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第八話 切り札

『ショータさん! 右舷うげん! ハッチを開きます!』


張り詰めた声。


メーガンの声だ。


『グラムディル様! メサイア右舷を防衛! 魔人を近づけさせないでください!』


『任せとけい!』


怒号どごうのような頼もしさ。


視界の先。

点滅する赤い光。


「あそこか……!」


ハッチ。


――開く。


赤が、緑に変わった。


「ツムリ……行くぞ」


「……はい!」


互いに、ほんの一瞬だけ目を合わせる。


言葉はいらない。


次の瞬間、二人は同時に踏み込んだ。


純白の閃光が飛び交う空。

魔人の黒が渦巻く中を――一直線に突き抜ける。


『ショータ殿! ここだ!』


ハッチに群がる魔人を、

レキルとヒキガが撃ち落としている。


種子島の光が道を拓く。


「今だ――!」


飛び込む。


遅れて、ツムリも滑り込む。


――バフン!


柔らかな衝撃。


身体が、見えない壁に包み込まれるように止められた。


「レキル! 閉めろ!」


ヒキガの怒声。


耳を裂く警告音が鳴り響く。


――ガコン!


閉鎖。


その瞬間。


嘘のように――


音が、消えた。


『収容完了!』

『結界、最大出力へ移行!』


『右舷砲兵! 撃て! 近づけるな!』


メーガンの号令が、船内に反響する。


小窓の向こうで、

光と闇が激しく明滅していた。


戦いは、まだ外にある。


だが――


「……戻って、来れたな」


思わず、息が漏れた。


「ショータさん……!」


ツムリが駆け寄る。


「無事で良かった……本当に……!」


「ああ。お前もな」


短く返す。


それだけで十分だった。


『レキル! 状況は!』


エルフィリアの声。


「ショータ、ツムリ、両名とも収容完了!」


『よろしい。全員、医務室へ』


一拍置いて――


『……リオンのひつぎも、丁重に運びなさい』


その一言で。


空気が、わずかに沈んだ。



――医務室


消毒薬の匂い。

戦場とは別の、静かな緊張が漂う空間。


「ショータさんは軽傷です」

「自己治癒が、すでに働いていますね」


セリウスの冷静な声。


「……ありがとう」


「この力……リオンさんの……」


リーネの声が、震える。


そのまま、言葉を切る。


そして――


「……リオンさんを、見てきても……いいですか」


「ああ」


短くうなずく。


それ以上は言えなかった。


リーネはゆっくりと歩み寄り、

冷たくなった手を取る。


――動かない。


当たり前なのに。


それでも、指先にすがるように力が入る。


やがて、

そのまま胸に顔を埋めた。


小さく、震える背中。


押し殺していたものが、溢れる。


誰も、声をかけなかった。


かけられなかった。


ただ――


静寂だけが、そこにあった。



「ライラさんとツムリさんは、気力の消耗が激しいですね」


セリウスが言う。


「外傷は軽微ですが……無理をしすぎています」


「私は問題ない」

ライラが立ち上がる。


だが、その声にはわずかな揺らぎ。


「……大丈夫だ。ショータ殿に治してもらった」


強がりだ。


誰が見ても分かる。


「ツムリは――」


その時。


ガクン、と膝が折れた。


「おい!」


レキルが即座に支える。


「無理するな。ここまで飛び続けたんだ」


ツムリは悔しそうに歯を食いしばる。


「……すみません……」


「謝るな。休め」


静かに寝かされる。



「ヘインは……」


視線を向ける。


ベッドの上。

動かない身体。


「最も深刻です」

セリウスの表情が曇る。


「気力の枯渇こかつ……限界を超えています」


「……あいつは」

星牙せいがを、ずっと癒やし続けてくれた」


「……あの巨体を……?」


セリウスが息を呑む。


「ああ」


「リオンが……支えてたんだ」


「……」


言葉が、落ちる。


重く。


確かに。



「ショータさん……」


リーネの声。


涙で濡れたまま、それでも笑おうとしていた。


「リオンさん……やり切った顔……してますよね……」


「ああ」


迷いなく答える。


「最後まで……強かった」


「優しかった」


それでいい。


それが――あいつだ。


「……良かった……」


崩れるように、再び顔を伏せる。


嗚咽おえつが、止まらない。



「……マルダ」


振り返る。


「お前は……知ってたんだろ」


「……はい」


逃げない目。


真っ直ぐに、こちらを見ている。


「リオンが死ぬ未来も」


沈黙。


「……はい」


短く。


だが、重い肯定。


拳が、きしむ。


「俺に力を宿すためか……!」


「そうです」


一切、揺れない。


「私は、その未来を選びました」


静かに、一歩踏み出す。


「この世界を救うために」


「多くを、切り捨てる覚悟を持って」


「……!」


怒りか、理解か。


自分でも分からない感情が渦巻く。


「お前……」


「分かっているはずです」


マルダが言う。


「“シバ”から続く輪廻りんね


「“真理の神”を倒さなければ終わらない運命」


「それは……あなた自身の“宿命”でもある」


「……ああ」


吐き出す。


「分かってる」


「全部だ」


「リアナも、星牙も、リオンも……!」


「全部、この運命に殺された!」


「だったら――!」


顔を上げる。


「全部背負ってやる!」


「神ごと、終わらせてやる!」


空気が震えた。


マルダが、わずかに目を細める。


「……その言葉を、待っていました」


「なら教えろ」


一歩、詰める。


「まだあるんだろ」


「神に届く手段が」


「――はい」


はっきりと頷く。


「そのために、私は準備してきました」



『エルフィリア様!』


通信。


『グラムディル様より!』


「繋ぎなさい」


『あと一時間だ! 時間を稼げるか!』


「……メーガン」


『やります』


即答。


「一時間、持たせなさい」


『了解!』


覚悟の声。



「ショータさん」


マルダが続ける。


「あのミミズ――」


「あれは、“サンドワーム”です」


「……サンドワーム?」


「私が作った、生物兵器です」


空気が、明確に凍りついた。


「……は?」


「白光を喰らい、成長する存在」

「神に抗うためだけに――私が、この手で生み出した」


「神に対抗するための、“切り札”」


「……あれが?」


信じがたい。


だが――


思い出す。


魔人を喰らっていた姿。


「つまり……」


「……利用出来る、ってことか」


「制御は出来ません」


迷いなく、言い切る。


「ですが――誘導は可能です」


「それでも、使うしかないのです」


一歩、近づく。


「グラムディルの艦隊が白光で誘導しています」


「そして最後は――」


まっすぐ、指を向けられる。


「ショータさん」


「あなたです」


「……俺か」


「あなたの白光が、最も強い」


「サンドワームは、それに引き寄せられる」


静かに。


だが確信を持って。


「魔人の発生源を――」


「奴らに喰わせるのです」

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