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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第6章

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第6章 第7話:新たな旅の準備


あらすじ:大学入学まで、残り二週間となった。智也は、監視委員会のガイドライン草案の作成、大学入学の準備、そして、美優との二冊目の書籍の構想、という三つの課題に、同時に向き合っている。そんな中、進藤刑事から、引退前の最後の報告が届く。そして、田島由美から、新たな進路の報告が来る。第六章の最後に向けて、複数の人物が、それぞれの新たな旅へと、出発しようとしていた。


---


四月に入った。


東京の桜は、散り始めていた。


智也の大学入学まで、あと二週間だった。


この二週間は、智也にとって、人生の中で最も忙しい時期の一つだった。


三つの課題が、同時進行していたからだ。


一つ目は、監視委員会のガイドライン草案の作成。


第二次会議で委任を受けたこの作業は、複数の国の代表者との、メールでの協議を経ながら、進められていた。


「透明性・同意・可逆性」という三原則を、具体的な規制として、どのように実装するか。


その具体化が、想像以上に、複雑だった。


例えば、「透明性の原則」を実装する場合、どのような開示が、十分な開示とみなされるか。


「あなたのデータを使って、気分を良くします」という開示だけで、十分なのか。


それとも、具体的な手法の開示が必要なのか。


「同意の原則」については、一度同意すれば、それで終わりなのか。


それとも、定期的な同意の更新が、必要なのか。


「可逆性の原則」については、離脱のしやすさの基準を、どのように定めるか。


それらの問いに対して、各国の代表者たちは、様々な意見を持っていた。


智也は、それらの意見を整理しながら、最も多くの人が受け入れられる、バランスの取れた草案を、作成しようとしていた。


その作業は、推理と本質的に同じだった。


複数の意見の共通点を見つけ、矛盾を解消し、全体として一貫した結論を導く。


二つ目の課題は、大学入学の準備だ。


教科書の購入、キャンパスの確認、履修登録の準備。


普通の大学入学生と同じ、日常的な準備だ。


智也は、その普通の準備を、意外なほど、楽しんでいた。


これほど普通のことを、普通に楽しめる自分が、少し不思議だった。


三つ目の課題は、美優との二冊目の書籍の構想だ。


「支配と自由の本質:推理者が見た、現代民主主義の課題」


というタイトルが、暫定的に決まっていた。


第一章では、事件の記録を書いた。


だが、二冊目では、その事件から学んだこと、つまり、人間が他者を支配しようとする本質的な理由と、それに対抗する方法を、論じようとしていた。


「書籍の構成について、考えてきたんだけど」


美優が、ある午後、図書館に来て、智也に言った。


「どのような構成ですか」


「第一部:支配の本質。なぜ、人は他者を支配しようとするのか。アレクサンダー、田中、橘、エリックの事例を通じて。第二部:自由の本質。自律的な判断とは何か。情報と感情の関係について。第三部:共存の可能性。支配なしに、不確実性と共存するための方法。信頼と推理の役割について」


「素晴らしい構成ですね。ただし、第三部が最も難しい部分だと思います」


「なぜ?」


「第一部と第二部は、過去の事例を分析する作業です。ただし、第三部は、まだ実現していない、未来の可能性を論じる作業です。確実な答えはない」


「そうね。でも、確実な答えがなくても、方向性を示すことはできる。それが、ジャーナリストと推理者の役割でしょ」


「はい。その通りです」


その会話が、書籍の核心部分を、より明確にしてくれた。


その週の木曜日、進藤刑事から、特別な連絡があった。


「千葉君、少し時間はあるか」


「はい。どうぞ」


「実は、来月末で、警察を退職することにした」


その言葉は、智也を、驚かせた。


「なぜですか」


「定年まで、まだ数年あるが、区切りとして、退職することにした。この事件が、一つの完結を迎えた今が、適切なタイミングだと思っている」


「退職後は、どうされるのですか」


「複数の大学から、講師の依頼を受けている。警察での経験と、この事件での知見を、次の世代に伝えることが、自分の残りの使命だと感じている」


「それは、素晴らしいことですね」


「ただし、一つ、頼みがある」


「何ですか」


「私が講師を務める大学で、特別講義をしてもらえないか。推理者として、この事件から学んだことを、学生たちに、直接伝えてほしい」


その依頼は、智也に、強い緊張と、同時に、意欲をもたらした。


「人前で話すことは、まだ、苦手です。ただし、それが必要なことであれば、引き受けます」


「ありがとう。君が変わったことを、改めて、実感した」


「進藤さんが、最初に警察署の扉を開く勇気を、与えてくれたからです」


「そんな大袈裟な」


「本当のことです。あの夜、進藤さんが、僕の推理を、真剣に聞いてくれた。それが、全ての始まりだったと思っています」


電話の向こうで、進藤刑事が、少し笑った気配があった。


「では、特別講義、楽しみにしている」


その翌日、田島由美から、メッセージが届いた。


「千葉さん、ご報告があります。私、心理学部への進学を決めました」


「心理学部ですか。どのような理由ですか」


「この事件を経験して、人間の感情と行動の関係について、もっと深く学びたいと思いました。将来は、AIによる感情操作の問題に、心理学の観点から取り組みたいと思っています」


その報告は、智也に、深い喜びをもたらした。


かつてのゲームの被害者が、その経験を、新たな学びへの動機に変えた。


「素晴らしいですね。田島さんの経験と視点は、その分野で、必ず、重要な貢献をもたらすと思います」


「千葉さんにそう言っていただけて、嬉しいです。あと、一つお願いがあります」


「何ですか」


「将来、監視委員会の活動に、心理学の専門家として、関わることはできますか」


「もちろんです。田島さんのような、直接の経験を持つ専門家は、委員会にとって、非常に重要な存在になります」


「ありがとうございます。では、数年後、また、一緒に仕事ができることを、楽しみにしています」


その会話が終わった後、智也は、複数の人物が、それぞれの新たな旅へと、出発しようとしていることを、実感した。


進藤刑事:大学講師へ。

田島由美:心理学部へ。

美優:メディアでのフルタイムのジャーナリストへ。

村上准教授:新たな研究への。

黒川誠一郎:協力供述の功績を認められ、新たな活動へ。

河合信也:学術倫理改革の推進者へ。


そして、智也:大学の法情報学部へ。


それぞれの旅が、この長い物語の中で、繋がっていた。


その夜、智也は、推理ノートを開いた。


新しいページに、以下を書き始めた。


**「この旅を通じて出会った人々が、それぞれの新たな旅へと出発している。全員が、この事件を通じて、変わった。だが、全員が、かつての自分の本質を保ちながら、変わった。それが、人間の成長の本質かもしれない。変わることと、変わらないことの、バランス。」**


**「私は、明後日、大学に入学する。新たな場所で、新たな人と出会い、新たな推理を始める。だが、推理者であることは、変わらない。美優と共に進むことも、変わらない。信頼の力を信じることも、変わらない。」**


その言葉を書き終えた時、窓の外に、春の夜空が広がっていた。


星が、いくつか、見えた。


智也は、その星を見上げながら、思った。


田中陸斗の死から、始まった旅。


その旅は、まもなく、一つの大きな区切りを迎える。


だが、旅そのものは、終わらない。


なぜなら、世界には、まだ、解明されていない謎が、無数にあるからだ。


そして、その謎の一つ一つに、必ず、真実がある。


その真実を、明かすことが、推理者の役割だ。


その役割を、これからも、果たし続ける。


それが、千葉智也の、誓いだった。


---

第6章 第7話「新たな旅の準備」完


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