第13章 第1話:冬の手紙
あらすじ:十二月。大学の秋学期が終わりに近づく中、智也のもとに、一通の封書が届く。差出人は、見知らぬ日本の大学名だった。開封すると、それは、ある地方の大学の教育学部の准教授からの、丁寧な手紙だった。その准教授は、美優の三冊目の書籍を読み、智也のあとがきに動かされたという。そして、自分の大学で起きている、ある「小さな異変」について、智也に相談したいと書いていた。地方大学での小さな異変。それが、第十三章の問いの最初の一歩となる。智也は、冬休みを前に、その手紙の意味を静かに考え始める。
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十二月の第一週。
秋学期の最終週が始まっていた。
キャンパスの木々は、すでに葉を落とし、枯れた枝が、灰色の空を背景に、細い線を描いていた。
智也は、いつものように、図書館の奥の席に座っていた。
期末レポートの最後の仕上げをしながら、合間に、マーカスのチームからの報告を確認していた。
シグネチャ検出ツールのバージョン三の開発が、少しずつ形になってきていた。
長谷川詩織が参加してから、ツールの「気づきやすさ」という視点の導入について、議論が活発になっていた。
「技術的な精度を上げるだけでなく、ユーザーが結果をどう受け取るかを設計に含める必要がある」
長谷川の提案は、エンジニアたちが持っていなかった視点を持ち込んだ。
田島由美は、別の角度から貢献していた。
「操作の体験は、気づいた時に強烈な不信感を生む。その不信感が、過剰になると、今度は正常な情報まで疑うようになる。その過剰反応を防ぐ設計も、必要かもしれない」
二人の参加が、チームに、人間の体験という次元を加えていた。
智也は、その議論のログを読みながら、村上准教授の発表の言葉を思い返した。
「技術は一人で深められる。しかし、誠実さは、他者との関係の中で育まれる」
チームの変化が、その言葉を証明していた。
昼過ぎ、スマートフォンに、美優からメッセージが届いた。
「書籍の重版が決まりました。五刷です」
「おめでとうございます」
「ありがとう。それと、一つ面白い話が来ています。書籍を読んだ読者から、手紙が届いているんですが、その中に、一通、あなた宛ての手紙があった」
「私宛て?」
「出版社に、千葉智也への転送をお願いしたいという依頼があって。どうする? 転送してもらいましょうか」
「お願いします」
三日後、大学の郵便受けに、一通の封書が届いていた。
差出人の欄には、「信州大学教育学部 准教授 本多誠司」とあった。
智也は、その名前を、記憶の中で検索した。
知らない名前だった。
図書館の奥の席に持ち帰り、封を開けた。
便箋が、四枚入っていた。
手書きではなく、プリントアウトされた文章だったが、最後だけ、手書きで署名されていた。
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**千葉智也様**
**突然のお手紙をお許しください。私は、長野県にある信州大学の教育学部で、教育社会学を教えております、本多誠司と申します。**
**先月、鮎川美優さんの著書「見えない設計」を拝読しました。そして、巻末のあとがきを読んで、何日も、その言葉が頭を離れませんでした。**
**「重要な考えに辿り着いた時、一度、立ち止まってください。なぜ、私はこう思うのか。どこを通ってこの考えに至ったのか」**
**この問いかけを読んだ翌日から、私は、自分の授業を、以前とは異なる目で見るようになりました。**
**そして、気づいたことがあります。**
**私の大学では、今年の春から、新しい学習支援システムが導入されました。大学全体で導入されたデジタルの学習プラットフォームで、学生が授業外でも学習記録をつけたり、課題の提出や、関連資料の閲覧などができるものです。**
**導入当初は、利便性の高いシステムとして、歓迎されました。私自身も、便利だと思っていました。**
**しかし、あとがきを読んでから、私は、ある変化に気づきました。**
**春から半年が経ち、私の授業を受けている学生たちのレポートの傾向が、以前と変わってきているのです。**
**具体的に言えば、こうです。**
**以前は、学生それぞれが、異なる角度から問いを立てていました。同じテーマを与えても、Aという学生は制度の問題として論じ、Bという学生は個人の心理の問題として論じ、Cという学生は歴史的な文脈から論じる、という具合に、多様な視点が現れていました。**
**ところが今年の後半になってから、学生のレポートが、どこか似通った枠組みで書かれるようになった気がしています。結論が同じというわけではありませんが、問いの立て方の型が、近くなっている。**
**私は最初、自分の教え方が均質化しているのかと思い、授業の記録を見返しました。しかし、授業内容には大きな変化はありませんでした。**
**次に、学生への課題の出し方を変えてみました。それでも、傾向は変わらなかった。**
**そこで、あとがきの言葉を思い出したのです。**
**「なぜ、私はこう思うのか。どこを通ってこの考えに至ったのか」**
**この問いを、学生たちに向けてみたとき、驚くことが起きました。**
**多くの学生が、自分の考えに至った道筋を、うまく説明できなかったのです。結論はある。しかし、どこを通ってそこに辿り着いたか、言葉にできない。**
**これは、以前とは、確かに違う。**
**私は、専門家ではありません。認知科学も、情報技術も、専門外です。自分が気づいていることが、本当に問題なのかどうか、判断できません。**
**ただ、あなたのあとがきを読んで、この変化について、あなたに相談できればと思いました。**
**的外れな話であれば、その旨だけ教えていただければ結構です。**
**お忙しいところ、失礼いたしました。**
**信州大学教育学部 准教授 本多誠司**
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智也は、手紙を、ゆっくりと読み終えた。
そして、最初から、もう一度、読んだ。
「春から新しい学習支援プラットフォームが導入された」
「学生のレポートの問いの立て方の型が、近くなっている」
「自分の考えに至った道筋を、うまく説明できない」
その三点が、智也の中で、静かに並んだ。
一つ一つは、断言できる証拠にはならない。
しかし、組み合わさった時、一つの仮説の輪郭が、浮かび上がった。
智也は、ノートを取り出し、その仮説を書いた。
**「信州大学で導入された学習支援プラットフォームが、エデュポータルまたは類似のシステムである可能性。学生の思考パターンの均質化が、そのプラットフォームを通じたコンテンツによって生じている可能性。」**
**「ただし、これは現時点での仮説に過ぎない。本多先生が観察している変化が、プラットフォーム以外の要因によるものである可能性も、十分にある。教員の授業スタイルの変化、社会的な雰囲気の変化、あるいは、本多先生自身の観察眼が変わったことによる見え方の変化。これらを、一つずつ排除していく必要がある。」**
書き終えて、智也は、木村刑事に連絡することを考えた。
しかし、今日は、まだ早い段階だった。
まず、本多先生に返事を書く必要があった。
その日の夜、智也は、本多先生への返信を書いた。
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**本多誠司先生へ**
**お手紙をありがとうございました。丁寧な内容で、大切に読みました。**
**的外れではありません。むしろ、非常に重要な観察をされていると思います。**
**先生がお気づきになった変化、つまり、学生の問いの立て方の型が近くなっていること、そして、自分の考えに至った道筋を説明しにくくなっていること、これらは、私たちがこれまで調査してきた問題と、構造的に一致しています。**
**一つ、確認させてください。春から導入された学習支援プラットフォームの名前を、教えていただけますか。**
**それと、もう一点。先生が観察した変化が始まった時期と、プラットフォームの導入時期の関係について、何か気づいていることはありますか。**
**これらの情報があれば、より正確に、状況を判断できます。**
**現時点では、断定的なことは申し上げられません。しかし、調べる価値がある観察だと、確信しています。**
**引き続き、情報をお知らせいただければ幸いです。**
**千葉智也**
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返信を送った後、智也は、美優に電話した。
「本多先生の手紙を読みました」
「どう感じましたか」
「調べるべき問いがある、と感じました」
「地方の大学での異変、ということですね」
「そうです。ただし、まだ仮説の段階です。エデュポータルまたは類似のシステムが使われているかどうかを、まず確認する必要があります」
「地方の大学にまで、そのネットワークが広がっている可能性があるということ?」
「その可能性を、排除できない。エデュポータルは、全国の複数の大学で使われているシステムです。地方の大学が含まれていても、不思議ではない」
美優は、少し間を置いた。
「書きたいことが、また増えてきました」
「四冊目ですか」
「まだ分からない。でも、この話が事実なら、書かなければいけないことです。地方の小さな大学の教育学部の准教授が、学生の変化に気づいた。その気づきが、あとがきの一行から来た。この連鎖が、既に起きている」
「問いの連鎖が、想定よりも速く広がっていますね」
「あなたのあとがきが、その連鎖を加速させたかもしれない」
「私は、ただ正直に書いただけです」
「それが、最も力を持つ言葉よ」
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翌日の昼、本多先生から返信が届いた。
レスポンスの速さに、智也は少し驚いた。
それだけ、先生がこの問題を気にかけていることが伝わってきた。
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**千葉さん、早速のお返事をありがとうございます。**
**学習支援プラットフォームの名前は、「ユニバーサル・キャンパス」です。私立企業が提供しているシステムで、今年の四月に全学的に導入されました。私が気づいた学生の変化は、秋学期に入ってから、つまり、九月以降に顕著になってきたと思います。**
**もう一つ、気になっていることがあります。**
**先日、学生の一人に、「自分の考えにどこから辿り着いたか、説明してください」と尋ねたところ、その学生は、「ユニバーサル・キャンパスで見つけた記事を読んで、なんとなくそう思った」と答えました。**
**「なんとなく」という言葉が、気になっています。**
**以前の学生は、記事を読んだ後も、「この記事の主張には賛成だが、この点は自分は違うと思う」という形で、自分の考えとの差異を示すことが多かった。しかし最近は、「記事を読んで、そう思った」という言い方が増えている気がします。**
**記事と自分の考えの間に、距離がない。**
**これは、私の気のせいでしょうか。**
**本多誠司**
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「ユニバーサル・キャンパス」
智也は、その名前をノートに書き留めた。
そして、すぐに村上准教授にメッセージを送った。
「ユニバーサル・キャンパスというプラットフォームを、知っていますか」
村上の返信は、十分後に来た。
「聞いたことはあります。比較的新しいサービスです。ただし、詳しくは調べていません。なぜですか」
「地方の大学で導入されていて、学生の思考パターンに変化が起きているという報告があります。エデュポータルとの関係を、確認できますか」
「調べてみます。少し時間をください」
一時間後、村上から返信が届いた。
「ユニバーサル・キャンパスの運営会社を調べました。設立は二年前。コンテンツ提供の一部を、外部企業に委託しています。その外部企業の中に、エデュポータルのコンテンツプロバイダーとして確認していた会社の名前が、一つ含まれています」
智也は、その情報を読んで、静かに息を吸い込んだ。
繋がりの糸が、また一本、現れた。
「その会社の名前は、エデュポータルの調査で特定していたものですか」
「はい。昨年、倫理委員会への申請の際に、問題のあるコンテンツプロバイダーとして記録した会社です」
「つまり、エデュポータルで問題が発覚した後、同じプロバイダーが、別のプラットフォームを通じて、コンテンツを提供し続けている可能性がある」
「そう推測できます。ただし、まだ証拠とは言えません。同じ会社が、同じコンテンツを提供しているとは限らない。内容が変わっている可能性もある」
「そうですね。シグネチャの検出が必要になります」
「マーカスのチームに依頼できますか」
「すぐにします」
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その夜、マーカスに連絡を入れた。
「ユニバーサル・キャンパスというプラットフォームを、解析できますか」
「聞いたことがあります。日本の複数の大学が使っているシステムですね。公開されているデモ版にアクセスして、コンテンツを確認することは、技術的には可能です。ただし、本格的な解析には、実際のシステムへのアクセスが必要になります」
「デモ版の確認だけでも、何か分かりますか」
「表面的なコンテンツのシグネチャ検出は、試せます。ただし、内部のアルゴリズムは見えません」
「まず、デモ版で試してください。それだけでも、仮説を補強する手がかりになるかもしれません」
「了解しました。長谷川さんと田島さんにも、見てもらいましょうか。ユーザーの視点から、気づくことがあるかもしれない」
「それは、良いアイデアです。お願いします」
電話を切った後、智也は、木村刑事に今日の経緯を報告した。
木村刑事は、一通り聞いてから言った。
「ユニバーサル・キャンパスという名前は、初耳です。ただし、エデュポータルの調査で特定したコンテンツプロバイダーが関与しているとすれば、既存の捜査の延長線上にあります。早急に確認します」
「一つ、お願いがあります」
「何ですか」
「今回の情報源である本多先生への配慮をお願いします。先生は、専門外の問題に、誠実な観察から気づいた方です。公式な捜査の中で、先生が不必要なプレッシャーを受けることは、避けてほしい」
「分かりました。慎重に進めます」
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翌朝、本多先生への返信を書いた。
「記事と自分の考えの間に距離がない、というご観察は、気のせいではないと思います。それは、重要な変化の指標かもしれません。現在、技術的な確認を並行して進めています。引き続き、学生の様子で気になることがあれば、知らせてください。あなたの観察が、この問題を解明する鍵になる可能性があります」
送信してから、智也は、ノートを開いた。
第十三章の最初のページに、これまでの整理を書いた。
**「第十三章の問い:ユニバーサル・キャンパスという学習支援プラットフォームが、認知操作のコンテンツを含んでいる可能性。エデュポータルで確認されたコンテンツプロバイダーが、別のプラットフォームを通じて活動を継続している可能性。」**
**「情報の出発点:本多誠司先生。地方の大学の教育学部准教授。美優の書籍のあとがきの一行から、自分の授業の変化に気づいた。問いの連鎖が、こういう形で現れた。」**
**「第十三章が、第十一章・第十二章と異なる点:舞台が、東京の有名大学ではなく、地方の大学になる可能性がある。つまり、問題がより広範囲に、より均質に広がっている可能性を示唆している。ヘッドラインになりにくい場所で起きているからこそ、長期間、気づかれにくかったかもしれない。」**
書き終えて、窓の外を見た。
冬の空が、白く広がっていた。
雪が降りそうな色だった。
この旅の始まりから、何度、窓の外の空を見てきただろうか。
季節が変わるたびに、問いも変わってきた。
しかし、変わらないものもあった。
窓の向こうに、世界がある。
その世界の中に、まだ見えていないことがある。
それを見ようとする欲求が、この旅を動かし続けていた。
その欲求は、第一章から今まで、一度も、薄れていなかった。
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その週末、智也は、大学の図書館で、ユニバーサル・キャンパスについての公開情報を調べた。
企業のウェブサイトには、こう書かれていた。
「ユニバーサル・キャンパスは、学習体験の最適化を目指す、次世代の教育プラットフォームです。AIを活用した個別最適化学習により、各学生の習熟度と興味に合わせたコンテンツを提供します。現在、全国三十二の大学で導入されています」
「三十二の大学」
智也は、その数字をノートに書いた。
エデュポータルは、より多くの大学に導入されていた。
しかし、ユニバーサル・キャンパスが三十二の大学に広がっていることも、決して小さくはなかった。
しかも、「個別最適化学習」という説明は、デイビッドが語っていた第二世代のシステムの発想と、表面上は一致していた。
「各学生に合わせたコンテンツを提供する」
それは、ユーザーの思考のリズムを学習し、そのリズムに合わせた形で情報を提供するという設計思想と、矛盾しなかった。
「個別最適化」が、適切な学習支援であるか、それとも思考パターンの誘導であるかは、実装の中身による。
その中身を、確認しなければならなかった。
マーカスから、その日の夜に連絡が来た。
「デモ版の解析を試みました。表面的なコンテンツには、今のところ、明確なシグネチャは検出されていません。ただし、一つ、気になる点があります」
「何ですか」
「デモ版に表示されているコンテンツの構造が、非常に均質です。問いの立て方、論述の展開、結論への誘導の方法が、どのコンテンツでも、同じような型に沿っています」
「それは、コンテンツの品質管理の結果かもしれません。あるいは、設計されたものかもしれない」
「その判断が、難しいところです。良質な教育コンテンツも、一定の型を持っています。型があること自体は、問題ではない。問題は、その型が、特定の認知パターンへの誘導を意図しているかどうかです」
「内部のアルゴリズムを見ないと、確認できない」
「そうです。実際のシステムへのアクセスが必要になります」
「本多先生に、協力をお願いできるかもしれません。先生が使っている本物のシステムから、村上先生のチームが技術的な解析をする形であれば、倫理的な問題もクリアできるかもしれません」
「その方向で、可能かどうか、確認してみましょう」
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翌日、本多先生にメッセージを送った。
「一つ、追加のお願いがあります。先生がお使いのユニバーサル・キャンパスのシステムに、技術的な解析の専門家がアクセスして、内部のコンテンツ推薦の仕組みを確認させていただくことは、可能でしょうか。もちろん、大学の情報セキュリティの規定に従った形で、適切な許可を得た上で進めます」
本多先生の返信は、翌朝来た。
「大学の情報システム担当に相談してみます。私自身は、このことが解明されるなら、全力で協力したいと思っています。ただし、大学として正式に対応するには、私一人の判断では動けません。少し時間をいただけますか」
「もちろんです。慎重に進めてください。急ぐ必要はありません」
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週明けの月曜日、秋学期の最後の授業があった。
智也が履修していた法哲学の最終回だった。
老教授は、黒板の前に立ち、最後の講義を始めた。
「今学期を通じて、私が一番伝えたかったことを、最後に話します」
教室が、静かになった。
「法律とは、社会の問いに対する、暫定的な答えです。答えは、社会が変化するにつれて、更新される必要があります。法律が時代遅れになるのは、社会の問いが変わったのに、答えが変わらないからです」
「そして、問いを更新し続けることが、法律を生きたものにします。その問いを担うのは、法律家だけではない。問いを持つ市民全員が、その担い手です」
「皆さんは、この授業で、多くの法的な問いを学びました。しかし、最も重要な問いは、この教室の外にあります。日常の中にあります。その問いを、見つける眼を、養ってください」
最後の言葉が、教室に静かに響いた。
智也は、その言葉を聞きながら、本多先生の手紙を思い出した。
日常の中に、問いを見つけた人間。
それが、本多先生だった。
専門家でなくても、学術的な訓練を受けていなくても、問いは見つけられる。
それを可能にするのは、「なぜこう思うのか、どこを通ってこの考えに至ったのか」という習慣だった。
美優のあとがきの一行が、本多先生に、その習慣をもたらした。
その習慣が、問いを生んだ。
その問いが、智也に届いた。
問いの連鎖が、また一回転していた。
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その夜、智也はノートを開いた。
第十三章の最初のページに、今日感じたことを書いた。
**「第十三章は、第十二章とは異なる出発点から始まっている。これまでの章では、智也が問いを見つけ、調査を進めた。しかし今回は、智也のあとがきが問いを生み、その問いが、見知らぬ人間を通じて、智也のもとに届いた。」**
**「それは、推理者の在り方の変化を示しているかもしれない。自分一人が問いを持つのではなく、問いを持てる人間を、社会の中に増やすことが、推理者の新たな役割になりつつある。」**
**「ユニバーサル・キャンパスの解析が始まる。本多先生の協力が得られるかどうかは、まだ分からない。木村刑事の確認も、続いている。マーカスのチームの技術的な解析も、続いている。それぞれが、それぞれのペースで動いている。」**
**「第十三章の問いは、まだ輪郭が定まっていない。しかし、問いが始まったことは、確かだ。始まりがあれば、旅は続く。」**
**「本多先生から届いた手紙の最後の一文を、覚えている。『なんとなく、そう思った』という学生の言葉。その『なんとなく』が、この章の核心にある言葉かもしれない。」**
ノートを閉じて、智也は、窓の外を見た。
冬の夜空が、黒く、静かだった。
どこかで、雪が降り始めているかもしれなかった。
来年、三年生になる。
この大学で過ごす時間が、折り返しを迎えようとしていた。
しかし、問いは、減るどころか、増え続けていた。
それが、嬉しかった。
問いがある間は、前を向いていられる。
前を向いている間は、旅が続く。
旅が続く間は、誰かと出会える。
その確信が、今夜も、変わらずにあった。
冬の長い夜が、静かに始まっていた。
その静けさの中で、第十三章の問いが、少しずつ、形を持ち始めていた。
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第13章 第1話「冬の手紙」完
**沈黙の推理者 第十三章、開幕。**




