第4話 魔王様、ここはデートスポットではありませんよ(前半)
ひんやりとした冷気が漂う、薄暗い隠しダンジョン。
本来ならいつ命を落としてもおかしくない危険地帯の中を、二人の人影が歩いていた。
「らん、ららん~♪」
ご機嫌な鼻歌を口ずさみながら、アストラゼノスはロッシュの右腕にしっかりと抱きつき、ぴたりと身体を寄せて歩いている。豊満で柔らかい感触が腕に伝わってくるが、当のロッシュにそんなことを楽しむ余裕は微塵もなかった。
「……たく、警戒を怠るなよ。ここは初心者用ダンジョンの『地下』なんだからな」
ロッシュは砕けた剣の代わりに予備のナイフを構え、いつ罠や魔物が飛び出してきてもいいように油断なく周囲を探っていた。
この周辺の地域は、地上であればせいぜい下級、ごく稀に中級の魔物が出る程度だ。しかし、この隠しダンジョンに足を踏み入れて以降、遭遇するモンスターはどれも異様だった。
――カタカタカタ!
――グオォォォ……!
暗がりから姿を現したのは、凄まじい邪気を放つ『スケルトンナイト』や、肉体が腐敗した巨躯の『ゾンビオーガ』。ここらでは絶対に見かけない中級以上の強力なアンデッドばかりだ。
ロッシュが思わず身構えた、その瞬間――
ピクッ……!
魔物たちはロッシュの隣にいるアストラゼノスの姿(と、そこから漏れ出る全魔物の頂点の気配)を認識した瞬間、恐怖にガタガタと全身を震わせ、一斉にその場に平伏した。ドゲザの姿勢のまま、一歩も動こうとしない。
「……なぁ、ゼノス。君と居ると、俺全然冒険出来ないんだけど……」
「そう? でも私はすっごく楽しいよ?」
「……」
心底幸せそうに微笑むアストラゼノスに、ロッシュは言葉を失って遠い目をした。緊張感もへったくれもない。
しばらく進むと、人の背丈ほどの高い段差に行き着いた。
ロッシュは身軽に下へと飛び降りると、上を見上げて手を差し伸べる。
「よし、段差だ。降りてこれるか?」
「キャッチしてね♡」
「へ?」
言うが早いか、アストラゼノスは可憐な悲鳴を上げながら、わざとらしくロッシュの胸めがけて飛び降りてきた。
「おわっ! ちょ、おまっ……ぶはっ!?」
180cmのグラマラスな美女の体重(+飛び降りた勢い)を真っ向から受け止めたロッシュは、支えきれずにそのまま後ろへと盛大に倒れ込んだ。
「ふふっ、しっかり受け止めてくれたね、ロッシュ♡」
「受け止めたんじゃなくて押し潰されたんだよ! 痛たた……少しは加減しろって……」
胸の上に乗っかったまま微笑むアストラゼノスをなんとか押し退け、ロッシュは着衣の埃を払った。
さらに奥へ進むと、次は高い壁の上に小さなスイッチらしき突起が見えてきた。ロッシュの手では到底届かない位置にある。
「うーん……あのスイッチを押せば扉が開きそうだけど、足場がないな……」
ロッシュが周囲を見回して踏み台になりそうな石を探していると、アストラゼノスがロッシュの肩をポンポンと叩いた。
「ねえねえ、肩車して!私が押してあげるから」
「……は?」
「肩車♡」
「君さぁ! 身長180cmもあるんだから、手を伸ばせば普通に届くでしょ! なんで俺の首と腰を破壊しようとするの!?」
「えー、だって肩車されたいんだもん」
世界最強の魔王からの理不尽すぎるおねだりに、ロッシュは本日何度目になるかわからない盛大な溜め息をつくのだった。




