番外編【出会い】(後半)
それからしばらくの間、ロッシュとアストラゼノスは他愛もない話をしながら、森の中を仲良く歩いた。
「へー、ロッシュは迷子になって結界の中に入ってきたんだね」
「けっかい……?」
「ふふ、なんでもないよ」
この森を包む結界は、強大な魔力を持つ者や邪心を持つ者を拒絶する高位のもの。だが、5歳のロッシュが持つどこまでも澄み渡った純粋無垢な心が、結界に拒絶されることなく自然と招き入れられたのだろう。もちろん、当のロッシュには知る由もないことだった。
並んで歩く中、アストラゼノスはチラチラとロッシュの横顔を見つめ、恥ずかしそうに指先をモジモジとさせながら口を開いた。
「……あのね……ロッシュ。……手、繋いで……いい……?」
「うん、いいよ!」
ロッシュが差し出した小さな手を、アストラゼノスはぎゅっと握り返す。
初めて出会った「人間」という存在への強い好奇心。そして、自分の恐ろしい力や姿を怖がらず、優しく笑いかけてくれたロッシュへの――生まれたての小さな恋心が、彼女の胸の中にそっと芽生えていた。
「あっ! 川だ!」
少し歩くと、二人の目の前に川幅二メートルほどの小さな小川が現れた。
底の小石までくっきりと見通せるほど、驚くほど透き通った美しい水がサラサラと流れている。
「……アストラゼノス様、この方は……?」
突如、対岸の森から静かな声が響いた。
黒いフードを深く被り、目と鼻の周りを禍々しい骸骨の仮面で覆った一人の少女が立っていた。
「ネクロア。彼はロッシュ。さっき友達になったの」
「(……に、人間……!?)」
アストラゼノスの言葉に、仮面の奥でネクロアは目を見開いた。
彼女はそのまま、バシャバシャと音を立てることもなく、水面に静かな波紋を広げながら川の上をすーっと歩いてこちら側へ渡ってきた。
「わぁ! 凄い凄い! 水の上歩いてる!」
ロッシュは瞳を輝かせ、無邪気に歓声をあげた。
「……っ」
ロッシュの真っ直ぐな視線を受け、ネクロアは一瞬息を詰まらせた。
『死神』として恐れられる彼女は、これまで他人に褒められることなど滅多になく、ましてや人間からこんな憧れと尊敬に満ちた瞳で見つめられた経験など一度もなかったのだ。
「……どうも……」
仮面の裏で顔を真っ赤にしながら、照れと困惑の混ざった小さな声で呟くのが精一杯だった。
「ロッシュ、この子はネクロア。『死神ネクロア』よ」
「えっと……シニガミネクロア? ……また長い名前だね……」
「ふふっ」
相変わらずのロッシュのマイペースな感想に、アストラゼノスが楽しそうに笑う。そしてネクロアに向き直り、首を傾げた。
「で? なにか用?」
ネクロアが用件を伝えようと口を開かけた、その時――。
「まおう様がお呼びだよぉ」
二人の背後にある木の上から、脱力感の漂う声が降ってきた。
振り返ると、そこには上半身が可憐な少女、下半身が巨大なライオンという異形――幼い半獣人の少女、レガリアが樹上からこちらを見下ろしていたのだった。
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