第77話
「キョーコさん、似合う〜〜!」
膝立ちでキョーコの帯をしめた。
着付けを終えて、梨花はそのまま膝歩きで、キョーコの正面にまわる。
称賛しながら見上げた先の、少し恥ずかしそうな表情がいつものキョーコと違っていて、梨花はなんだかきゅんとしてしまった。
コンコン
「入って大丈夫です?」
五味の声かけに、キョーコが「どうぞ」と答える。
ひょこりと顔を出した五味が、満足げに頷いた。
「うん、やっぱり似合う。キョーコさんは背が高いから、着こなせると思って」
強い同意をこめて、梨花はコクコクと頷く。
濃紺の生地にこぼれるジャスミンの花。
白や寒色の、どこかレトロな大小の水玉。
帯は空色と白の生地をベースに、ところどころが淡い黄色のレース柄になっていた。
「これ織柄? 生地自体の模様ですよね? すごい」
まじまじと見ながら言った梨花の質問に、待ってましたとばかりに五味が胸を張った。
「レースの形に染め分けてみたの。イイでしょ」
「え?! 五味さん自ら?!」
「と、言いたいところなんだけど、実際は職人志望の友人に手伝ってもらってね。ふたりであーでもないこーでもないで頑張ったっすよー」
「すごいです」
「本当に綺麗。五味っちすごい」
「ふっふっ。これでも服飾アーティスト志望なもので」
「ありがとう」
「こちらこそ、良い勉強になりました」
(浴衣の青と、透也くんの髪色は相性が良さそう)
ふいにそんな事を考えてしまったら、とたんに顔が熱くなって、キョーコはてのひらで首をあおいだ。
「あ、暑いです? タオル入れすぎたかな……キョーコさん、腰細いから」
「いやっ、大丈夫! 完璧! 梨花ちゃんもありがとう!」
「楽しみですね、本番」
「────うん」
「キョーコさん、かわいい!」
「ほんとそれっす」
「……ありがとう、ふたりとも」
◇
まだ空は明るいけれど、駅前は普段とは違う人の多さだ。
植え込みに浅く腰掛けて、キョーコはスマホの画面を確認した。
約束の時間まで、あと15分。
慣れない下駄を計算に入れて、早く出過ぎてしまった。
「お姉さん、ひとり?」
「────待ち合わせです」
何回目かのやりとりに、げんなりしながら、人除けのためにイヤホンを取り出す。
透也の曲を聞くか迷って、やめた。
スマホの曲目リストをサクサクとスクロールする。
うん、最近流行りの曲にしよう。
彼の声を聴きながら彼を待つなんて、まだハードルが高すぎる。
────ああ、透也のことを考えたら急に緊張してきた。
そんなキョーコの内心などお構いなしに、強メンタルの若者が、隣に座って話しかけてくる。
「ね、待ち合わせの相手ってさ、友達? 彼氏?」
「────」
もう答えるのも面倒だ。貝になろう。
しかし敵もめげない。
ブリーチで痛んだ髪をいじりながら、じりじりと距離を詰めてくる。
近い。
「俺お姉さんめっちゃタイプなんだけど。彼氏と別れる予定ない?」
「ないよ」
そう答えたのは、キョーコではなかった。
「透也さ────……くん」
白シャツに黒のスキニー。
シンプルな服装が、かえってスタイルの良さを目立たせていた。
線の細いものばかりだけれど、重ね付けしたアクセサリーが、首元や手首に光る。
長い指で、サングラスを外す。
にこやかな口元なのに、あらわれた目は笑っていない。
────総じて迫力のある登場であった。
「うぉっ! マジもんのイケメンじゃん、やばっ」
若者は俊敏に腰をあげて、いそいそと歩き出した。
「お兄さんが相手じゃね! 俺も引き下がるわ! お幸せにねっ」
そういうか早いか、グーサインをして逃げるように去っていった。
「いやどんな立場……」
思わずこぼれたキョーコのツッコミは、足の速い若者には届いていない。
そもそも。
透也の言葉の意味を考えて、ぐるぐると感情がうずまき、忙しい。
「お待たせ。ごめんね、一本乗り遅れちゃった」
そう言って、躊躇もなくキョーコの手を取って立ち上がらせる。
なんだか顔を直視するのが気恥ずかしくて、透也の耳の辺りに視線を合わせた。
「あ、そのカフ持ってる」
最近流行っているブランドの、ユニセックスデザインのもの。
普段キョーコが買わないブランドだったのだけれど、たまたま友人の付き添いで店に入って一目惚れした。
見ず知らずの若者を追い払った目力はどこへやら、透也が目を細くしてくしゃりと笑った。
「まじ? 運命じゃん、結婚しよっか」
「バカじゃん、ばーか!」
だめだ、語彙が幼稚園まで後退してしまった。
からかわないでほしい。
いや、からかっているわけじゃないのだ、だからこそタチが悪い。
そうだ、こういう男だ。
どこまでも、キョーコの調子を狂わせてくる。
つい拗ねた子供のように背を向けてしまったけれど、透也はきっとあの優しい眼差しでキョーコのことを見ているだろう。
(髪型、アップにしたのは失敗だったな)
キョーコよりも、透也のほうが背が高い。
照れて赤くなった首筋を、見られたくなどなかったのに。
◇