表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/35

第三十四話 最後の能力

 道人(みちと)が店の外へ出て左右を確認すれば、暗闇の向こう側で車のウィンカーが点滅しているのを見つける。すかさず近寄った。


「どうしたんですかっ?」


 近所の人らしい男性は、車から降りて辺りをキョロキョロしている。車両は男性の車一台だけだ。


「人が……人とぶつかってしもうた思ったんやけど……おらん。誰もおらん」


「え? ホントに?」


「ホントや。ライトに映ったの見たんやきん。ボンネットも凹んどるのに……なんや? どうゆう事や?」


 何かと衝突したのには間違いなかった。しかし、その何かはどこにもないのだ。人を轢いてしまったと思い込んでいる男性はショックで混乱状態に陥っていた。

 周りの近所の人が騒ぎに集まり、事態を聞いた者が懐中電灯で田んぼの中も照らしてくまなく探してみるも何もいない。この状況下で、怪我を負っているかもしれないのに逃げたとでも言うのか。


 辺りが騒然としている中、道人は周辺を探し歩いた。──「西のお山」そう言っていたはずだ。西の方角へと辺りに目を凝らしながら進む。


 やがて一件の古びた民家の前で足を止める。それは道人が子供の頃からある空き家だ。正しくは空き家状態にして、たまに家主が管理には来ているのだろう。昔から劣化をした民家だったが、それを維持して保ったままにあった。

 今日は満月だ。夜でも月明りで庭の奥に建っている納屋も十分に見ることができた。門などはない家だった。中へと導かれるかのように道人は入っていく。


 錆びた耕耘機や木材がある納屋の中──、


「たぬ子……ちゃん?」


 いや、その姿はたぬ子ではない。狸だ。けれど、道人にはそうしか見えなかった。毛に覆われたたぬ子の後ろ足が赤く染まっている。


「ケガっ? 大丈夫っ?」


 道人が駆け寄ると、たぬ子は困った顔で照れ笑いをした。


「……また、やってしまいました。店主さんにあれほど道路は横断しちゃダメだって、注意されたのに。どうやら、わたくしのこのドジな性格は直らないようです」


「こんな時に何を……はやく、病院へ……っ!」


 行けるはずがなかった。なんせ、たぬ子は狸になってしまったのだから。


 道人はどうする事もできない悔しさと歯痒さに奥歯を噛みしめる。額のタオルを握り掴んで取り外すと、怪我をしてるたぬ子の足を縛ってどうにか止血を試みる。


「ご心配には及びません。わたくし、狸という野生動物は舌で舐めておけば自然治癒するのですよ?」


「そんな、はず……」


 ギュッとタオルを締めると、たぬ子は激しい痛みに涙が出そうになるのをグッと耐える。


「店主さんは、やはり優しいお人ですね。わたしくしの姿が見えても、素直に騙され続けていましたね。これが騙し騙されというやつですね?」


「喋らなくていいからっ」


 悲痛に顔が歪むのを堪えているのは道人も同じだった。みるみるとタオルが真っ赤に染まって行く血の量に、これ以上は手の施しようがないのだと、それが何を意味するのかを悟る。もちろん、たぬ子も──だからこそ、道人に優しく語りかけた。


「狸の昔話を一つしましょうか。……その昔、一匹の狸がいました。その狸には生まれて間もない子狸がいたのですが、乳を飲ますことができません。乳を飲ますには自分が食べなければいけません。しかし山には食べる物がありませでした。そこで食べ物を探しに人里へと下りると、一件のうどん屋さんを見つけました。母狸は店の主がいない隙を狙って野菜を盗もうとしました。しかし、失敗して見つかってしまいます。首根っこをつかんでひっ捕らえられた母狸は涙を流しながら必死に許しを請いました。すると主は、三つのぼた餅を差し出してきたのです。母狸はすっかり泣き止み、里へと無事に帰っていきました。それから大きく元気に育った子狸に母狸は言い聞かせました。食べる物に困って里を下りたならば、うどん屋さんを訪ねなさいと。きっと優しい店の主が助けて下さるでしょう。そうしたならば、その恩を決して忘れてはいけませんと……」


 話し終わると、たぬ子は一つ咳をした。


「その子狸は……たぬ子ちゃん? その店ってのは……うち?」


「これは狸の昔話です。素直に信じてはいけませんよ、店主さん?」


 力なく笑うと、何度も咳き込む。


「大丈夫っ?」


 大丈夫ではないはずだと分かっていても、かけられる言葉はそれだけしかない。


 道人は何か伝えたい大切な気持ちがあるはずだったが、まだハッキリとそれを分かっていなかった。もっと一緒にいられたならば、きちんと確かめられたかもしれない。なのに、もう別れだとは信じたくない。


 たぬ子もそろそろ体力の限界が近づいたことを身に知る。


   (大丈夫です)

   (わたくしは、なんせ狸ですから)

   (これほどの運命など、いつだって受け止める覚悟はできていますよ?)


 まだどうにかしようと道人が足掻いてしまう前に、たぬ子は力の限り手を伸ばして道人の袖を引っ張った。


「店主さん、こちらを。わたくしの目を見て下さい」


「え……」


 いつだって意志の強い真っ直ぐな道人の瞳が揺れ動いているのはどちらのせいだろうか。ぼやける視界の中、たぬ子はその目に力を込める。


「店主さん、狸は人を化かしますよ? 化かされぬよう、気をつけて下さい?」


「たぬ子ちゃん……?」


 その、持ちうる能力を全力でたぬ子は出し切る。


   (化かします)

   (あなたを化かします)

   (わたくしは)

   (見事に化かしてみせるのです──)


 かすかな屋根の隙間から満天の星屑が温かく頬に落ちてくるのを最期に感じながら──


読んで頂きありがとうございました!


次、

最終回です!

最後はみんな笑顔で終わりたいと思います!


毎日、更新中です。

よろしければ星マークや感想を頂けると励みになって嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ