第2話 魔王とモブ
数千年の歴史の中で、歴代の猛者や勇者たちすら倒すことができなかった『魔王』という存在。
しかも、歴代魔王の中でも「最強」と呼び声高いのが、現魔王アストラゼノスである。
そんな歴史上の生ける伝説が、なぜかモブ冒険者ロッシュの家の椅子に、実にリラックスした様子で鎮座しているのだ。
「なんでいるんだよ」
「別にいいじゃん、妻なんだし♡」
「いつ結婚したんだよっ!」
「10年以上の付き合いなんだし、結婚しているのも同然よ♡」
「ただの幼なじみっ!」
思わず顔を真っ赤にしながら、全力でツッコミを入れるロッシュ。
「ねえ、今日はどんなクエストしてきたの?」
「別に……普通に薬草採取クエストだよ」
「そうだ! 今度ドラゴンでも呼ぼっか!? それをロッシュが角を切るの!」
「そんな『ヤラセ』はよくないよっ!」
「じゃあ、ネクロアの大鎌を持っていく?」
死神ネクロア。魔王の側近幹部にして、死を司る恐るべき神。
「私が言えばすぐに渡してくれるから、それをギルドに持っていって――」
「却下っ! ネクロアに殺される」
ロッシュが言い捨てた瞬間、部屋の空間がぐにゃりと歪み、漆黒の『ゲート』が現れた。
そこからすっと姿を現したのは、黒いフードを深々とかぶり、目と鼻をドクロのお面で覆った少女――死神ネクロアだった。
「……お呼びでしょうか、魔王様」
「ネクロア、ロッシュに大鎌を渡して」
「いや、いい! いいからっ!」
「……どうぞ」
「ぐえっ!?」
ネクロアは何の躊躇もなく大鎌を差し出し、半ば無理やり手渡されたロッシュは、神の兵装が持つあまりの質量に耐えきれず潰された。
「あははは! 楽しーっ!」
コロコロと楽しそうに笑うアストラゼノス。
「た、助けてっ……!」
「はー、面白……ネクロア」
「……はい」
ネクロアが軽く大鎌を持ち上げると、ロッシュは床の上で死にかけの魚のように跳ね起きた。
「ハァ……ハァ……死ぬかと思った……」
「……ロッシュ様、もう少し筋力をつけた方がよろしいかと」
「どれだけ筋肉をつけても持てる人間はいないよっ!」
「あはは、ほんとロッシュといると楽しいね」
アストラゼノスは満足そうに目を細める。
「ハァ……ったく。そういや、飯は食ったか?」
「食べてないよ! なにか作ってくれるの!?」
「簡単な物しかないけどな。……ネクロアも食ってけよ」
「……有難うございます」
「やったー! 作るの私も手伝うね! ネクロアはお風呂でも沸かしてきて!」
「……承知いたしました」
これがモブ冒険者ロッシュの日常。
この魔王からの愛が王国を揺るがす事になろうとは知る由もなかった―――。
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