第28話 モブキャラ
東方の要衝アルザードへと続く一本の街道。
爽やかな秋風が吹き抜ける中、冒険者ロッシュは一人寂しく徒歩で道を進んでいた。
彼が現在遂行しているのは、冒険者ギルドで受注した『各共存領地への定期書簡届け』というクエストである。
「書簡届けってさぁ……魔物もめったに襲ってこない平和な今となっては、ただの『配達屋』じゃん……」
ロッシュは背負い袋を担ぎ直し、ぽつりと溜め息をついた。
魔王アストラゼノスの意向により、現在アルザード城、ヴェルダン城、シルヴァ村(のちの黄金の森の村)、説してグラニート山の街の周辺地域は、人間と魔族が穏やかに共存する平和な領地へと変貌を遂げている。
時折はびこる山賊や盗賊の類も、上級冒険者であるラージたち有志の精力的な治安維持活動によって、めっきり数を減らしていた。
おかげで街道の安全性は飛躍的に向上したものの、冒険者としてのスリリングな討伐クエストは激減し、ロッシュに回ってくるのはこういった地味な裏方作業ばかりなのだった。
「まあ、平和なのは良いことだけどさ……」
つぶやきながら、ロッシュは最初の目的地であるアルザード城へと足を踏み入れた。
◆
アルザード城、玉座の間。
「領主様、ギルドからの定期書簡をお届けに参りました」
恭しく礼を執るロッシュに、玉座に腰掛けた領主は鷹揚に頷いた。
「うむ、ご苦労……えーっと、君は……」
「ロッシュです」
「……ロッシュ? どこかで一度、お会いしたことがあっただろうか?」
「へ? あ、いや……! 前に魔獣王レガリアをこの城に連れてきて、餌や共存の提案をしたじゃないですかっ!」
「そ、そうだったか……? いや待てよ、あの時わしと直接交渉したのは、確か勇猛な戦士のラージ殿だったような……」
「い、いましたよ俺! ちゃんと横にいましたって!」
「そ、そうだったな。思い出したぞ、ラージ殿の隣に佇んでいた――」
「魔獣王の隣ですっ!!」
必死の弁明も虚しく、領主の記憶の中では完全にラージの影に隠れて消え去っていた。
◆
気を取り直し、続いて訪れたのは港町を擁するヴェルダン城。
「書簡をお届けに参りました、セリア女王」
「あら、ありがとうございます。……えーと、あなたは……」
「ロッシュですよ、セリア女王」
「えっ……一度お会いしましたかしら?」
「え?」
「え?」
「い、いやいや! 死神ネクロアと海王ラクリマと一緒に居ましたよっ! 港で!」
「あ……! ごめんなさい、思い出しましたわ!」
セリア女王はポンと手を叩き、申し訳なさそうに微笑んだ。
「私、昔から記憶力だけは良い方なんですけれど、うっかりド忘れしてしまって……ごめんなさいね!」
「あ、あはは……まあ、忙しい時期でしたからね……」
「ふふ、もう絶対に忘れないわ! しっかり覚えたからね、ラージ様!」
「(……名前すら違ってる……)」
ロッシュは遠い目をしてそっと視線を逸らした。
◆
次に向かったのは、緑豊かなシルヴァ村。
「族長、ギルドからの書簡です」
「おお、すまんなぁ……えーと……」
「……ロッシュです」
「お? おお! ロッシュ殿か! 書簡をありがとう!」
「……覚えてますか? 俺のこと」
「も、も、も、もちろんですよ! 忘れるはずがございません! あの偉大なる魔王様の隣に立っておられたお方ですな!」
「(……魔王様の隣にいたのは覚えてるのに、俺の顔や名前は完全に忘れ去られてる……)」
◆
最後にやってきたのは、絶賛開拓中のグラニート山の街。
ここはまだ発展途上の段階であるため正式な領主はおらず、ロッシュは現場を取り仕切るリーダー格の男に書簡を手渡した。
「書簡、ありがとう。君はここへ来るのは初めてかい? 景色も風情も良い街だからな、ゆっくりしていくといい」
「……アリガトウゴザイマス……」
かつて物見櫓で銅鑼を鳴らし、テンペスタとともにこの山賊砦を制圧した張本人であるロッシュだったが、もはや反論する気力すら残っていなかった。
世間では『神域の影の軍師』だの『魔王の伴侶』だの恐ろしい噂が独り歩きしているというのに(ロッシュ本人はそんな噂が流れていることなど知る由もないが)、関わった当事者たちの誰一人として自分の顔すら覚えてくれていないという現実に、モブ冒険者ロッシュの心は深く傷つくのだった。




