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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第9章

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第18章 第2話:引っかかりの現場


あらすじ:一月。年が明けて、智也は佐藤誠一医師、田村和子先生、松本律子調査官の三人と、それぞれ対話を重ね始める。医療の現場では、症状の自己検索が患者の引っかかりを先に形成し、医師との本来の対話を変えていた。特別支援教育の現場では、問いを受け取る環境を作ることが、子供の尊厳を守ることだという確信が語られた。そして家庭裁判所の現場では、専門家への答えの依存が、当事者自身の引っかかりの言語化を阻んでいるという観察があった。三つの現場を横断して見えてきたのは、一つの共通する構造だった。「正解を求める圧力」が、あらゆる場所で引っかかりを潰している。その構造への問いが、第十八章の核心として浮かび上がってくる。


---


一月の第二週。


正月の静けさが、街から徐々に消えていた。


智也は、新しい年の最初の対話に向けて、準備をしていた。


佐藤誠一医師との対話が、今日の午後に予定されていた。


場所は、佐藤医師が勤務する都内の総合病院の近くの喫茶店だった。


医師との対話は、これまでの旅で経験したことがなかった。


どのような問いを持った人物なのか、直接会って確かめることが、今日の目的だった。


---


午後二時、智也は喫茶店に入った。


佐藤誠一は、すでに席についていた。


四十代半ばと思われる男性だった。


白衣ではなく、落ち着いた色のジャケットを着ていた。


しかし、その目には、医師としての鋭い観察力が感じられた。


「千葉智也さんですか。お会いできて光栄です」


「こちらこそ、連絡をいただいてありがとうございます。先生の現場での観察を、ぜひ聞かせていただきたいと思っていました」


「先生という呼び方は、少し堅苦しいですね。佐藤と呼んでください」


「では、佐藤さんと」


コーヒーを頼んでから、佐藤は、少し考えてから話し始めた。


「書籍を読んで、頭の中で何かが繋がりました。長年感じていたことに、言葉が与えられた感覚がありました」


「どんなことを感じていたのですか」


「患者さんとの対話が、変わってきている、ということです。変化自体は、十年くらい前から感じていました。しかし、なぜ変わっているのかが、はっきりしなかった」


「どのように変わっていたのですか」


佐藤は、少し間を置いてから、具体的に話し始めた。


「以前の患者さんは、症状を、自分の言葉で話してくれることが多かった。なんか、ここが重い感じがして。食後に、なんともいえない不快感があって。そういう、言葉にしきれない引っかかりを持って来てくれた。その引っかかりを、一緒に言語化していくプロセスが、診察でした」


「それが変わった」


「そうです。最近は、診察室に入ってくる前に、症状を検索して来る患者さんが増えました。『ネットで調べたら、胆石かもしれないと書いてあったんですが』という形で来る。最初から、答えを持って来る」


「それは、何が問題なのですか。患者さんが情報を持って来ることは、良いことにも思えます」


佐藤は、頷いた。


「そう思います。情報を持って来ること自体は、悪いことではない。しかし、問題は、検索した答えが、その人自身の引っかかりを上書きしてしまうことです」


「どういう意味ですか」


「例えば、ある患者さんが来ました。主訴は、食後の不快感でした。しかし、彼は最初から、逆流性食道炎だと確信していた。ネットでそう書いてあったからです。私が詳しく話を聞いていくと、実際には、ストレスによる過敏性腸症候群の特徴が多かった。しかし、彼は逆流性食道炎の答えを持って来ていたので、私がそれ以外の可能性を示すと、抵抗がありました。自分で調べた答えと違う、という抵抗です」


「患者さんが、自分の引っかかりよりも、検索した答えを信じていた」


「そうです。検索する前の彼が感じていた引っかかり、なんか食後に変だという感覚は、実は重要な手がかりでした。その引っかかりを丁寧に言語化すれば、過敏性腸症候群に繋がる情報が出てきたはずです。しかし、検索した答えが、その引っかかりを封じてしまった」


「正解を先に渡されることで、引っかかりが失われる」


「まさに。そして、もう一つ、深刻な問題があります」


「何ですか」


「引っかかりを言語化するという行為は、患者さんが自分の身体と向き合うプロセスです。そのプロセスを経ることで、患者さんは、自分の身体への問いを持てるようになる。しかし、検索で答えが先に来れば、そのプロセスが生まれない。患者さんは、自分の身体について問いを持つ習慣が育たないまま、答えだけを求め続けることになる」


「問いを持つ習慣が育たない」


「そうです。それが、長期的には、健康管理への主体性の喪失に繋がる可能性があります。自分の身体への問いを持てない人は、医師や専門家に全てを委ねることになる。それは、一見便利なようで、実は、その人の健康にとって、危険なことかもしれない」


智也は、その話を聞きながら、教育の現場での問いと、深く重なるものを感じた。


「佐藤さん、一つ確認させてください。患者さんが引っかかりを失うことと、デジタル環境の関係は、どのように見ていますか」


「直接の関係は、まだ証明できていません。しかし、症状検索というデジタルの行為が、引っかかりを上書きすることは、私の臨床経験から感じています。何万という患者さんの症状に、同じラベルを貼ることができる検索サービスは、個人の固有の引っかかりを、一般的な病名に還元してしまう機能を持っている」


「個人の固有の引っかかりが、一般化されてしまう」


「そうです。あなたの書籍の言葉を借りれば、引っかかりが答えに置き換えられてしまう。しかし、医療において最も重要なのは、その人固有の引っかかりを丁寧に言語化することから始めることです」


「では、対策として、何が必要だと思いますか」


佐藤は、少し考えてから答えた。


「二つあります。一つは、患者さんへの教育。検索することは良いが、検索結果を最終答えとして来ないでほしい、ということを伝える。自分の引っかかりを、言葉のメモとして持って来てほしいと、伝えるようにしています」


「そのメモが、診察を変えましたか」


「変わりました。引っかかりのメモを持ってきた患者さんとの対話は、豊かです。なんか最近、朝起きた時に、喉の奥に何か残っている気がして、という言葉から始まる診察は、その人固有の何かに近づける」


「もう一つの対策は」


「医療者側の訓練です。患者さんの引っかかりを受け取ることの重要性を、医師や看護師が学ぶ機会が、まだ少ない。医学教育は、疾患の知識と診断技術に集中しています。しかし、患者さんの言葉を引き出す技術、引っかかりを言語化する支援の技術は、体系的に教えられていない」


「問いを受け取ることの技術が、教えられていない」


「そうです。それは、教育の現場と、全く同じ問題ですね」


その言葉が、対話の核心を突いた。


教師が問いを受け取ることの技術を教えられていないのと、医師が患者の引っかかりを受け取ることの技術を教えられていないのは、同じ構造だった。


---


翌週の水曜日、田村和子先生との対話があった。


田村先生は、特別支援学校で二十年間、知的障害のある子供たちを担当してきた教師だった。


穏やかで、しかし、確固たる信念を持っていることが、最初の言葉から伝わった。


「知的障害のある子供たちは、世界への問いを、とても豊かに持っています。しかし、その問いが受け取られる機会が少ない。それが、ずっと、悔しかった」


「受け取られる機会が少いのは、なぜですか」


「いくつかの理由があります。一つは、彼らの言語化が、定型発達の子供たちと異なる形を取ることが多いからです。言葉ではなく、表情や行動で問いを示す子供がいます。その問いを読み取るには、訓練が必要です」


「その訓練が、十分でない」


「そうです。しかし、もう一つ、より根本的な問題があります。知的障害のある子供への教育は、長い間、できないことを補うという発想で設計されてきました。できることを増やすという目標が中心になると、引っかかりを持つことは、学習の妨げとして扱われることがある」


「問いを持つことが、妨げとして扱われる」


「そうです。なぜ、これはこうなっているの?という問いは、授業の進行を止めることがあります。予定通りに課題を終わらせることが目標の授業では、その問いは邪魔になる。だから、気づかないうちに、問いを持つことを抑制してしまっていることがある」


「それが、問いの生態系を損なう」


「まさに。そして、知的障害のある子供たちは、その抑制に敏感です。問いを持ってはいけないと感じる体験を、繰り返すことで、自分の引っかかりを表現しなくなっていく子供を、何人も見てきました」


「その変化は、どのように現れますか」


田村先生は、少し表情を曇らせた。


「問いかけをしなくなること。そして、提示された選択肢の中から答えを選ぶだけになること。主体的に何かを探ろうとする行動が減ること。それらが、問いの生態系が損なわれたサインだと、私は感じています」


「その逆の変化、つまり問いの生態系が育つサインは、どのような時に現れますか」


田村先生の顔が、柔らかくなった。


「引っかかりを受け取ってもらえた体験を積み重ねると、変わります。どんな形の問いでも、まず受け取ること。答えを渡すより先に、あなたの引っかかりを聞いているということを、伝えること。それが続くと、子供たちが、自分の引っかかりを表現しようとし始めます」


「問いが受け取られることで、問いを持つことが安全になる」


「そうです。そして、もう一つ、大切なことがあります」


「何ですか」


「問いを持つことに、能力の差はありません。言葉で表現できない子供も、表情で、行動で、全身で、問いを持っています。その問いを受け取ることが、私の仕事だと思っています。そして、その問いを受け取った時、その子供は、自分が存在することを肯定された体験をする。引っかかりが受け取られることは、存在を肯定されることだから」


「引っかかりを受け取ることが、存在を肯定することになる」


「そうです。それが、特別支援教育において、問いの生態系を守ることの最も深い意義だと思っています」


---


その週の金曜日、松本律子調査官との対話があった。


松本律子は、三十代後半の女性だった。


しっかりとした言葉を使う人だったが、その中に、現場への深い思いが滲んでいた。


「家庭裁判所調査官の仕事は、離婚や親権、子供への虐待など、家庭の問題に関わる調査をすることです。当事者の話を聞いて、裁判官への報告書を書く。その仕事の中で、引っかかりという概念は、非常に重要です」


「どのような文脈で重要なのですか」


「人間関係の問題には、正解がありません。離婚が良いのか悪いのか、子供をどちらが育てるべきか、そういった問いに、外部の専門家が与えられる正解は存在しない。しかし、当事者の方々は、専門家に正解を求めてきます」


「その期待に、どう対応しますか」


「正解を渡すことは、しません。しかし、当事者の方が自分の引っかかりを言語化する支援をします。あなた自身は、この状況をどう感じていますか。何が引っかかっていますか。そう問い続けることが、私の仕事の核心です」


「その問い続けることが、難しい場面はありますか」


「あります。当事者の方が、専門家に答えを求めてくる時です。先生、どうすれば良いですか、と聞いてくる。その時、答えを渡してしまうことが、その人の引っかかりを封じることになると分かっていても、辛い場面があります」


「なぜ辛いのですか」


「答えを渡すことが、その人を助けることのように見えるからです。苦しんでいる人に、答えを渡さないことは、冷たいことのように感じる場面がある。しかし、答えを渡すことで、その人が自分の引っかかりを持つ機会を奪ってしまうとすれば、それは本当の助けではない」


「短期的な助けと、長期的な助けが、矛盾することがある」


「そうです。そして、デジタル化の進行が、その矛盾を拡大しています。インターネットで検索すれば、離婚のメリットデメリットについて、詳しい情報が出てきます。専門家がオンラインで相談に乗るサービスもある。それらが、答えを求める傾向を強めています。自分の引っかかりを言語化するより、専門家に答えを聞く方が、効率的に見える」


「効率化が、引っかかりを阻害する」


「そうです。効率化は、多くの場合、良いことです。しかし、引っかかりの言語化は、非効率的なプロセスです。答えが出るまでに時間がかかる。迷うことがある。引き返すこともある。そのプロセスが重要なのに、効率化によって省略される」


「そのプロセスを守ることが、司法の現場でも必要だということですね」


「そうです。そして、それが守られないことで、当事者が自分の問いを持てないまま、決定が下される場合がある。その決定が、後から変わることがある。引っかかりを言語化する時間があれば、最初から違う決定になったかもしれない場合が、あります」


---


三人との対話を終えた後、智也は、区立図書館の窓際の席で、得られたものを整理した。


三つの現場に共通していたこと。


それを、一言で表すとすれば。


「正解を求める圧力が、引っかかりを潰している」


医療の現場では、症状の正解を検索することが、患者の引っかかりを上書きする。


特別支援教育の現場では、できることの正解を求めることが、問いを持つことを妨げる。


司法の現場では、専門家の正解を求めることが、当事者の引っかかりの言語化を阻む。


形は違うが、構造は同じだった。


正解を先に渡すことで、引っかかりが失われる。


引っかかりが失われることで、その人固有の問いが生まれなくなる。


その人固有の問いが生まれないことで、その人自身の答えが見つからなくなる。


「正解を求める圧力が、問いの生態系を枯らす」


智也は、その言葉をノートに書いた。


そして、その圧力は、デジタル環境によって増幅されているかもしれない、ということも書いた。


デジタル環境は、正解を素早く提供することが得意だ。


その得意さが、正解を求める人間の傾向を強化する。


強化された傾向が、引っかかりを持つ前に答えを求めることを、当然のことにしていく。


「これが、教育の問題であり、医療の問題であり、福祉の問題であり、司法の問題だ」


智也は、その認識を確認した。


---


その夜、美優に電話して、三人との対話の内容を話した。


美優は、全て聞いた後、少し間を置いてから言った。


「それは、六冊目の書籍の次の問いですね」


「そうかもしれません」


「正解を求める圧力が、引っかかりを潰す。その構造が、教育だけでなく、医療も福祉も司法も、貫いている。七冊目のテーマが、見えてきました」


「早いですね」


「六冊目を書き終えた時から、次の問いが待っているとは感じていました。でも、どんな問いかは分からなかった。今日の話で、見えてきた」


「どんな問いですか」


「正解を求める社会と、引っかかりを持つ個人の、関係についての問いです。社会が正解を求めることを強くする時、個人の引っかかりは、どうなるのか。そして、個人の引っかかりを守ることが、社会にとって何を意味するのか」


「それは、この旅の始まりから続いている問いですね。一人の孤独な子供の引っかかりが、社会を変えることができるか、という問いが、最初にあった」


「そうです。螺旋が、また一周して、より広い場所で、最初の問いに戻ってきた」


「正解を求める社会の中で、引っかかりを守ることは、孤独なことかもしれない。でも、孤独でも問いを持ち続けることが、最終的に社会を変える。田中陸斗さんが、それを証明した」


「その証明を、七冊目に書きます。ただし、まずは六冊目が発売されたばかりです。今は、六冊目が届くことを、信じましょう」


「そうですね。今は、受け取ることの時期ですね」


「村上先生の言葉を、覚えていてくれましたね」


「忘れられません。贈ることと受け取ることが、交互に来る。今は、受け取る時期かもしれない。その言葉が、今夜の対話の全体を照らしています」


「では、受け取りましょう。三人の声を。現場からの問いを。それが、次の旅の土台になる」


---


その夜、智也は最後のノートを書いた。


**「一月の整理。三人との対話が終わった。佐藤医師、田村先生、松本調査官。それぞれの現場から、共通する構造が見えた。」**


**「正解を求める圧力が、引っかかりを潰す。その構造が、医療も福祉も司法も、貫いている。デジタル環境が、正解を求める傾向を強化し、引っかかりの場を奪っている。」**


**「三人が共通して示したこと。引っかかりを受け取ることが、その人の固有性を守ることだ。答えを先に渡すことが、その人固有の問いを奪う。」**


**「美優の言葉。七冊目の問いが見えてきた。正解を求める社会と、引っかかりを持つ個人の関係。その問いが、次の旅になる。」**


**「今は、受け取る時期。三人の声を、現場からの問いを、丁寧に受け取ること。それが、今の私にできる最善だ。」**


**「第十八章は、始まったばかりだ。問いの地平が広がっている。その広がりを、一歩ずつ確認しながら、進んでいく。」**


ノートを閉じた。


一月の夜が、静かに深まっていた。


冬の澄んだ空気が、窓から入ってきた。


その澄んだ空気の中に、新しい問いの予感が漂っていた。


三つの現場から届いた声が、この旅を次の場所へと連れていこうとしていた。


推理者の旅は、今日も続いていた。


一歩一歩、丁寧に。


信頼できる仲間と共に。


そして、次の問いへと向かって。


---

第18章 第2話「引っかかりの現場」完


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