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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第9章

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第9章 第2話:アダプティブフィードの謎


あらすじ:村上准教授の技術的な分析が進む中、智也はアダプティブフィード機能の詳細な調査を始める。その過程で、複数のスマートフォンメーカーと、特定のデータ分析企業との間に、不透明な契約関係が存在することが判明する。同時に、美優の取材が、その契約関係の背後に、シグマ・ファンデーションの解体後に生まれた、新たな組織の影を捉える。智也は、第九章の問いが、これまでの事件の延長線上にあるのか、それとも全く新たな問題なのかを、慎重に見極めようとする。


---


十月の後半、智也は、大学の授業の合間を縫って、アダプティブフィード機能の調査を、着実に進めていた。


その調査は、複数の層で、同時に進んでいた。


まず、村上准教授が、技術的な分析を担当した。


複数のスマートフォンのOSに実装されているアダプティブフィード機能のコードを、可能な範囲で解析し、その動作パターンを、詳細に記録していた。


「解析が、かなり進みました」


村上から、最初の中間報告が届いたのは、調査開始から十日後のことだった。


「どのようなことが、分かりましたか」


「まず、複数のスマートフォンメーカーのアダプティブフィード機能に、共通した特徴があることが、判明しました」


「どのような特徴ですか」


「通常、アダプティブフィード機能は、各メーカーが独自に開発するものです。ところが、複数のメーカーの機能が、特定のアルゴリズムの部分で、驚くほど似た実装を持っていることが、分かりました」


「それは、何を意味しますか」


「複数のメーカーが、同じサードパーティのSDK(ソフトウェア開発キット)を使用している可能性があります。SDKとは、ソフトウェア開発を効率化するためのツールキットですが、そのSDK自体に、特定の動作が組み込まれていた場合、それを使用した全てのメーカーの製品が、同じ影響を受けることになります」


「そのSDKの提供元は、特定できましたか」


「一部が、特定できました。**EngageMax Analytics**という、アメリカの企業です。この企業は、複数の大手スマートフォンメーカーに、エンゲージメント最適化のSDKを提供しています」


「EngageMax Analytics。その企業について、詳しく教えていただけますか」


「設立は三年前。シリコンバレーに拠点を置く、データ分析企業です。表向きは、ユーザーエンゲージメントの向上を専門とするスタートアップです。ただし、その資金源を調べると、興味深い事実が見えてきました」


「何ですか」


「EngageMax Analyticsへの主要な出資者の一人が、**グローバル・コグニティブ・ファンド**というファンドです。このファンドは、シグマ・ファンデーションが解体された後に、設立されています。そして、このファンドの設立に関わった人物の中に、シグマ・ファンデーションの元関係者が、複数、含まれているという情報があります」


その情報が、智也の推理に、決定的な方向性を与えた。


シグマ・ファンデーションが解体された後、その関係者たちが、新たなファンドを設立し、そのファンドがEngageMax Analyticsに出資している。


つまり、シグマ・ファンデーションの計画は、解体された後も、別の形で、継続されていた可能性がある。


「その情報を、木村刑事に伝えます」


「はい。ただし、まだ、証拠としては不十分です。さらに調査が必要です」


「わかりました。引き続き、よろしくお願いします」


一方、美優は、独自の取材ルートを通じて、EngageMax Analyticsに関する情報を、収集していた。


「EngageMax Analyticsについて、シリコンバレーの複数の関係者に聞いた」


美優から、詳細な報告が届いた。


「どのような情報が得られましたか」


「まず、この企業の創業者について。**レナ・ホール**という、四十代の女性データサイエンティストよ。彼女は、もともと、神経科学の研究者として、いくつかの著名な大学で研究をしていた経歴を持っている」


「神経科学の研究者が、エンゲージメント最適化の企業を設立したのですか」


「そう。その転換が、最初から、意図的なものだったのか、それとも、別の誰かに誘導されたのか、まだ分からない。ただし、彼女の研究の専門分野が、まさに、デフォルトモードネットワークと、注意制御の関係だったという事実は、非常に意味深よ」


「デフォルトモードネットワーク。村田教授が説明してくれた、ぼんやりとした状態の時に活性化する神経回路ですね」


「そう。つまり、レナ・ホールは、デフォルトモードネットワークを研究していた神経科学者が、そのネットワークを活性化させることに特化した技術を開発する企業を設立した、ということになる」


「マーカス・ウェンと同じパターンです。認知操作に対抗しようとしていた研究者が、認知操作のシステムを作る側に移った。あるいは、移らされた」


「その可能性がある。レナが、グローバル・コグニティブ・ファンドからの出資を受けた時期と、エドワード・クレインがシグマ・ファンデーションを縮小させ始めた時期が、一致している。つまり、シグマ・ファンデーションの主要な活動が、解体の危機に瀕した時に、レナへのアプローチが始まったのかもしれない」


「計画的ですね」


「非常に計画的よ。シグマ・ファンデーションが解体されることを見越して、その前に、後継の仕組みを、別の場所に構築しておいた。そして、今回は、特定のプラットフォームやアプリではなく、スマートフォンOSレベルでの実装という、より根本的な形で」


その分析が、第九章の問いの核心を、明確に示していた。


エドワード・クレインが動いたことで、シグマ・ファンデーションは解体された。


しかし、その前に、より深いレベルでの代替システムが、既に構築されていた。


「つまり、エドワードの証言によってシグマ・ファンデーションを解体させたことで、私たちは、より深いレベルの問題を、顕在化させてしまったのかもしれない」


「逆説的だけど、そう言えるかもしれない。シグマ・ファンデーションというロールモデルがなくなることで、より分散した、より特定しにくい形での活動が、活性化した」


「ヒドラのようですね」


「頭を一つ切っても、別の頭が生える。そのパターンが、繰り返されている」


その比喩が、智也の推理を、深めた。


これまでの事件は、常に、特定の人物や組織を追うことで、解決してきた。


しかし、第九章の問題は、特定の人物や組織を超えた、より広範なシステムに関わるものかもしれない。


「木村刑事に、この情報を共有します。ただし、今回の問題は、法執行機関だけでは対応できない規模になっているかもしれません」


「どういう意味?」


「スマートフォンのOS、という基盤的な技術に関わる問題です。それは、法的な規制だけでなく、技術的な標準の問題でもあります。国際的な標準化機関や、技術系の規制機関との連携が、必要になるかもしれません」


「それは、これまでの事件よりも、はるかに複雑なアプローチが必要ということね」


「はい。ただし、複雑であるほど、多くの人の協力が必要になる。そして、多くの人の協力が集まれば、解決の可能性も、高まります」


その翌日、智也は、木村刑事に状況を報告した。


木村刑事の反応は、予想以上に深刻なものだった。


「実は、警察庁のサイバー犯罪対策部門でも、最近、類似した情報を把握しています。複数の国の法執行機関が、スマートフォンOSレベルでの不審な動作について、情報収集を始めているところです」


「つまり、この問題は、私たちだけが気づいているわけではないということですか」


「そうです。ただし、各機関がバラバラに動いているため、全体像の把握が、まだできていない状況です。千葉さんの調査は、その全体像を把握するための、重要な手がかりになる可能性があります」


「では、インターポールを通じた、国際的な情報共有を、急ぎます」


「そうしてください。そして、もう一つ、重要な情報があります」


「何ですか」


「レナ・ホールについてです。彼女は、最近、グローバル・コグニティブ・ファンドとの関係を、内部で問題視し始めているという情報があります。EngageMax Analytics内部の複数の関係者から、彼女が、自社の技術の使われ方に、懸念を持ち始めているという話が、出ています」


「それは、重要な情報です。マーカスと同じパターンですね。自分の技術が、意図しない形で使われていることに、気づき始めている」


「その可能性があります。彼女へのアプローチのタイミングが、重要になるかもしれません」


「慎重に、しかし、迅速に。そのバランスが必要ですね」


「千葉さんは、そのバランスを、誰よりもよく知っていると思います」


電話を切った後、智也は、図書館の奥の席で、今日得た情報を、整理した。


EngageMax Analyticsという企業。


レナ・ホールという、神経科学者から起業家へと転じた人物。


グローバル・コグニティブ・ファンドという、シグマ・ファンデーションの後継的なファンド。


そして、スマートフォンOSレベルでの、認知操作の可能性。


それらが、一つの像として、形を成し始めていた。


ただし、まだ、決定的な証拠はない。


状況証拠と、複数の関係者からの証言の積み重ねが、その像を示しているだけだ。


「一歩一歩、丁寧に」


智也は、自分自身に言い聞かせた。


美優の言葉が、今も、彼を支えていた。


ノートに、智也は書いた。


**「第九章の全体像が、見え始めている。EngageMax Analytics、レナ・ホール、グローバル・コグニティブ・ファンド。これらが、スマートフォンOSレベルでの認知操作の仕組みを、構成している可能性がある。そして、レナは、その仕組みへの懸念を、持ち始めている。マーカスと同じパターンだ。」**


**「今回の問題は、これまでと異なる点が一つある。それは、対象の規模だ。特定のプラットフォームや組織ではなく、スマートフォンのOSという、最も基礎的なレベルでの問題だ。その規模に対応するためには、これまでと異なるアプローチが必要になる可能性がある。」**


**「しかし、規模が異なっても、本質は変わらない。人間が、誠実な問いかけに、誠実に応える能力を持つという事実は、変わらない。レナも、その能力を持っているはずだ。その確信が、次のステップへの、動力になる。」**


窓の外では、秋の夜が、静かに深まっていた。


キャンパスの明かりが、一つ一つ、消えていった。


その静けさの中で、第九章の推理は、着実に、深まっていた。


---

第9章 第2話「アダプティブフィードの謎」完


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