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○○は不思議なアパートにやってきたようです その5

 ____助けると言ってもな……。

 今さっきまで張り切っていた俺だが、さすがにこの状況をなんとかできる力を持っていないことに気づいた。

 ミノリ(吸血鬼)の周囲は台風並みの風が吹いていて正直近づけないし、声をかけようにも今のミノリに俺の声が届くかどうか分からない。

 うーん、困ったな……。俺が目を閉じた状態でそんなことを考えていると俺の背中に触れている小さな手の一部……つまり、人差し指が何かを伝えるようと俺の背中をトントンと軽くたたいた。


「ん? どうしたんだ? シオリ」


 俺はそのままの体勢で応答した。


「ナオ兄、私にいい考えがあるよ」


「何? それは本当か!」


「うん、本当だよ。けど、その代わり、ナオ兄は覚悟しないといけないよ」


「覚悟?」


 こんな時に覚悟しなければならないことって、いったい何なのだろう……。


「ヒントは、さっきのつぼが『ここにある』……っていうことだよ」


 シオリは、左手の手の平に乗せた『つぼ』を俺に見せながら、そう言った。

 先ほどの『覚悟』という言葉に、これが関わっているとなると……。


「この中に今の俺に必要な()()()が入っていて、それを得るには、それなりの『覚悟』がいる……ってことか?」


「ピンポーン! だいせいかーい! ということで、開けていいよ」


「え? もう開けていいのか?」


「うん、いいよ。でも……」


「でも?」


「力に支配されないでね? 約束だよ、絶対守ってね! じゃないと私は……」


 背後にいるシオリの不安を感じた俺は『つぼ』を受け取った後、それを床に置き、俺に触れている小さな右手を俺の心臓のある方に移動させると、彼女を抱き寄せた。


「安心しろ、俺は必ず帰ってくる……。俺に生きがいを与えてくれたお前たちを置いてどこかに行く気はこれっぽっちもないし、これからもずっと一緒にいたいと思ってる……。だから、そんな心配はするな。俺は必ず、力を自分のものにして帰ってくる! だから、それまで待っててくれないか?」


 高校を卒業してから、毎日同じことを繰り返してきたせいで生きる目的を忘れかけていた俺に生きがいを与えてくれた『こいつら』を放ってはおけない。

 そんな思いを言葉にするのは少し恥ずかしいと感じたが、今だからこそ言えたことだった。

 そんな俺の言葉を聞きながら、小刻みに体を震わせていたシオリは、俺の心臓の音を聞くうちに徐々に心を落ち着かせていった。


「ナオ兄の心臓の音……なんか可愛いね」


「か、可愛い? 俺の心臓の音がか?」


「うん、まるで誰かが太鼓を叩いてるような音だったよ」


「そうか……。まあ『命』という字は、『“人”は“一”度は“叩”かれる』って書くから、あながち間違ってはないな」


 それを聞いたシオリは、キョトンとした顔で「どういう意味?」といてきたのでこう答えた。


「まあ、心臓の鼓動こどうの数だけの困難があったとしても、それは自分が生きているあかしだから諦めずに立ち向かえよ! ……ってこと……かな?」


「へえ、そうなんだ。じゃあ、私たちは今、その困難の一つに立ち向かってるんだね?」


「ああ、そうだな。そんじゃあ、まずは目の前のことから片付けるか。ということでシオリ、よろしく頼むぞ」


「うん、分かった」


 シオリはそう言うと左手でふたを開けて、俺につぼを差し出した。

 俺はそれを受け取ると、こう言った。


「みんな聞いてくれ! 俺はこの中にある力を必ず自分のものにして帰ってくる! 今の俺にそれができるかは、分からない。けど! ミノリ(あいつ)が元に戻る可能性が少しでも上がるのなら俺は絶対に躊躇ためらわない! だから、少しだけ待っててくれないか?」


 うずの向こうにいるミノリに聞こえなくてもいい。

 だが、せめてここにいる子たちには俺の『覚悟』を知ってもらいたい。俺は、そんな思いを言葉にした。

 みんなは、コクリとうなずくと微笑ほほえみを浮かべた。


「ナ、ナオトさんなら、きっと大丈夫です!」


「うん、私もそう思う!」


「まったく。兄さんらしいですね」


「ええ、本当に困ったマスターです」


「……み、みんな」


 みんな分かっていた。

 俺がミノリ(あいつ)を助けるためなら、どんなことでもするということを……。

 そして、俺も分かっていた。みんなが俺の言葉を信じてくれることを……。

 まったく、俺はいつのまに、こんなやつになったんだ?

 昔の俺なら……いや、今はそれよりも、みんなの期待にこたえることが先決せんけつだ。

 そう考えた俺は、みんなにこう言った。


「それじゃあ、行ってくる」


「い、いってらっしゃい! ナオトさん!」


「ナオ兄! ファイト!」


「兄さん! 気をつけてくださいよ!」


「マスター、いってらっしゃいませ」


「ああ、それじゃあ、いってくる」


 そんな感じで、俺は右手を『例のつぼ』の中に入れた。

 すると俺の体はまるでつぼの中に封印されるかのように、あっという間に吸い込まれてしまった。(もう少し丁重ていちょうあつかってほしかった)

 吸い込まれる直前、ミノリがこちらを見ているような気がしたのだが、気のせいだろうか……?

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