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宿の一階に併設された食事処で昼食を食べる。
通常なら宿客以外へも解放されているが、今は外との貿易路が断絶しているとの理由で宿客しか入れなくなっていた。
四人掛けのテーブルが五卓並んでおり、七人掛けのカウンターテーブルがある。
朝昼晩は食堂として開店し、深夜はバーになるらしく、少しおしゃれな雰囲気を醸し出していた。
しかし、出された料理は馬鈴薯や干し肉などの保存の利く食物ばかりで、どことなく味気なかった。
今オウルの街の中は勇者の活躍話に沸いていた。
それはこの食事処でも同じで、どこの卓でも勇者の話で持ちきりだ。
曰く、連合軍を指揮し、一騎打ちで魔王を倒した。
曰く、かつて無い規模の北方連合軍の侵略を大魔法で防いだ。
その噂話を聞く度にティア姉が不機嫌になるのがわかる。
しかし、リータ達の卓だけは違う話題が主題だった。
「さて、ここで第352回勇者捜索会議を開きます」
高らかにティア姉は宣言するけれど、いつの間に351回も会議を開いたのだろうか。
「勇者はユヴァスキュラのタンペレに転送されたので間違いないのよね」
ティア姉の確認に答えたのはシルヴィだ。
「呪文式を書き換えないかぎり、それは間違いないのです。タンペレにあるわたしの工房に出口の魔方陣が書かれていたのです」
「書き換えた可能性はあるの?」
「ないのです。あの呪文式はわたしのオリジナルなので、わたし並みの天才でもないかぎり解析不可能なのです」
すごい自信だった。聞いていたアイリが頷いている。
「それに、あれは賢者の石もどきを使ったものなので、一回限りしか使えないのです」
ユヴァスキュラ王国は六王国の中でもっとも南に位置し、工業や魔道技術の発達した国だ。オウルから行くにはいったんヴィロラに戻る必要がある。
中でもタンペレは魔法の開発が盛んで、有名な魔術師や錬金術師を多く輩出している。 タンペレで開発された魔道具でもっとも有名なものは賢者の石もどきで、正式名称を魔力蓄層石という。
何でも賢者の石を開発中に偶然見つけた技術らしいが、一回使ったらただの石に戻ってしまうし、魔力蓄積量が賢者の石とはほど遠い代物だった。
「その出口に、もう一度転移できないの?」
ティア姉の言うように、同じ場所に転移できれば良いのだろうが、シルヴィはそれを否定する。
「賢者の石もどきがあれば出来るですが、出口の魔方陣が消されていないとは思えないのです。消されていたら、どこに出現するか分らないので危険なのです」
確かに転移した勇者が追跡を防ぐために、出口の魔方陣をそのままにしておくとは思えない。
「地道に行くしかないって事ね。それで道の方はどう。まだ通行できないの?」
これに答えたのはヤスカだ。
「まだ駄目だね。被害の少ない南側を優先して工事しているが、馬車が通れるまでにはまだまだだ」
「人は通れるの」
「まだだけど……おいおい、馬車おいてけって言うんじゃないだろな。絶対に途中で追い抜くぞ」
「誰もそんなこと言ってないでしょ」
ティア姉はそんなことを言っているが、歩く方が早ければ絶対に歩いていただろう。
馬車が通れる道が出来るまで何もすることがないのが分ったところで、ヤスカが声を上げた。
「実はちょっと前に王様の使いってヤツが来てだな、勇者の従者だった俺たちを城に招きたいって言ってきたんだ」
「どうしてわたし達のことを知ってるんだ」
アイリがもっともな疑問を表わした。
「いや、実はタピオっていただろ。タピオ=ハリ。ヤツと飲んでる時につい言っちまったんだよな、勇者とパーティ組んでたって。実はヤツは将軍だったらしくてな。それで国王の耳に入っちまったらしいんだ」
アイリは何故か嫌そうに言う。
「それはヤスカだけじゃ駄目なのか。正直わたしは行きたくないぞ」
「それが五人とも呼ばれてるんだ」
驚いたのはリータとティア姉だ。五人ということは自分たちも含まれている。
「どうしてわたしとリータも呼ばれるのよ。勇者パーティじゃないのに」
ティア姉の疑問はもっともだった。
「おまえ偽勇者に名乗ったらしいな。トゥルクの王族だって」
確かに名乗っていた。しかし、それがどう繋がったら他国の国王からの呼び出しになるのだろう。
「だからなんだっていうのよ。呼ばれる理由になってないわ」
「どうやら今のパーティリーダーはティアだって思ったらしい。まぁ、間違ってはないんだがな」
ヤスカの言に舌打ちをしそうにティア姉が返す。
「やっぱり国王と繋がってたのね、あの偽物」
どうしてみんなが国王との謁見を嫌がっているのか、リータには不思議だったので聞いてみた。
「国王との謁見なんて普通は光栄だと思うのですけど、なぜ嫌なのですか」
アイリが答える。
「国王というものは、厄介ごとを押しつけてくるものだ」
シルヴィが答える。
「いままで会った国王なんて碌なものじゃなかったのです」
ヤスカが答える。
「何でも勇者に押しつけちまえって感じだったからな」
最後にティア姉が答える。
「どこの国王も、勇者なんて何でも解決屋か、面白い見世物としか思ってないのよ」
国王という人種に会ったことのないリータだけが悪感情を持っていないのが分った。
「とにかく、午後一の鐘が鳴ったら迎えが来るから、準備だけはしといてくれ。――ほんとは俺だって行きたくないんだぜ。でも、一国の王を無視して商売がうまくいかなくなるのだけは回避しなくちゃならねぇんだ。頼むから分ってくれ」
ヤスカが頭を下げていうので、仕方なく王城まで行くことになった。