第18章 第3話:正解を求める社会の中で
あらすじ:二月。佐藤医師、田村先生、松本調査官との連携が深まる中、村上准教授が一つの重要な問いを立てる。「正解を求める圧力」はなぜ強くなっているのか。それは、デジタル環境のせいだけではないかもしれない、という問いだ。その問いをきっかけに、智也は、この旅の最初から底流に流れていた問いと、改めて向き合う。不確実性への恐怖。答えのない状態に耐えられなくなっていく社会。その恐怖が、引っかかりを持つことを孤独な行為にしている。一方、長谷川が、大学院の研究で新たな発見をもたらした。問いを持つことへの不安と、問いを持つことへの喜びは、同じ人間の中に共存している。その共存をどう扱うかが、問いの生態系の鍵を握っているかもしれない。
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二月の第一週。
東京は、冬の最も寒い時期を迎えていた。
朝の空気が、刃物のように冷たかった。
しかし、その冷たさが、思考を澄ませてくれる感覚があった。
智也は、区立図書館の窓際の席で、村上准教授からの長いメッセージを読んでいた。
前夜に届いていたが、長くて丁寧な内容だったので、今朝、改めて読み直していた。
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「千葉さん、三人との対話の内容を、昨日共有してもらいました。正解を求める圧力が引っかかりを潰す、という構造が、医療も福祉も司法も貫いているという観察、重要です。しかし、私はそこから、もう一歩踏み込んだ問いを立てたいと思っています。
なぜ、正解を求める圧力は強くなっているのか。
デジタル環境が正解を提供しやすくしているというのは、一つの答えです。しかし、デジタル環境は原因ではなく、結果かもしれない。正解を求める人間の欲求が強くなっているから、正解を提供するデジタル環境が発展した、という順序もありえます。
つまり、正解を求める圧力は、デジタル環境の産物ではなく、人間の中にある何かが源泉かもしれない。
その何かとは何か。
私は、不確実性への恐怖ではないかと考えています。
答えが分からない状態、引っかかりが言語化されていない状態、問いを持って立ち止まっている状態。そのような不確実な状態への恐怖が、人間の中で強まっているとすれば、正解を求める圧力は、その恐怖の産物だということになります。
そして、不確実性への恐怖が強まっているとすれば、その原因は何か。
社会が複雑になり、変化が速くなり、予測できないことが増えていること。その中で、少なくともこれだけは確かだという正解を求めることが、心理的な安定をもたらすからかもしれない。
この問いを、長谷川さんの研究と接続できないかと思っています。
認知的拡張の研究の中で、問いを持つことへの不安という側面を、測定することは可能でしょうか。問いを持つことへの喜びと、問いを持つことへの不安は、どのように共存しているのか。その共存の構造を理解することが、問いの生態系を守るための実践的な示唆を与えるかもしれません」
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智也は、そのメッセージを読み終えて、長い時間、ノートを前に考えた。
不確実性への恐怖。
その言葉が、この旅の最初から続いている底流の一つに触れていた。
田中陸斗は、分かり合えないことへの恐怖を持っていた。
エドワードは、人間が誤った判断をすることへの恐怖を持っていた。
デイビッドは、認知の多様性が社会を混乱させることへの恐怖を持っていた。
西川は、子供が答えを見つけられないことへの恐怖を持っていた。
それぞれが、不確実性への恐怖から、何らかの形で正解を渡そうとしていた。
その恐怖が、善意から生まれている場合も多かった。
恐怖から生まれた善意が、引っかかりを奪う結果をもたらした。
「不確実性への恐怖を、どう扱うか。それが、問いの生態系を守るための最も根本的な問いかもしれない」
智也は、その言葉をノートに書いた。
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その日の午後、長谷川に電話した。
「村上先生からのメッセージを、転送させてもらいます。問いを持つことへの不安と喜びの共存について、研究で扱えるかどうか、聞かせてください」
「少し待ってください。読みます」
しばらくして、長谷川が言った。
「村上先生の問い、重要です。そして、実は、この問いに関連する発見が、最近の研究の中に出てきています」
「どのような発見ですか」
「認知的拡張の研究を続ける中で、一つのパターンが見えてきました。問いを持つことへの喜びを強く感じている子供と、問いを持つことへの不安を強く感じている子供は、別々の子供ではないということです」
「どういう意味ですか」
「同じ子供の中に、問いを持つことへの喜びと不安が、共存しているんです。そして、その共存の比率が、環境によって変わる」
「引っかかりを受け取ってもらえる環境では、喜びが強くなる」
「そうです。逆に、引っかかりを笑われたり、答えられなかったことを批判されたりする環境では、不安が強くなる。問いを持つことへの感情は、一方向ではなく、両方が同時にある。その両方をどう扱うかが、問いの生態系の鍵を握っています」
「不安を消すことが目的ではなく、不安の中でも問いを持ち続けられるようにすることが目的だということですか」
「そうです。不安を感じないようにするためではなく、不安を感じながらも問いを持つことを楽しめるようにすること。その能力を育てることが、問いの生態系を豊かにする」
「その能力を、何と呼びますか」
「私が研究の中で使い始めている言葉では、認知的な勇気、と呼んでいます。答えが分からない状態に耐えながら、それでも問い続けることができる能力。その勇気を育てることが、問いの生態系を守るための最も根本的な実践かもしれない」
「認知的な勇気」
「そうです。村上先生の言う、不確実性への恐怖を克服するのではなく、恐怖を感じながらも前に進む能力です。それが、問いの生態系を支える」
「篠原先生の子供が、分からない、でも考えるのが楽しい、と書いた言葉と、繋がりますね」
「まさにです。分からないという不安と、考えるという喜びが、同時にある。その両方を感じながら、進み続ける。それが、認知的な勇気の姿です」
「その概念を、研究として論文にできますか」
「山田教授と相談していますが、可能だと思っています。認知的な勇気の発達と、デジタル学習支援環境の影響の関係を、測定することが、次の研究の課題になりそうです」
「それが、第十八章の研究の核心になるかもしれません」
「そうなると思います。不確実性への恐怖を強めるか、認知的な勇気を育てるかが、問いの生態系の分岐点だ、という主張ができるかもしれない」
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翌日の朝、村上准教授に、長谷川との対話の内容を伝えた。
「認知的な勇気という概念が、長谷川さんから出てきました。不確実性への恐怖を克服するのではなく、恐怖を感じながらも問い続ける能力です」
「それは、非常に重要な概念だと思います。そして、その概念は、教育だけでなく、佐藤医師が話していた医療の現場にも、田村先生の特別支援教育にも、松本調査官の司法の現場にも、当てはまります」
「どういうことですか」
「医師が、患者の引っかかりを受け取ることには、不確実性への耐性が必要です。患者の言葉が指す病気が、すぐには分からない状態に耐えること。それが、医師にとっての認知的な勇気かもしれない。特別支援教育の教師も、子供の引っかかりを言語化するプロセスが、どこに辿り着くか分からない状態に耐えること。調査官も、当事者の引っかかりが、最終的にどんな答えに繋がるか分からない状態に耐えること。それぞれの現場で、認知的な勇気が必要とされている」
「正解を求める圧力は、その勇気の欠如から来ているかもしれない」
「そうです。不確実性への恐怖が強いほど、正解を急いで渡すことで、不確実性を終わらせようとする。しかし、正解を急いで渡すことで、引っかかりが奪われる。この逆説の中に、問いの生態系の問題の核心がある」
「では、認知的な勇気を育てることが、問いの生態系を守るための根本的な実践だということになりますね」
「そうです。そして、その勇気は、教える人間の側にも必要です。教師が、医師が、調査官が、引っかかりを受け取りながら、答えをすぐに渡さない勇気を持つこと。その勇気を持った大人が、子供の、患者の、当事者の問いの生態系を守る」
「大人の認知的な勇気が、子供の認知的な勇気を育てる」
「その連鎖が、問いの生態系の正しい形かもしれません」
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その週の後半、佐藤医師に、この議論の内容を伝えた。
「認知的な勇気という概念が出てきました。不確実性への恐怖を感じながらも、引っかかりを持ち続ける能力です。医療の現場では、医師と患者の両方に、この勇気が必要かもしれません」
佐藤医師は、その言葉を聞いて、しばらく沈黙した後、こう言った。
「患者さんだけでなく、医師にも、ですね。患者さんの引っかかりを受け取りながら、答えが見えない状態に耐えること。それが、良い診察の条件の一つかもしれない。しかし、医師は、答えを持っているべきだという文化的な圧力がある。分からない、と言うことが、専門家としての失敗のように感じられる場面がある」
「医師自身が、不確実性への恐怖を感じている」
「そうです。だから、答えを急いで渡してしまうことがある。患者さんのためだけでなく、自分自身の不確実性の不快感を解消するために。その動機に、長年、気づいていなかった」
「その正直な告白が、重要だと思います」
「自分の不確実性への恐怖が、患者さんの引っかかりを奪っていた可能性がある。その認識は、医師教育に反映されるべきかもしれない。自分自身の認知的な勇気を育てることが、医師としての最も根本的な訓練の一つかもしれない」
「そのような訓練が、医学教育に入っていますか」
「ほとんど入っていません。医学教育は、知識と技術の習得が中心です。不確実な状態に耐える感情的な訓練は、ほぼない。それが、変わるべきかもしれない」
「その問いを、研究として示すことに、協力していただけますか」
「協力します。この問いは、私自身の問いでもあるから」
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田村先生と松本調査官にも、同様の内容を伝えた。
田村先生からは、こんな返信が届いた。
「知的障害のある子供たちに、認知的な勇気を育てることは、特別支援教育の中で最も大切なことの一つだと思っています。分からなくて当然、という安心感を与えながら、それでも探ろうとする意欲を育てること。その二つを同時に行うことが、難しいが必要なことです。あなたの言葉で、その難しさの構造が、より明確になりました」
松本調査官からは。
「当事者の方に認知的な勇気を育てることが、調査官としての仕事だという認識は、新しいものでした。でも、考えてみれば、引っかかりを言語化するプロセスを支援することは、まさに、その不確実な状態に耐えることを支援することです。その視点から自分の仕事を見直すと、より丁寧に関わることができる気がします」
三人の声が、認知的な勇気という概念を、それぞれの現場に根付かせ始めていた。
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二月の末、智也は、今月の整理をノートに書いた。
**「二月の整理。正解を求める圧力の源泉を探る旅だった。」**
**「村上先生の問い。正解を求める圧力は、デジタル環境の産物ではなく、不確実性への恐怖が源泉かもしれない。不確実な状態への恐怖が、正解を急いで渡すことを促す。その結果、引っかかりが奪われる。」**
**「長谷川の発見。問いを持つことへの喜びと不安は、同じ人間の中に共存している。その共存を、どう扱うかが、問いの生態系の鍵を握る。認知的な勇気という概念が生まれた。不確実性を感じながらも問い続ける能力。」**
**「三人の現場での確認。認知的な勇気は、子供にも、医師にも、教師にも、調査官にも必要だ。引っかかりを受け取る側の大人が、不確実性への恐怖と向き合うことが、問いの生態系を守る大人の側の課題だ。」**
**「この旅の底流に流れていた問いと、また繋がった。不確実性への恐怖が、人を孤立させる。問いを持つことが、孤独な行為になる。しかし、認知的な勇気を育てることで、その孤独は和らげられる可能性がある。」**
**「田中陸斗さんが持っていたのも、認知的な勇気だったかもしれない。分からないことを、ノートに書き続けた。その行為に、勇気があった。その勇気が、この旅を生んだ。」**
ノートを閉じた。
二月の夜が、静かに深まっていた。
冬の最後の寒さが、窓を透かして感じられた。
しかし、その寒さの向こうに、春の予感が、かすかにあった。
問いも、そうだった。
最も難しい問いに向き合っている時が、次の理解への入り口に最も近い時かもしれない。
不確実性への恐怖と向き合うことが、認知的な勇気を生む。
その勇気が、問いの生態系を支える。
その生態系が、次の問いを生む。
その循環が、この旅を前に向かわせ続けていた。
推理者の旅は、今日も続いていた。
一歩一歩、丁寧に。
信頼できる仲間と共に。
そして、次の問いへと向かって。
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第18章 第3話「正解を求める社会の中で」完




