探し人
はぁい♡ごめんなさぁい。
ちょっと、お化粧直しにいってて……あら、1年くらい放置されてた気がするって?
わたしの事がそんなに待ち遠しかったのねぇ♡
じゃ、プライベートルー……え?そんな速攻で断らなくても。
ええと、何を話してる途中だったかしら?
ああ、そうね。教団が使ってる手口についてだったわねぇ……その前に飲み物のおかわりでもどう?待たせたお詫びにおごるわよ。
ちょうどレッドドラゴンの生き血が手に入ったところなの。
あら、いらない?せっかく、いろ〜んなところが元気になるのに。〆たてだから新鮮よ♡
え、ドレスに血?やあねぇ。ワインよ赤ワイン。ちょーっと激しい個体じゃなくて、お客さんが襲来したから活け締めじゃなくて、懲らしめた時についたのね。
返り血にしかみえないとか余計な事はい・わ・な・い・の♡乙女にはいろんな秘密があるのよ♡
「そーいや、あんた。なんか譫言を言ってたわよ。藍色ーとか銀のなんちゃらかんちゃらって」
ラピスさんの膝から降りたネフラが首をかしげ尋ねている。それにしても覚え方が適当すぎないか?まあ、ラピスさん本人が特に突っ込んでないから空気の読める私は黙ってるけどね。空気の読めるってか、この場では空気だしね。
なお、ラピスさんて呼び方については、ラピスラズリほにゃららだと長いから勝手に心の中で命名してみた。
だって、私1人と一匹の会話に入ってないから確認できないもん。
「私、そんなことを……多分、彼の事を色々聞いて回ってたから……」
おそらく、彼の特徴が無意識に口をついたんでしょうとラピスさんは言った。表情はうつむいていて見えないけど、声は憂いを含んでいる。
「ジュード。それが、私の探してる彼の名前です。彼と私は、一緒の教会で育った幼馴染でした」
教会ということは、二人は孤児だったってことかな。この国では孤児の養育を教会が行う事は珍しくない。大体は13〜16くらいで仕事をみつけ、見習いとなるために教会を出る。
けれど、子供の頃から魔力の強い者は別だ。そのまま教会に残らされるケースが圧倒的に多い。
「私も彼も、水神を信仰する神殿で育って。私もジュードも魔力が高く二人とも早いうちから道士見習いをしていました。でも、10年前にお世話になっていた神殿で火事あって……。最初は火事に巻き込まれたのかと思いました。でも、彼の遺体は見つからないし、それどころか、彼の今までの痕跡すらなくて……」
魔力持ちが亡くなった場合、魔力痕が必ず残る。それが、残滓すらないなんて考えられない。
それに、神殿には魔力持ちが多いだけあって通常は結界が張られている。神の加護で守られている神殿に何かが起こるなんて事はそうそうない。もし何かがあるとすれば、外からの攻撃。実際、生贄や洗脳のために魔力持ちの子供が狙われる事は少なくないのだ。
項垂れるラピスさんの手はカタカタと震えていた。当時を思い出しているのかもしれない。
「んで、その幼馴染に似た人物がこの街にいるって噂を聞いたってことね」
「ええ、最近、容姿の似た人がこの町にいたらしいというだけですが……」
ネフラがふんふんと頷く横で私は、ちょっと胸を撫で下ろしていた。ラピスさんには申し訳ない。けれども、最近聞いた話なら、ラピスさんの探しているのはジェイドじゃない。
だって、ジェイドは3年前からこの街にいるもの。最近だなんてありえない。
3年前に師匠が知り合いの子を急に預かる事になったーとか言ってなんか、軽い感じで連れてきてたし。だから、ジェイドなわけないよ。
でも……もし、彼がラピスさんの教会を去ったのが10年前なんだったら?そういえば、ジェイドが何をしていたかなんて聞いたことない。なんだか胸の辺りがモヤモヤする。まさか、とは思う。けれどもラピスさんの話す探し人の特徴はジェイドに似すぎてるのだ。
彼の事をラピスさんに話したほうがいいのかな?でも、もしジェイドが本当にその探し人だったら?それで、この街をでていく事になったら?
そしたら、あたし……あたし……
『あー、もうっ、この馬鹿娘は。落ち着きなさいよっ』
はっ、えっ?頭の中に響くのこえ。
ちらりとネフラの方を見ると相変わらずラピスさんへ相槌を打ってる。どうやら、ネフラは脳内に直接話しかけてきたらしい。
『明るいのだけが取り柄のアンタがうじうじ、うじうじ入ってもない脳みそで考えたところでいい考えなんて浮かぶわけないでしょうっ」
なんつー言い草。
けど、呆気に取られていた私には反論も何もなかった。ってか、この雌雄同体、今までラピスさんと話してて私の存在忘れてたじゃん。
『馬鹿ね。眷属のアタシがアンタを忘れるわけないでしょ。とにかく、アンタがそんな調子だとまとまる考えもまとまんないわ。早くいつものように考える前に動いてヘラヘラ笑ってなさいよっ』
とんでもなく馬鹿にされているが、ようは、悩むなって事らしい。
『……ありがとう』
ネフラの言葉に思わずそう伝えると、意外な言葉だったのかいつもと違う反応が返ってきた。
『な、なによ。調子狂うわね。とにかく、ジェイドちゃんのことで気になる事があるなら本人に聞いてみればいいじゃない。まったく、普段のアンタならそうしてるはずなのに、脳に花でも咲いたのっ?おめでたいのは顔だけにしてちょうだい』
う、ひどい言い草。けど、言われてみれば、ジェイドの事なのに彼を外して考えていた。ラピスさんの必死さにちょっとひっぱられてたのかもしれない。
少し反省しながら、1人と1匹に再び目を向ける。ネフラは私と話しながらもラピスさんに相槌を打ち続けてたらしい。得体は知れないけどさすが精霊だけあるわ、あのオネェ。
「ネフラさんたちは、誰か思い当たる人はいませんか?少しでも何かあれば……」
ラピスさんの必死な声。それに被せるように、ネフラがきっぱりと答えるのが聞こえた。
「そういったヒトはしらないわねぇ」