第3章 第4話:データの行方
あらすじ:田中隆太郎の組織からシャドウ・ネットワークへのデータ移送の追跡が始まる。複数の金融記録と通信記録の分析により、データが逮捕直前に、特定のルートで移送されていたことが判明する。同時に、そのデータを受け取った組織の内部に、意外な人物が関わっていたことが明らかになる。智也は、人間の心理の複雑さと、陰謀の深さを、改めて認識する。
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その週の月曜日から、調査チームは、田中隆太郎の組織からシャドウ・ネットワークへのデータ移送の追跡を、本格化させた。
村上准教授の技術チームは、複数の金融記録と通信記録を、徹底的に分析し始めた。
その作業は、極めて地道なものだった。
複数のサーバーログ、複数の暗号化された通信記録、複数の匿名の金融取引。
それらの記録の中から、特定のパターンを見つけ出す作業だ。
最初の成果が出たのは、三日後だった。
「発見しました」
村上は、智也に報告した。
「田中隆太郎の逮捕の四十八時間前に、特定のデータが、外部のサーバーへ転送された記録があります」
「その転送先は、どこですか」
「複数のルートを経由しているため、最終的な転送先の特定は難しいのですが、最初の転送先は、**スイスの金融機関に関連するサーバー**だと推測されます」
「スイス。つまり、ヨーロッパですね」
「そうです。先ほどの分析で、シャドウ・ネットワークの拠点が西ヨーロッパか中央ヨーロッパである可能性が高いと述べましたが、スイスは、中央ヨーロッパに位置します」
智也は、その情報を頭の中で整理した。
スイス。中央ヨーロッパ。金融機関。
その組み合わせが、一つの像を形成し始めた。
「スイスの金融機関は、秘密保持が極めて厳格です。つまり、シャドウ・ネットワークは、その秘密保持を利用して、資金と情報を管理しているのかもしれません」
「その通りです。スイスの金融機関を経由することで、資金の流れを追跡することが、極めて困難になります」
「ですが、資金の流れだけでなく、データの流れも、同様のルートを経由している可能性がありますね」
「その可能性が高いです」
智也は、新たな推理を立てた。
田中隆太郎の逮捕前の四十八時間。
それは、極めて重要な時間帯だ。
その時間帯に、データが転送されたということは、田中は、逮捕を予測していたのかもしれない。
あるいは、誰かが、田中に、逮捕が迫っていることを、事前に伝えていたのかもしれない。
「田中隆太郎が逮捕を予知できたのは、なぜだと思いますか」
村上は、少し考えた後、答えた。
「警察内部に、シャドウ・ネットワークの関係者がいたのかもしれません。その関係者が、田中に、逮捕の情報を事前に伝えたのかもしれません」
「つまり、警察内部の腐敗が、まだ続いているということですか」
「その可能性があります。警察庁内部の複数の関係者は、逮捕されました。ですが、全員が逮捕されたとは、限りません」
その推測は、智也に、深い不安をもたらした。
進藤刑事は、信頼できる。
だが、進藤刑事以外の警察内部に、まだ、関係者が潜んでいる可能性があるのだ。
その日の夕方、進藤刑事に、その推測を伝えた。
進藤刑事は、その話を聞いて、深く頷いた。
「実は、私も、同じ懸念を持っていた」
「どのような懸念ですか」
「田中の逮捕直前に、複数の重要書類が、警察内部から消えていた。その書類は、田中の指示系統を示すものだった」
「それは、警察内部の誰かが、意図的に隠したということですか」
「その可能性が高い。だが、証拠がない」
智也は、その情報を頭の中で整理した。
警察内部の関係者が、田中に逮捕の情報を伝え、同時に、重要書類を隠した。
それにより、田中は、逮捕前にデータを移送することができた。
そして、そのデータは、スイスを経由して、シャドウ・ネットワークへと届いた。
「その警察内部の関係者を特定するために、何かできることはありますか」
進藤刑事は、しばらく沈黙した後、答えた。
「ある。だが、極めて危険な方法だ」
「どのような方法ですか」
「**わざと偽の情報を流す**のだ。特定の偽情報を、複数の警察関係者にだけ伝える。そして、その偽情報が、外部に漏れた場合、どのルートで漏れたかを追跡することで、情報源を特定できる」
智也は、その方法の有効性を認めた。
だが、同時に、リスクも感じた。
「その方法は、有効ですが、もし、複数の関係者がいた場合、特定が難しくなります」
「その通り。だが、他に方法がない」
「わかりました。その方法を試みてください。ただし、くれぐれも、安全には注意してください」
その夜、美優から、新たな情報が届いた。
「データの転送ルートについて、新たな発見があった」
「何ですか」
「スイスを経由したデータは、さらに、複数のルートで分散されていたらしい。そして、その分散されたデータの一部が、**複数の大学の研究機関に送られていた**という情報がある」
「大学の研究機関?それは、どのような研究機関ですか」
「AIの研究を行っている機関だ。特に、**人間の行動予測に関する研究**を行っている機関が、複数含まれているらしい」
その情報は、智也に、新たな推理を促した。
シャドウ・ネットワークは、単に民意を操作するだけでなく、**より高度なAIシステムを開発するために、大学の研究機関を利用している**のかもしれない。
「その大学の研究機関は、どの国にありますか」
「複数の国だけど、特に、**イギリス、ドイツ、スイス、アメリカの複数の大学**が含まれているらしい」
「それらの大学は、シャドウ・ネットワークの存在を知っているのですか」
「おそらく、知らない。データは、正規の研究データとして、提供されているらしい。研究機関側は、そのデータが、複数の学園から不正に収集されたものだとは、知らないのかもしれない」
智也は、その複雑な構造に、改めて驚かされた。
シャドウ・ネットワークは、不正なデータを、正規の研究データとして偽装し、複数の大学の研究機関に提供している。
その研究機関は、提供されたデータを基に、AIシステムの研究を進める。
そして、その研究結果を、シャドウ・ネットワークが利用する。
つまり、**複数の大学が、知らないうちに、シャドウ・ネットワークの研究開発に協力している**のだ。
翌日、調査チームの会議で、智也は、その推理を発表した。
「複数の大学の研究機関が、シャドウ・ネットワークのAIシステム開発に、意図せず協力している可能性があります」
「では、その大学に警告を発するべきですか」
一人の調査チームのメンバーが、そう質問した。
智也は、少し考えた後、答えた。
「警告を発することは、有効ですが、同時に、シャドウ・ネットワークに、私たちの調査が進んでいることを、知らせることにもなります」
「では、まず、証拠を集めることを優先すべきですか」
「その通りです。まず、どの大学が、どのようなデータを受け取っているのかを、特定する必要があります。そして、その証拠を固めてから、複数の大学に警告を発し、同時に、シャドウ・ネットワークへの捜査を本格化させるべきです」
その方針が、調査チームの方向性として、採択された。
その週の後半、村上から、さらに重要な発見の報告があった。
「データの転送ルートを、さらに詳しく分析したところ、興味深い事実が判明しました」
「何ですか」
「データの転送に使用されたサーバーの一つが、**日本国内に存在している**ことが判明しました」
「日本国内?」
「そうです。そのサーバーは、**東京都内のある企業に属している**ことが分かりました」
「その企業は、どのような企業ですか」
「表向きは、ITコンサルティング企業ですが、実際には、複数の情報機関と関係を持っているという情報があります」
その情報は、智也に、新たな衝撃をもたらした。
シャドウ・ネットワークは、日本国内にも、拠点を持っているのだ。
つまり、田中隆太郎の逮捕後も、日本国内での活動が継続されている可能性があるのだ。
「その企業の名前は、何ですか」
「**株式会社テクノ・ブリッジ**です」
智也は、その名前を、頭の中に刻み込んだ。
「その企業の代表者は、誰ですか」
「代表取締役は、**黒川誠一郎**という人物です。六十代の男性で、複数の政府の委員会の委員を務めた経歴があります」
その情報から、智也は、新たな推理を立てた。
黒川誠一郎。複数の政府の委員会の委員。
つまり、彼は、政府内部へのアクセスを持つ人物だ。
そして、そのアクセスを利用して、警察内部への情報伝達を可能にしたのではないか。
「黒川誠一郎が、警察内部の関係者に、田中隆太郎の逮捕情報を伝えた可能性があります」
「その可能性は、高いと思われます」
村上は、頷いた。
「では、黒川誠一郎と、株式会社テクノ・ブリッジの監視を、強化する必要があります」
「既に、そのための準備を進めています」
その夜、智也は、学園の図書館で、複数の情報を整理していた。
ノートには、以下の関係図が、描かれていた。
**シャドウ・ネットワーク(本部:西ヨーロッパ)**
↓
**スイスの金融機関(資金・情報の中継)**
↓
**株式会社テクノ・ブリッジ(日本国内の拠点)**
↓
**黒川誠一郎(政府へのアクセス)**
↓
**警察内部の関係者(情報漏洩)**
↓
**田中隆太郎(逮捕前のデータ移送)**
その関係図は、複雑だが、明確な構造を持っていた。
シャドウ・ネットワークは、複数の中間組織を利用して、自分たちの実態を隠蔽していたのだ。
だが、その構造が明かされた今、次の行動は、一つだけだ。
**黒川誠一郎と株式会社テクノ・ブリッジの実態を、完全に暴露すること。**
それが、シャドウ・ネットワークへの最初の、本格的な打撃になるのだ。
智也は、ノートを閉じ、窓の外を見た。
学園は静かだった。
だが、その静けさの中に、新たな嵐の予兆が潜んでいた。
第三章は、まだ、始まったばかりなのだ。
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第3章 第4話「データの行方」完




