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第二十話 いざ、挑戦!

 老後施設から電話がかかって来たのは正午過ぎだった。

 たぬ子はカウンターの上にかかっている時計をジッと心配に見つめる。


   (大丈夫でしょうか……)


 留守を任されたたぬ子は、状況が把握できないでいた。

 落ち着かず、立てったり座ったりを繰り返すこと、四時間──庭に車が入って来る音に、ピンッと耳と尻尾を立てて俊敏に反応する。

 玄関から道人(みちと)が店へと入って来るなり、


「おばあさまはっ? ご無事でしたかっ?」


 たぬ子は道人に詰め寄った。

 頭にぴょこんと生えているたぬ子の耳を見て、道人は、あぁ、ついに……と、祖母よりも先に倒れそうになる。目元を手で押さえ込み、足元をふらりとさせた。


「店主さんっ? 大丈夫ですかっ? しっかりしてくださいっ」


 すると、パッと道人は顔を上げて、尻尾があるのだから耳もあるのが普通だ。セットにして気にすることはない。そう、無理矢理に決め込んだ。


「あぁ、大丈夫だ。ばぁちゃんは明日、検査行って、明後日に手術になったよ。って言っても、内視鏡カメラを使っての簡単なものだけどね」


 医学的知識のないたぬ子には内視鏡というものがよく分からなかったが、簡単なものと聞いて少し安心した。

 施設から、祖母が腹部の痛みを訴えているとの連絡で、病院へと駆けつけていた道人だった。ごちゃごちゃとした入院手続きに手間取って時間がかかってしまっていた。


「そしたら、おばあさま、ご帰宅は延期ですか?」


「そうだなぁ」


 一時帰宅を予定していた直前の出来事だ。(あゆむ)は残念がるどころか、入院となり手術の付き添いや見舞いやらで大変になってしまった。


「とりあえず、明日も病院行かなきゃだし、手術終えるまで店は閉めっから。たぬ子ちゃんも休みって事で頼むよ。今日も、もう店閉めるとするか」


「はい、わたくしの方は大丈夫です」


「……しっかし」


「しかし? どうかしたのですか?」


 たぬ子はまだ何か良くない問題が残されているのかと顔を強張らせる。


「おはぎの作り方、教えてくれっつったら、『知らん』て、ボケてやがるもんなー。もう話があっちこち飛んで、とんちんかんだ」


 この緊急事態に聞いた。検査結果待ちに患者本人を含め、ヒマ過ぎたからだ。もちろん、喋っている方が気が紛れて痛みが和らぐという理由もあった。


「忘れたのでしょうか?」


「いや、オレの話し方が悪いんだ」


 歩ならもっと分かりやすく喋りかけ、話にも根気よく付き合えるだろう。その辺の認知症への対応と理解は、本を読んで勉強をした歩の方が詳しかった。

 道人はしゃがんで厨房のシンクの扉を開けて用意していた小豆ともち米を取り出すと、腰に手を置き、しばし考え込む。


「もしや、作るのですか?」


「んー、大体は大雑把にばぁちゃんが作ってるの見てきたから知ってるけど、お菓子なんか作ったことねぇからな、不器用な俺におはぎなんてもん、丸められるか? あんこが外のと中のがあるんだよなぁ?」


 イメージトレーニングのように手をもにょもにょと動かしてみている姿にたぬ子は、


   (店主さんは十分に器用なので問題ありませんよ?)

   (ただ……)

   (強気な一方、意外と臆するところがありますね?)


 決心がつかずに小豆を手にジャラジャラとすくい上げて迷っている道人に、たぬ子はグイッと背中を押すように言った。


「店主さん、作ってみましょう! おばあさまのおはぎをぜひ再現させてみましょう! ここでめげてはいけません! 案ずるより産むがやすしですよ!」


 いつになく熱意を込めているたぬ子に、道人は尻込みして「お、おう」と返事をしてしまう。



 ──かくして、おはぎ作りの挑戦が始まった。



 まずは、もち米を炊飯器にセットすると、次は肝心のあんこ作りだ。二人は鍋に向かい対峙する。

 小豆は水洗いでアクを取り、湯が沸騰しては、差し水を加える作業を何度も繰り返し続けていく。祖母の教えによると、「小豆が踊らぬよう、グラグラさせずにブツブツ」にだ。


 一時間を経過して──、


 鍋の中をジッと見つめ続ける道人は、小豆と一緒に胸の内までブツブツとさせた。


「これ、つきっきりかよ?」


 うどんの出汁のアク取り同様に、面倒見きれねぇ! と、叫びたくなった。


「店主さん、大丈夫ですよっ。わたくしが面倒を見ますから」


 と、まるで道人の心を読んだかのように、たぬ子がフォローを入れる。


「…………」


 それに対して、道人は何も言わずに沈黙した。


「……たぬ子ちゃん、バイトはいつまで考えてんの?」


「え、え? ええと、それは……」


 突然のあまり即答ができない。それは突然じゃなくても聞かれると困るものだった。


   (……狸は、いつまでも人間社会にはいられません)

   (いずれ去る時は訪れます)

   (いいえ、去らねばなりません)

   (それは……願わくば店主さんが……)


 たぬ子の耳と尻尾が垂れたのを見て、道人は言い直す。


「いや、違うよ。うちとしてはずっと働いてもらっても一向にかまわないから。勘違いしないで」


 それは咄嗟に口に出たものではなかった。


「はい」


 たぬ子は、その言葉が嬉しいようで切なく、静かに微笑み頷く。

 バイトはいなくなれば、また募集すればいい話だった。たぬ子でなければいけない訳ではない。なのに、一体何を聞いているのだろうと、道人は自分自身に苦笑する。


「そろそろ、いっか。噛めればいんだよな」「そうですね」と、互いに心中をごまかすように適当に言い合うと、小豆を手に取り数粒食べてみる。


「うん、こんなもんかな。あとは砂糖を加えて、もち米を半殺しだ」


「えぇっ?」


 道人の口から出た衝撃的な単語にたぬ子は総毛立つ。


「あ、すりこぎで半分潰すってこと。もちつきの途中みたいなカンジに」


「あ、ハイ。なるほどです」


 安心して胸を撫で下ろす。

 二人はすりこぎ棒でもち米をドスドスと潰していく。ふっくら艶やかに立ち上がったもち米を殺すのは何だか気が引ける。粘りが出て来ると、「うんしょ」とたぬ子は苦戦する。


「代わるよ」


 道人は迷いなく次々に潰していく。


   (さすがです)

   (毎日、足で踏んでるだけあります)

   (食材を活かすには一度殺すのですね?)


 美味しいうどんを作るために足で踏む職人の心を少し勘違いをしてたぬ子は感じ取った。

 道人の足ではなく腕により瞬く間にもち米は半殺しになっていった。

 フゥーと息を吐き出した二人。たぬ子がちょっとした達成感を味わっている反面、道人は「うちって、うどん屋だよな?」ボソリ。


「はい?」


「いや、何でもない」と気を取り直す。


 こうして、あんこともち米は完成した。シンクの上に並べたそれらを前に、


「いよいよだ」


「はいっ!」


「ここからが勝負だ!」


 道人にとっては、だ。


読んで頂きありがとうございました!


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