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沈黙の推理者  作者: 最後に残った形
第1章

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第1章 第1話:クラスメイトの転落

あらすじ:高校生・千葉智也は、引っ込み思案で人間不信だが、一人では推理を語ることができる特殊な能力を持つ。ある日、同じ高校の生徒・田中陸斗が駅前のビルから転落死する事件が発生。智也は学園新聞部の鮎川美優と出会い、この事件に隠された謎を追い始める。


---


朝日が差し込む教室の中で、千葉智也は窓の外を眺めていた。他の生徒たちが賑やかに話し声を上げている中、彼はいつもの位置——教室の隅、視線が自分に向かないような場所——に座っていた。スマートフォンをいじるふりをしながら、実は周囲の会話を拾っている。高校二年生になって半年が経つが、彼の日常はずっとこのようなものだった。


「大変だ」


耳に飛び込んできた言葉に、智也の指が止まった。


「昨日さ、佐藤君のクラスの奴が……」


「え、何?」


「飛び降りたらしいよ。駅前のビルから」


智也の心臓が跳ねた。自分の頭の中で、無意識のうちに思考が動き始めていることに気づく。飛び降り。駅前のビル。これは事故か、それとも——


「自殺だって聞いたけど」


「マジで?」


「Yeah, serious」


智也は視線を上げることなく、その会話を全て脳に記録していた。情報の断片。それだけで十分だ。彼は一人の空間があれば、その断片を組み立てて、真実へ辿り着くことができる。しかし今は、その思考を言葉にすることができない。人前では何も話せない。高校生だという理由だけで、何もかも信じてもらえない。そして何より——人間を信じられない自分が、誰かに何かを話すなんて、できるわけがない。


昨年の秋。親友だと思っていた加賀沢。中学の時から一緒にいた奴。その奴に裏切られて以来、智也の中で何かが壊れた。理由は単純だ。友人だと思っていた奴が、自分の秘密を全校生徒に広めたのだ。それ以来、人間不信は深まる一方だった。


チャイムが鳴り、授業が始まった。


数学の授業中も、智也の頭の中は飛び降りのことで占められていた。駅前のビルは何階建て?時間帯は?目撃者はいるのか?そして何より——本当に自殺なのか。


放課後、智也は図書館に向かった。ここが彼の居場所だ。人目につかない、奥の席。ここで彼は本を読むふりをしながら、考える。昼休みに聞いた情報だけでは不十分だ。もっと詳しいニュースはないか。スマートフォンで検索してみる。


『駅前ビル、高校生が転落死』


記事は少なかった。概要だけが書かれている。高校二年生の男性が、駅前のオフィスビルの七階から転落。死亡が確認された。警察は自殺の可能性と事故の可能性の両方を調べているとのこと。


——自殺の可能性と事故の可能性。


この言葉に、智也の思考が反応した。つまり、まだ何も決まっていないということか。ならば、証拠や証言を集めれば、真実は見える。問題は、自分一人では現地に行けないということだ。人前に出ることができない自分が、どうやって情報を集めるのか。


その時、声が聞こえた。


「千葉君、ちょっといい?」


智也は身体が硬直した。図書館の奥まで、わざわざ誰かが来るなんて。ゆっくりと顔を上げると、そこには一人の女生徒が立っていた。黒い髪をサイドで結んだ、どちらかと言えば冷たい印象の顔立ち。高校の学園新聞部に属している鮎川美優だ。


「何ですか」


智也は低い声で返した。できるだけ相手に視線を向けない。


「君、事件に興味ある?」


その一言で、智也の頭の中が警報を鳴らした。どうしてこの女は、自分がさっき飛び降りの話を聞いていたことを知っているのか。不安と疑心が、一瞬で交差した。


「別に」


「嘘だ」


美優は、智也の対面の席に座った。図書館の奥まで来ているため、他の生徒の目には映らない。これは悪くない状況だ。と、智也は考えた。


「昨日の飛び降り事件。僕は学園新聞で記事を書きたいんだけど、情報が少ないんだよ。君、何か知ってる?」


「知りません」


「本当?」


美優の眼差しは鋭かった。彼女の目には、何かが映っているのかもしれない。智也は不安になった。自分の正体がバレるのではないか。いや、正体とは何か。自分は何をしているのか。何もしていないじゃないか。ただ考えているだけだ。


「本当です」


「そっか」


美優は席から立ち上がった。しかし、立ち去る前に彼女は一言付け加えた。


「もし何か思いついたら、教えてくれない?」


彼女はポケットから手帳を取り出し、連絡先を書いた紙を机の上に置いていった。


「返事は、メールでいいから」


そう言い残して、美優は図書館の奥から去っていった。


智也は手帳の欠片を手に取った。そこには『鮎川美優』という名前と、メールアドレスが書かれていた。


彼は心の中で呟いた。——信じるべきか。この女を。


いや、それは違う。情報を与えるべきか、という問題だ。美優は記者だ。ならば彼女は、自分の推理を広める手段になるかもしれない。しかし、それには大きなリスクがある。もし自分の推理が外れたら。もし自分が誰かの疑惑を招いたら。


智也は、その紙をポケットに入れた。


翌日の朝刊には、飛び降り事件についてのニュースが少し増えていた。被害者の名前が明かされていた。田中陸斗。自分と同じ高校の、高校二年生。しかし彼がどのような人物だったのか、記事には何も書かれていなかった。


その日の昼休み、智也は人目につかないようにしながら、高校内の情報を集めた。耳を澄まし、断片的な会話を拾う。


「田中君、自殺するような奴だったかな」


「知らないよ。二年生でも、クラスが違ったし」


「でも、自殺ってことは、何か悩みがあったんだろ」


「そうだね」


その夜、智也は自分の部屋で、集めた情報を整理した。ノートに箇条書きで、知っていることを列挙する。


・田中陸斗、高校二年生

・駅前オフィスビルの七階から転落

・時間帯は夜間(正確な時刻は不明)

・警察は自殺と事故の両方を調べている

・クラスメイトは、彼が自殺するような人物だとは思わないと述べている


最後の一点が、智也の思考を刺激した。自殺するような人物ではない。これは何を意味するのか。二つの可能性がある。一つ目は、本当に事故だった可能性。二つ目は、周囲に自殺の理由を隠していた可能性。


どちらが真実なのか。


それを知るには、もっと詳しい情報が必要だ。事件現場の状況。被害者の日常。そして、もしかしたら被害者が何を考えていたのか——その痕跡。


智也は、メールを打ち始めた。


『鮎川さへ。昨日の件について、何か情報を集めてくれませんか。田中陸斗という二年生が、どのような人物だったのか。何か特別なことがあったのか。それが知りたいです。あと、事件現場の詳しい状況も。警察の発表以上の情報があれば。』


送信ボタンを押す直前に、智也は手を止めた。


——本当にこんなメールを送っていいのか。


彼の心の中で、警告音が鳴り響いていた。この女を信じるべきではない。人間なんて、みんな自分の利益のためにしか動かない。美優だって、スクープのためにこの事件を利用しようとしているに違いない。もし自分が情報を与えれば、その情報は自分の推理と結びつけられるかもしれない。そうなれば、自分の秘密がバレる。


指を退いた。


メールは下書きのままだ。


翌日の朝、智也は学校に向かう際、駅前のビルに立ち寄ることにした。事件現場を自分の目で見たいという欲求が、他の全ての不安を上回っていた。


オフィスビルの前に立つと、彼はそこに何本かのテープが巻かれているのを見た。警察が立ち入り禁止にしているのだろう。人々は普通に往来しているが、智也は建物の外観を観察した。七階。そこから転落したのか。


彼は建物の側面に目をやった。そこには落下した時に付くであろう痕跡がないか、探してみた。しかし、高さの関係で、階数を正確に確認することは難しい。


「何してるんですか」


突然、背後から声がかかった。振り向くと、そこには制服姿の警察官がいた。


智也の心臓は急速に鼓動を速めた。


「いや、何もです」


「このビルは現在調査中です。近づかないでください」


「わかりました」


智也はその場を去った。警察に目撃されるなんて、最悪だ。これ以上ここにいれば、何か言われるかもしれない。彼は足速にその場から離れた。


学校に着いてから、智也は昨晩のメール下書きを見直した。


その時、彼のスマートフォンに通知が来た。


『千葉君へ。了解。情報を集めてみるから、もう少し待ってて。ちなみに、なぜ君はこの事件に興味があるの?』


美優からのメールだ。


彼は返信に手間取った。真実を言うわけにはいかない。適当な理由を作る必要がある。


『単に、疑問に思っただけです。自殺するような人だと周囲は思わないのに、なぜ自殺したのか。その矛盾が気になります。』


返信を送ると、数分後に美優から返信が来た。


『いいね。その視点。僕も同じ考えだ。なら、一緒に調べよう。』


智也は、その一言に困惑した。


一緒に調べる。つまり、美優は自分の正体を知ろうとしているのではなく、本当に一緒に事件を解明したいということなのか。それとも、これは別の意図があるのか。


彼は返信をしなかった。


翌日、美優は学校で智也に声をかけた。図書館ではなく、人目のあるところで。


「情報、集まった」


彼女は小さな手帳を取り出した。


「田中陸斗。二年C組。成績は平均的。何か特別な問題行動はない。ただし、ここ一ヶ月で少し変わったらしい」


「変わった?」


「精神的に。落ち込んでいる様子が見られたって」


智也の脳が、その情報を処理し始めた。一ヶ月で変わった。それは何が原因なのか。恋愛問題か。学業の問題か。人間関係か。あるいは——もっと深刻なことか。


「何か知ってる?」


美優の視線が、智也に注がれた。


「いえ」


「嘘だ」


彼女はそう言ったが、それ以上追及してこなかった。代わりに、彼女は別の話を始めた。


「実は、もう一つ情報がある。田中君が転落した日の前日、ある生徒が『**違う学園のルール**』について何か言っていたらしい。それは何なのか、誰も詳しくは知らないんだけど」


「違う学園のルール」


智也は、その言葉を反芻した。それは何を意味しているのか。学園内に、公には存在しない何かがあるということなのか。


「わかりません」


「そっか」


美優は肩をすくめた。


「でも、その『ルール』が、田中君を追い詰めたのかもしれない」


その時、智也は確信した。


これは、単純な自殺事件ではない。背後に、何か大きなものがある。それが何なのか、それを知ることが、この事件を解明する鍵になる。


しかし、人前では何も言えない。一人で考えるしかない。


放課後、智也は再び図書館に向かった。そして、その夜、彼は一人の部屋で、頭を抱えた。


『違う学園のルール』


その言葉が、彼の思考を刺激し続けていた。


---

第1話「クラスメイトの転落」完


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