十七話
初めて真正面からみる子爵は表向きは快く自分達を迎え入れてくれた。
「宰相閣下、それにアリー様、よくいらしてくださいました。
この地を治めるイスダラス子爵、ハルバートと申します。」
「突然の訪問を失礼します。
イスダラス子爵、この地に珍しい湯が湧く場所があると噂を聞きまして
こちらにいらっしゃる夫人が癒されるのではないかと、思いましてねやってきたのですが
少し長居してしまい、王都に帰ることができなくなったのです。
申し訳ないが一晩滞在させていただきたい」
和やかな会話に控えめにミーシャは貴婦人の礼で子爵と挨拶をする。
「初めてお目にかかりますわ。
アリーと申します。
押し掛けてきてしまい大変申し訳ありませんわ。
宰相様、申し訳ありませんわ。
私に付き合わせてしまった挙げ句、王都にお返し出来ないなんて」
「仕方なかったのです。
それに貴女のせいではありません」
すると二人の会話を聞いていた子爵は邪気のない笑みでミーシャの手にキスを落とす。
「こちらへ
良いおもてなしも出来ないが」
屋敷に案内する子爵にレイの後ろに付き従い、入っていく。
「こちらでございます。
ご夕食時に案内にまいりますので、それまでごゆるりとなさいませ」
ここまで案内をしてきたメイドに小さく頷き、窓辺に寄る。
とりあえず、屋敷に入ったがどう記憶していけばよいのだろうか
徹底的に追い詰められるほどの証拠はすでに集め済みなので
逃げられるのを阻止するため潜入したが
二の句がつけない新しい証拠があればなお良いと言う事らしい。
またまだ余罪があるはずだと言うが
ならばなぜ、専門の情報屋に頼らない。
記憶力がいいだけで武術に優れてる訳ではない。
やはりまだ私を疑っているのか
「何故、平凡に暮らしたいだけだったのに
私から何故奪い取るの?」
蹲り、嘆く姿は本当に夫を亡くした妻のようで
ミーシャがこの部屋に入ってきた時から監視していた男がさめた瞳で頷く。
この女はどうやら本当に夫を亡くしたばかりの未亡人、だと結論付けてしまうほど
ミーシャの嘆きは真実めいて見えたらしい
だから早々に監視者は引き、侍女として共に来たシャナが入って来る頃には誰もミーシャを警戒していなかったのだ。
不幸中の幸いと言うべきか
「『アリー』様、お支度を手伝いますわ。」
素早くシャナは部屋を監視する者がないか気配を探り、ミーシャを着替えさせていく。
「現在はここに誰もいらっしゃらないようです。
監視が付くと覚悟したんですが、おかしいですね」
小声で囁きながらも手は止まる事はない。
「顔を隠して見せないんでしたね。
こちらのベールをした方がよろしいんですよね。」
「ええ、お願いしますわ」
この帝国は独特の文化があり
その一つに伴侶を亡くした女は最低一年間喪に服し、その時は顔を隠さなければいけない、というものだ。
これは亡くした伴侶に殉じると言う意志表示である。
「『アリー』様、長旅でお疲れでございましょう?
横になられますか?」
その誘惑に引かれるがいつなにが起こるか分からない。
対応するためにも休む訳にはいかない。
「いいわ。それよりお茶をいれてくれないかしら
?」
「・・・・・すぐに」
毒味をしていくシャナに笑いが込み上げてくる。
「なんでしょう?」
「いえ、なんでも」
あわてて首を振るが不審げに見つめてくる。
昔に戻ったようで可笑しかったからだ。
他に他意はない
だがまだ不審げに見るシャナにベール越しを良いことに
「早くしないと味が飛んでしまうわよ?」
お湯を注いでいるポットを指差せば、珍しく慌てた様子でカップに注いでいる。
「落ち着いてね」
からかうようにすまして椅子に座る。
緊張がどこかに飛んでいき、嘆くほどの憤りは姿を消していた。
「私が出来るだけ頑張りましょう。」
軽くなった気持ちがこぼれた。




