第27話 魔神の策と勇者の思惑(その2)
翌日、北の勇者一行は『風の渓谷』へと足を踏み入れていた。
谷間を吹き抜ける風はあまりにも強烈で、賢者が展開する防御魔法の結界を以てしても、一歩また一歩と足を踏み出すのがやっとという過酷さであった。
「ぐっ……! これだけ風がキツけりゃ、魔神とやらが眠ってるってのも頷けるぜ……!」
ごうごうと嵐のように鳴り響く風音に負けじと、戦士が大声を張り上げる。
「ちょっと、まだ着かないの!? だいぶ歩いてるんだけど! 足、痛いんですけど!」
荒れ狂う風に髪を振り乱しながら、僧侶が不満を爆発させる。
そんな二人を余所に、勇者は胸中で響く『声』に耳を傾けていた。
『もうすぐ着く……この先だ』
「目的地はもうすぐだ! みんな、頑張れ!」
「……」
鼓舞する勇者の後ろ姿を、賢者はいつもの細められた瞳のまま、無言でじっと見つめていた。
やがて岩肌が切り立ち、わずかに視界の拓けた険しい岩場へとたどり着く。
「ここか……」
『久しいな……いや、我らにとってはそうでもないか。風の魔神よ』
突如として岩場を旋風が包み込み、重厚な声が響き渡った。
『その声は……炎の魔神か。お前、なぜこのような場所に……?』
「俺と契約したからだ」
『誰だ、お前は?』
「俺は王国の……いや、この世界の魔族をすべて殲滅し、真の平和を望む勇者だ!」
『……勇者、か』
岩場の中央で空に向かって語り始める勇者の姿に、戦士が呆れたように肩をすくめる。
「また一人で話し始めやがったな……」
「きっと炎の魔神の時みたいに、脳内で話をしてるんじゃない?」
「……」
僧侶の言葉に相槌を打つこともなく、賢者はただ静かにその対話を見守っていた。
『我はこの小僧と契約を結び、器をもらったのだ』
『へぇ……興味深いな』
『風の魔神よ、我に力を貸せ。我ら二人で当たれば、あの氷の魔神を殺り落とせる』
『二人で氷の魔神を、ねぇ……。ふむ、悪くない提案だが……器はどうするつもりだ?』
「ああ……器だな」
勇者は満足げに頷くと、ゆるやかに振り返り、じっとこちらを見つめていた賢者へと視線を向けた。
「賢――」
「――私が、器になりましょう」
「!!」
勇者が言葉を言い切るより早く、賢者は淡々とした声で遮った。
「賢者……」
「勇者……あなたが炎の魔神をその身に宿した時、私の中ですでに覚悟は決まっていました」
「……賢者」
「私の身体が器となり、風の魔神が宿ることでこの世界に平和が訪れるというのなら……喜んで、この身を差し出しましょう」
「え? マジ……!?」
「おい賢者! こんなやり方って……!」
唐突な展開に戦士と僧侶が顔を見合わせ、愕然と声をあげる。しかし、賢者は一歩前へと進み出ると、静かに両腕を広げた。
「さあ……風の魔神よ! 私の器に宿るがよい!」
『くく……心意気や良し。良いだろう、必ずや最善の未来へと連れて行ってやろう』
瞬間、賢者の身体から眩い緑の輝きが解き放たれ、強風の吹きすさぶ岩場全体を包み込んだ。
荒れ狂っていた風がピタリと止み、光がすべて賢者の胸の中へと吸い込まれるように消えていく。
「賢者……これで、これで平和が訪れる! 一緒に頑張ろう!」
「……ええ。そうですね」
光を呑み込んだ賢者はゆっくりとまぶたを開け、どこか深遠な気配を纏いながら穏やかに微笑んだ。
「目標は氷の魔神! 奴を倒し、すべての魔族を殲滅する! この世に真の平和を!!」
夕闇の迫る渓谷で、勇者の高らかな狂気の叫びが空しくこだまするのだった。
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