて気高く優秀な貴婦人を私は知らない。どうか私と結婚してください。君が頷いてくれるまで、私は求婚し続けると神に誓う」
「私でよければ……よろしくお願いします」
彼女は受け入れてくれた。
私は両手を広げて彼女を抱きしめる。
私ほど幸せな男はいないだろう。
喜びで震えてしまう。
彼女にばれないようにしなくては。彼女の前ではカッコいい男でいたい。
まあ、根回しは完全にすませておいたから、彼女は私から逃げられはしないのだが。
アーロンが私を見つめる顔が、少しひきつっている。
まだまだ未熟だな。
王族たるもの、感情が表情にでては駄目だろう。
私はこれまで彼女に甘えられなかった想いもこめて、彼女に婚約者の在り方を丁寧に教える。
出会った時は抱きしめてキスをすること。
私が肩を抱けば、必ず体を寄せてくること。
私の膝に乗ることを拒絶しない等を、事細かに婚約者の仕事として教えた。
ローズマリーは真っ赤になりながらも一生懸命私にそうしてくれた。
彼女の純真無垢な部分につけ込んでいる気もするが。
私は長年おあずけされた犬状態だったのだ。
かつて乳母は、『リヒト様。いつかきっと貴方が信じられる方に出会えます。だから、それまでどうか生き抜いてください』と言った。
……私は思う。
ローズマリーになら、たとえ裏切られても許してしまうだろうと。
まあ、そうされる前に手は打っておくけれどね。
彼女が私を裏切らないですむように。
積年の想いを満たすように、私はローズマリーを甘やかして抱きしめキスをする。
真面目な彼女が、過剰なスキンシップをされていると気づくその日まで、私の愛を受け止めさせている。
気づくまでに、私なしでは生きられないようにしてあげよう。
王族には恋愛結婚は難しい。
けれど、私は最愛の女性を手に入れた。
この上なく幸せな男になれたのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!