第19話 山頂の激突と、勇者一行の実力(後半)
「勇者……今回は退こう。相手が悪すぎる」
息を乱す仲間たちを背に、賢者が低く重い声で撤退を進言した。
「あ? なんでだ!」
「奴は魔族ではない……! 『魔神』だ……!」
「魔神?!」
思わぬ単語に勇者が素狂った声を上げる。賢者は目を細めたまま、氷王の圧倒的な威圧感から目を逸らさずに言葉を続けた。
「……ああ。一万年以上続く我が一族の古文書から語り継がれてきた『魔神』……それが奴だ」
「ほぉお~! あの時、やはり人類は絶滅してはいなかったのだな」
賢者の言葉を聞き、氷王はニヤリと可笑しそうに口の端を歪めた。
「い、1万年前!? な、なんだそりゃ??! 一体どういう――」
混乱して叫ぶ戦士の横で、勇者が吐き捨てるように声を張り上げる。
「ケッ! 魔神がどうしたってんだよ! 倒せねぇわけじゃないんだろ?!」
「いや……魔神は魔法を使わず、特殊能力のみで戦う存在だ。普通の魔族であれば、大技を使えば魔力を消費し、やがて枯渇する。だが……その点において魔神は無制限で能力を使い放題なんだ……!」
「そんなっ……!」
賢者の解説に、後ろで控える僧侶の顔がみるみる蒼白になっていく。
「戦いが長引けば長引くほど、こちらが一方的に不利ってワケか……」
「コワッパ、逃げるか? がははは!」
見下すように豪快に笑う氷王に対し、勇者の顔が屈辱で真っ赤に染まった。
「誰が逃げるってええぇぇ!!」
頭に血が上った勇者は、制止の声も聞かずに再び氷王へ向けて猛然と剣の連撃を繰り出した。
――だが、次は甘くなかった。
ドガッ!
「がはっ……!?」
連撃の隙を突かれ、強烈な腹パンチが勇者の腹部を穿つ。さらに間髪入れず、丸太のような拳が顔面を捉え、吹き飛ぶ身体の背中へ凶悪な蹴りが叩き込まれた。
「くそっ……勇者……!」
助けに入ろうと戦士が地面に刺さった大剣を引き抜こうとする。しかし、足元の雪原から突如現れた二体の雪兵が大剣にしがみつき、ビクとも動かない。
吹き飛ぶ勇者へ追撃をかける氷王。勇者は必死に剣を盾にしてガードするが、骨を砕くような打撃の連続に徐々に追い詰められていく。
「勇者!!」
ボロボロになっていく勇者を見かねて、思わず前へ出ようとした僧侶の肩を、賢者が力強く掴んで制した。
「待て! これは罠だ! 見ろ、勇者を攻撃しながら奴の目はこちらに向いている……!」
「ハッ……!」
言われて見れば、氷王は勇者を叩きのめしながらも、チラリと後ろの僧侶の動きを狙うように伺っていた。
バキッ!!
「ぐあぁぁっ!!」
重い衝撃音とともに、勇者の身体が雪原をゴロゴロと転がり、無残に腫れ上がった顔で這いつくばる。
「がははは! バレていたか」
罠が見抜かれたと知っても、氷王は悪びれもせず豪快に笑うだけだった。
「ハァ……ハァ……ま、まだだ……! こ、殺してやる……!」
「フーム……半端者は死に急ぐか。……仕方ない」
荒い息を吐きながら立ち上がろうとする勇者を冷ややかに見下ろし、氷王はトンと後方へ大きく跳んで距離を取った。
「さらばだ、勇者のガキ共!」
氷王が腕を突き上げると同時に――何もなかった上空の空間が歪み、突如として白銀の巨塊……大規模な『雪崩』が出現した。
「……い、いかん! 全員防御を――!」
賢者の叫びも虚しく、山を押し潰すような怒涛の雪崩が勇者一行を飲み込んでいく。
圧倒的な自然の猛威の前に抗う術もなく、四人の姿は一瞬にして白い闇の中へと消え去るのだった。




