十六話
「仕方のない私の妃だ。
涙をこぼして良いのは私と二人の時だけだと約束をしたのに
破ってしまってお仕置きだな」
セシルの旋毛に唇を優しく落とす。
「それにクロニクルがどんな人間か、セシルも知ってるはず
あれだけの大喧嘩を繰り広げたのだから」
「・・・腹黒、だけど誰にでも優しくていつも気にかけてくれる」
「ならば、クロニクルは貴族的な考えの持ち主か?」
セシルが首を振る。
「貴族だけど、ちゃんと人として身分の隔たりなく接してると、思う
大貴族の当主だってことも鼻にかけてない。
一度だって下の者達を差別し、暴力は奮わなかった
でも、なんか悔しい」
顔を上げ、涙を浮かべたままセシルは良い募る。
「セシルはハースト達を信頼し大切に思ってるのだな、私が嫉妬してしまうくらい
だが、考えてもくれないか?
クロニクルはこの国を大事にして、この国に生きる全ての命のために常に人を疑って掛かるしかない」
涙を自らの指でふきとりながら、宥めすかす。
「セシル様、私達は気にしておりません。
疑われても、仕方ないと思っております。
この帝国とエネル皇国は敵対関係のある国
その敵対関係のある国の言葉を話せると言われれば、疑って仕舞われるのは致し方ないですわ。」
微笑を浮かべ、シャナはセシルを諭す。
それには頷き返し、レイに
「ごめんなさい。」
潔く謝る。
「皇妃様にとってお二人方は大切な侍女、いや友人でしたね。
こちらこそ、申し訳ありませんでした。
気分を害してしまいましたね。二人にも謝ります。
申し訳なかったです。」
レイもセシルに頭を下げ、そしてミーシャとシャナにも頭を下げた。
それには私は困ったように宰相閣下を見る。
「分かりましたから頭を下げないでください。
それで私は何を協力すればよろしいのですか?」
忘れかけたが、宰相閣下がここにやって来た理由はそれの筈である。
「そうでしたね。
ハースト侍女長、私と共に来ていただき、イスダラス子爵を追い詰めてませんか?」
この人はなにを言ってるのだろう。
ちょっと聞き間違ったのかしら?
馬車に揺られ、落ちつかなげに窓の外をみる。
安請け合いはしちゃいけないわ。
現在のミーシャは光沢のある黒のドレスを着てベールを被っている。
一見は若い未亡人風
「顔を隠すためとはいえ、こんな騙すような」
「貴女がこの先穏やかな生活をして行くため必要な事です。
顔を晒さないようにするにはこれしかありません。
さぁ、機嫌を治して
まもなく敵地に入りますよ。」
向かい側に座る宰相閣下の大胆さにただただ驚くばかりである。
でも、あの時言われた瞬間は忘れないであろう。
「一緒に行く、ですか?」
呆然と尋ね返せば、宰相閣下は頷く。
「なにを言ってるのですか?ミーシャは嫁入り前の」
「私はそんなに信用ないですか?
私は清廉潔白な身ですよ」
セシル様が真っ赤になりながら宰相閣下を睨む。
身の危険があるんですね。でも私のような者を果たして子爵がどうこうするようには思えませんし、自分の身は守れるよう多少の武芸をたしなんでおります
しかし、宰相閣下は困ったように私を見るばかり
どうして尋ねたセシル様ではなく私を見て問われるのでしょうか?
まだ二回しかお会いしたことがないのに信用出来るか出来ないか判断が付きかねますわ
悪い方ではないのは分かりますが
「何を仕掛けるつもりだ。」
「相手がこちらの作戦に気付き始めたので、一気に片を着けようかと思いましてね。」
ユーリの指摘にレイは不敵な笑みで答えた。
「ハースト侍女長、私がついてますよ。
これでも対人戦の経験も積んでいます」
「分かっております、宰相様がお強い方だと
それに一度受けたことですから逃げたりいたしません。
馬車の扉が開いた時から私は、宰相様の遠縁に当たる未亡人『アリー』
夫を亡くしたばかりで、気を落ちした私を療養させるためにこの地にやって来た。
でよろしいのですよね。」
ベール越しに真っ直ぐに見据えれば宰相閣下が満面の笑みで頷く。