第80話
「お待たせしました!」
元気な看板娘に運ばれてきたのは、ごぼうチップスと冷や汁だ。
「父の自信作、お口にあったら嬉しいです」
まずはふたりとも、揚げたてのごぼうに手を伸ばす。
「うん」
「美味しい」
大きめのささがきにしたごぼうをカリッと揚げてある。味付けは潔く塩のみ、だがそれが良い。
素材の香ばしさがよく引き立つ。
そして冷や汁。
ひとくちすすると、出汁の香りが鼻にぬけた。
透明度の高い汁に、じゅんさいと、葛打ちした鶏ハムが泳いでいる。
三つ葉の香りも爽やかだ。
キョーコは思わず目を閉じて、つるんとした喉越しの余韻をかみしめた。
「あ、うまっ。食欲落ちがちな夏でも、これなら食べられるね」
透也もお気に召したようで、何より。
「先人の知恵だよねぇ」
季節を楽しみ、乗り越える術。
顔も知らない人々の工夫が、いまの自分たちの営みを作ってきたのだなと、しみじみ思う。
パリパリ、つるん。
まるで正反対の食感のせいで、交互に手と口が止まらない。
困ったものだ。
そんなふうにまったりとした時間を過ごしていたら、聞き覚えのある音が耳に届いた。
ひゅるるるる
「あ」
ドォ────ン……
音に釣られて見上げた空に、光が散らばる。
「花火大会、始まったね」
「もうそんな時間? やべ、特等席じゃん」
と、透也が嬉しそうに笑う。
たしかに、遮るものも多くなく、すっきりきれいによく見えた。
「神戸より、高い建物が少ないからね。とくにこのへんは。空が広いでしょ」
「ああ、ほんとだ」
今気づいたというふうに、きょろきょろと空を見回す透也。
「キョーコちゃんしか見てなかったから、気づかなかった。ありがとう、教えてくれて」
またそんなことを軽々しく。
「だから何を真面目な顔でふざけたことを」
早口のツッコミは、大真面目な透也によって、被せ気味にぶった斬られた。
「ふざけてないよ、たぶん」
「たぶんって言っちゃってるじゃない」
うーん、と考える仕草をして、透也は首を傾げた。
「キョーコちゃんってさ、俺の顔好きでしょ?」
「何、急に」
「好きでしょ」
「嫌いではないけれど」
もにょもにょと言葉尻をごまかす。
そんな事、正直に言えたものか。
たとえ、バレバレの事実なのだとしても。
この世に、この瞬間に、この空に、打ち上がる花火があってよかった。
透也から目を逸らす、これ以上ない言い訳になる。
「もっと一緒にいたら、中身も好きになるよ」
もうとっくになっているかもしれない。
言わないけど。
「新しい恋は怖い?」
キョーコが返答に困って花火から目を離せずにいると、透也はひとり言葉を続けた。
「ばかみたいにひとりで気を回して空回りするとこも愛しいけどさ、ちょっと嫌い」
ちくり。
彼の一言で想像以上に心が波打つことが、もう逃げられない真実だ。
「なんでも受け止められるよ、俺は」
そう言って、キョーコの顔を下から覗き込むような仕草をする。
「信じてよ」
「……梨花ちゃんに聞いたの?」
何のことを言っているのか、想像はつく。
以前、梨花に話した、元カレの話。
キョーコと付き合ってから、大事な場面での失敗が続いた話。
ん? という顔で、透也は首を振った。
「いんや、ソースはご先祖さまって言うか、守護霊」
「はぃい?」
今度はキョーコの顔にハテナが散らばる番だ。
「言ってるよ。見えないけど、声だけ。たぶんそのあたり」
そんな、当たり前のようにキョーコの肩のあたりを見ないでほしい。
「あっ、引いてる顔!」
「そりゃあね……」
最終的に壺でも売りつけられるんじゃないかと、思い始めた。少しだけ。
「んーとね、ほら、俺の足をひっぱりたくないとかさ」
でもその話は的を射ていて、もう少し聞いてみようという気になった。
何より、仙道がそういう副業をしている事を、キョーコは知っている。
その友人である透也の家の事も、少しばかりは聞いていた。
その事について、本人とじっくり話したことがなかっただけで。
「過去の彼たちだってさ、誰かキョーコちゃんのせいだって言ったの、それ」
「いや、それは」
「キョーコちゃんが勝手に思ってるだけでしょ」
「うぐ」
「キョーコちゃんと付き合えて舞い上がったからって、自分のことを疎かにしたのは相手であって、キョーコちゃんには関係ない」
「でも……」
「俺はね、キョーコちゃんがいてもいなくても、ベースの日常は変わらないの、究極は。俺は俺だから。ただ、心の中が寂しいだけ」
そんなふうに言われたのは初めてだった。
キョーコはやっと、透也の顔を見た。
その表情があまりに優しくて、少し目の奥が熱くなる。
「俺の人生の中にキョーコちゃんがいたほうが楽しいし、ラッキーだよ。ただそれだけ。俺の日常は変わらない」
何でもない事なのだと、透也は言う。
決してキョーコに責任を感じさせない優しさだ。
「だから気負わないでよ。一緒にいさせてよ。楽しいときも、そうじゃないときもさ」
「……前向きに考えとく」
「やった!」
ガッツポーズをする透也に、キョーコはつい、つっけんどんな言葉を投げてしまう。
「なんでそんな嬉しそうなの」
こんな可愛げのないセリフしか出てこない自分が、もどかしくもあるのに。
「うんとね、想像してみて。もうさ、惜しいでしょ、俺から離れるとか。想像つかないでしょ、俺がいない世界なんて。そういう顔してる」
ああ、敵わない。
キョーコより、ずっと大人で、何枚も上手だ。
だからこそ、腹が立つ。
「ずるいよね」
ふう、と息をついて、キョーコはお冷やを一気に飲んだ。
「手のひらで転がされてる気分」
キョーコのクレームに、きゃはは、と、子供のように高い声で笑う透也。
本当に、これがステージの上でカッコつけてる彼と同一人物なのだろうか。
「お互いさまだよ、俺だって今ほんとは犬みたいに尻尾ふってるもん。真顔であんた私の人生にいらないわって言われたらどうしようかと内心」
「あのねぇ、言ってることが違うじゃない。私がいてもいなくても変わらないんでしょ」
「そこはほら、ほんねとたてまえってやつでしょ」
「何なの……詐欺師なの……?」
「どれも本当の気持ちだよ」
「じつは全部がポーカーフェイスなんじゃないかと思うわ」
「それはね。ある程度はね。ほら、職業表現者ですから。プロだもん」
キョーコの尖らした口の前に、透也がごぼうチップスをひらひらと動かした。
もう、ヤケだ。
そのままぱくりと食べてやった。
ああ、だからさ、何でそんなに幸せそうなの。
嬉しそうに笑ったかと思うと、すうっと男の人の表情になる。
花火を見たいのに、透也から目が離せなくて困る。
「でもさ、その程度できなきゃ、キョーコちゃんにつりあわない」
そう言って、キョーコの手をすっと取った。
「俺は釣り合うの。だから大丈夫」
優しくすくいあげられた手を、キョーコも引きはしない。
「梅ゼリーお待たせしましたぁ」
「あっ、ありがとうございます」
────人が来たら話は別だ。
あっさり透也の手をふりきって、キョーコは膝の上に手をしまった。
「あっ、ごめんなさい、お邪魔しました?」
「ぜっ、全然!」
むしろそこを突っ込まないでほしい。
そんなキョーコとは正反対に、透也は人懐っこい笑顔をお姉さんに向けている。
「聞いてください、やっと長年の僕の想いが通じたんです」
何で自ら水を向けるのこの人? 正気?
「まぁ! それはおめでとうございます。あとでプチケーキのサービスを持ってきますね」
待って、お姉さんもノリが良すぎる。
やっぱり振り回されているのは私のほうだ。
まったく、もう。
この先待ち受けるアレコレを想像したら、なんだか────
「飽きはしない、かな」
「ん?」
ひとりごとすら拾おうとする透也に、キョーコは怒った子供みたいに舌を出した。
「何でもない、ご先祖さまに聞いて!」
第80話までやってまいりました。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
また、気まぐれ更新にも関わらず、続けて読んでくださっている方へ。本当に感謝です。
1章が10話刻みと決めているので、今回は少し文字数多めで、区切りの良いところまで書かせていただきました。
キリが良いというと、10章100話くらいで完結もアリかなぁと、ラストの事もぼんやり考え始めました。
まだ未定ではありますが。
最後まで頑張ります!
よければ、応援いただけるととっても喜びます♪
どうぞ、よろしくお願いいたします♪
あっ、タイトルの夏柳=花火のしだれ柳の意味でつけました。いちばん好きな花火です。
それではまた!




