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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第8章

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第8章 第3話:AcademicMindの真実



あらすじ:スタンフォードの研究室での調査が、本格化する。村上准教授とサラ博士の技術チームが連携し、AcademicMindのアルゴリズムの詳細な解析を完了する。その結果は、これまでのどの事件よりも、精巧で、広範な操作システムの存在を示していた。同時に、美優が、シリコンバレーでの独自取材を通じて、マーカス・ウェンという人物の過去に、重要な事実を発見する。智也は、この事件が、単なる民意操作を超えた、人類の知的多様性そのものへの挑戦であることを、認識し始める。


---


スタンフォードに来て、三日目が経過した。


智也は、サラの研究室に、朝早くから通い続けていた。


その研究室には、複数の国の研究者たちが交代で集まり、AcademicMindの解析を、昼夜を問わず続けていた。


その三日目の朝、村上准教授から、技術的な解析の最終報告が届いた。


サラが、その報告を、研究室の全員に共有した。


「村上准教授のチームと、私たちのチームの合同解析が、完了しました。その結果を、共有します」


全員が、モニターに注目した。


「AcademicMindのコアアルゴリズムを、逆工学的に解析した結果、以下のことが判明しました」


サラは、複数のグラフとコードの断片を、スクリーンに投影した。


「まず、このシステムは、単なる推薦アルゴリズムではありません。**三層構造の認知誘導システム**です」


「三層構造とは、何ですか」


智也は、聞いた。


「第一層は、**コンテンツ選択層**です。これは、ユーザーの検索履歴と閲覧パターンを分析して、学術リソースを選択する層です。表向きには、これだけに見えます」


「第二層は、**フレーミング制御層**です。選択されたコンテンツを、どのような文脈で提示するかを、制御します。同じ論文でも、どの部分を強調し、どの部分を目立たなくするかを、意図的に操作します」


「第三層は、**思考収束測定層**です。ユーザーの意見や思考の変化を、継続的に測定し、その収束の度合いが目標値に達するまで、第一層と第二層のパラメータを、自動的に調整します」


「つまり、このシステムは、ユーザーごとに、最適化された誘導プログラムを、自動的に生成しているということですか」


「その通りです。そして、その目標値は、外部から設定されています」


「誰が、設定しているのですか」


「それが、最も重要な発見です」


サラは、一枚の図を、スクリーンに投影した。


「目標値は、中央管理サーバーから、定期的に更新されています。そして、その中央管理サーバーのアドレスを、追跡した結果、最終的に、複数の国に分散した、匿名のサーバー群に辿り着きました」


「そのサーバー群の所有者は、特定できましたか」


「一部が、特定できました。そして、その所有者の中に、**シグマ・ファンデーション**という、国際的な非営利財団が、含まれていることが判明しました」


「シグマ・ファンデーション?初めて聞く名前です」


オリバーが、補足した。


「イギリスのイギリス慈善委員会に登録されている財団です。表向きは、世界的な教育の質の向上を目的とした、慈善団体です。複数の国の有名人や企業家が、支援者として名を連ねています」


「その財団と、北条慎之介やエリック・ノースとの関係は?」


ユキが、答えた。


「財団の設立時期が、アレクサンダー・ヴァイスが最初にシャドウ・ネットワークを立ち上げた時期と、ほぼ一致しています。そして、財団の初期の主要な寄付者の中に、アレクサンダーの組織と関係の深い人物が、複数、含まれています」


その事実が、智也に、この事件全体の構造を、初めて完全な形で見せてくれた。


アレクサンダーは、シャドウ・ネットワークという直接的な組織を持っていた。


だが、その一方で、シグマ・ファンデーションという、より公式で、より長期的な組織を、並行して設立していたのだ。


シャドウ・ネットワークが摘発されても、シグマ・ファンデーションは存続する。


エリックや北条が逮捕されても、シグマ・ファンデーションは存続する。


AcademicMindが閉鎖されても、別の形で、シグマ・ファンデーションは存続する。


「アレクサンダーは、逮捕されることを、最初から計算していたのかもしれません」


智也は、静かに言った。


「どういう意味ですか」


サラが、聞いた。


「彼は、自分が逮捕されることを前提として、複数の層のシステムを構築していたのではないでしょうか。直接的な組織は、摘発されても、シグマ・ファンデーションという合法的な組織が、長期的な計画を継続する。その二層構造が、最初から設計されていたのかもしれません」


「つまり、私たちがこれまで追ってきたのは、アレクサンダーの計画の表層に過ぎず、シグマ・ファンデーションという本質的な部分は、まだ、手つかずだったということですか」


「その可能性があります」


研究室が、静まり返った。


その沈黙の中で、全員が、この認識の重大さを、噛みしめていた。


アレクサンダーを追い、エリックを追い、北条を追い、橘を追ってきた。


だが、それらは全て、シグマ・ファンデーションという本体の、周縁部に過ぎなかったのかもしれない。


その夜、美優からの連絡が届いた。


「マーカス・ウェンについて、重要な情報が入った」


「何ですか」


「シリコンバレーの複数の関係者への取材から、マーカスの過去に、意外な事実が分かった。彼は、もともと、認知科学の研究者として、著名な大学で博士号を取得していた。その博士論文のテーマが、『認知操作への抵抗力の強化:デジタル環境における認知的自律性の保護』というものだったの」


「認知操作への抵抗力の強化、ですか?それは、まさに、村上先生が研究しようとしていたテーマと同じですね」


「そう。つまり、マーカスは、もともと、認知操作に対抗するための研究者だった可能性がある」


「では、なぜ、AcademicMindのような、認知操作ツールを開発することになったのですか」


「そこが、まだ分からない。ただし、一つの可能性が、見えてきた。彼の博士論文の指導教員の名前を調べたところ、**ロバート・エヴァンス**という教授だったことが分かった。そして、このロバート・エヴァンスという人物が、シグマ・ファンデーションの設立に関わっていた可能性がある」


「つまり、マーカスは、指導教員を通じて、シグマ・ファンデーションに取り込まれた可能性があるということですか」


「その可能性がある。しかも、認知操作に対抗しようとしていた研究者が、その対抗手法を研究する過程で、逆に、認知操作のシステムを作る側に取り込まれた、という構造は、皮肉以外の何ものでもない」


その情報が、智也の心に、複雑な感情をもたらした。


マーカスは、悪意を持って、AcademicMindを作ったのではないかもしれない。


むしろ、彼自身が、認知操作の被害者だった可能性がある。


「マーカスへの接触を、急ぐ必要があります」


「同意する。でも、どのようにアプローチする?」


「彼の研究の、最も純粋な部分に訴えます。認知操作への抵抗力という、彼が本来目指していた研究テーマに、直接、訴える。それが、最も有効だと思います」


翌日の朝、サラに、マーカスへの接触について、相談した。


「マーカスのことを、どう思いますか。悪意ある実行者ですか、それとも、利用されている被害者ですか」


サラは、少し考えた後、答えた。


「私は、両方の可能性を、同等に評価しています。ただし、一つ言えることがあります。マーカスは、AcademicMindの問題について、何らかの形で、気づいているはずです。なぜなら、彼は、認知科学の専門家です。自分が開発したシステムの中に、異常なアルゴリズムが組み込まれていれば、専門家として、それに気づかないはずがない」


「つまり、気づいていながら、それを見過ごしているか、あるいは、気づいていながら、どうすることもできないでいる、ということですか」


「その二つのどちらかだと思います」


「では、どちらかを確認するために、接触する必要があります」


「その通りです。ただし、一つ問題があります」


「何ですか」


「マーカスへの接触は、CogniCorpの法務チームを刺激する可能性があります。彼らは、このような接触に対して、法的な手段で対応することが、多いのです」


「それは、橘の時と似ていますね」


「そうです。だから、接触の方法を、慎重に選ぶ必要があります」


智也は、しばらく考えた後、以下のような提案をした。


「マーカスの研究者としての側面に、直接、訴える手紙を送ります。CogniCorpへの公式な接触ではなく、彼個人の、研究者としてのアイデンティティに、訴える形で。学術的な対話の申し入れとして」


「その方法なら、法的なリスクが低い。そして、もし、マーカスが本当に研究者としての良心を持っているなら、応じる可能性がある」


「橘の時も、書籍が動機のきっかけになりました。今回は、学術的な対話の申し入れが、そのきっかけになるかもしれません」


サラは、その提案を、支持した。


「では、私とあなたの連名で、手紙を書きましょう。認知科学者と推理者、両方の視点から書かれた手紙は、マーカスに、より強く訴えるかもしれません」


その日の午後、二人は、手紙の草案を作成した。


内容は、以下のようなものだった。


**「マーカス・ウェン博士へ。私たちは、あなたの博士論文のテーマ、『認知的自律性の保護』に、深く共感する者たちです。あなたが、その研究を通じて目指していた世界、つまり、人々が外部からの操作に抵抗し、自分自身の思考を守ることができる世界は、私たちも、心から望んでいます。しかし、私たちは、現在、AcademicMindのシステムが、そのあなたの理想と、根本的に矛盾している可能性を示す、複数の技術的な証拠を、持っています。この証拠について、学術的な観点から、直接、対話したいと思います。あなたが、研究者として、この問題に向き合っていただけることを、願っています。サラ・チェン(スタンフォード大学)、千葉智也(国際民主主義保護条約監視委員会)」**


手紙を送信した後、智也は、研究室の窓から、キャンパスを見下ろした。


複数の学生が、ベンチで議論していた。


複数の研究者が、資料を手に、急ぎ足で歩いていた。


その普通の学術的な日常が、AcademicMindという見えない影響を、受けているかもしれない。


その事実の重さを、智也は、改めて感じた。


だが、同時に、この問題に、世界中から集まった研究者たちが、向き合っているという事実が、智也に、力強い希望をもたらした。


一人では、解けない謎も、世界中の仲間と共に向き合えば、必ず、答えに近づける。


それが、この旅を通じて、智也が学んだ、最も根本的な真実だった。


ノートに、智也は書いた。


**「シグマ・ファンデーションという、より深い層の存在が明かされた。アレクサンダーの計画は、私たちが思っていた以上に、長期的で、周到なものだった。しかし、それを追跡できる仲間が、世界中にいる。一人の高校生が、図書館の奥の席から始めた旅は、今、世界規模の調査チームの中に、位置づけられている。」**


**「マーカス・ウェンへの手紙を送った。彼が応じるかどうかは、分からない。だが、対話を試みることは、常に、推理者の義務だ。人間を信頼すること。それが、あらゆる状況において、私の選ぶ方法だ。」**


スタンフォードの夜は、静かだった。


だが、その静けさの中で、第八章の推理は、着実に、その核心へと向かっていた。


---

第8章 第3話「AcademicMindの真実」完


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