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「あーもう驚いたわよ。いきなり泣き出すんだもん」
数日後、麻美は製作者の佐々木を呼び出し、マキについて報告した。聞きたいことが山ほどあり、マキを連れて三人で事務所の倉庫にこもる。しまっていたパイプ椅子を輪のように置いて座る。
「命令の仕方がまずかったんじゃないか。さすがに『遺族と話すな』はまずいだろ」
「なら先に言ってよ。なんて命令すればいいの?」
「そのまんまだ。『こっちから積極的に話しかけることはしない。けど話しかけられたらなるべく自然に対応する。目の前で危機的自体が起こったら対応する』」
麻美はマキのほうを振り向く。マキは視線に気づいたのか、頭を下げた。
「すみません。私のせいでご遺族の方に不快な思いをさせてしまって」
麻美は顔をしかめる。
「別に、いいけどさ。あのあと特に問題なかったし、逆にご遺族に謝られちゃったし」
マキに詰め寄ってきた宮本は、もともと頑固な人間だったらしく、葬儀が終わったあとに奥さんが謝りに来た。宮本はぷりぷり怒っていたが、ほとんどの遺族がマキのことに気づいていなかったようで、逆にマキが丁寧な対応をしてくれてありがたかったという。
麻美はパイプイスの上で足を組んだ。マキの言葉が気になっていた。
「マキ、『ロボットも人の死がわかります』って言って泣いちゃったわよ。どういう考え方なわけ?」
佐々木に尋ねると、彼はまたマキの方を手で示した。マキが静かに答える。
「私の一番の任務は、『故人様とご遺族がともに満足するようなご葬儀をすること』です」
一瞬だけ理解できず、言葉の意味を咀嚼する。
「もちろん、法を守ったり、ヒトに危害を加えないと言った基本的なことは守ります。それ以外では、故人様のご葬儀を尊重し、ご遺族が気持ちよく故人様をお送りできるよう、動きます。
あのご遺族の方は、ロボットが葬儀をすることに疑問を抱いてらっしゃいました。『ロボットにヒトの気持ちはわからない』と。ですから私の気持ちを信じて頂くために、私の気持ちを表現しました」
佐々木は頭をポリポリとかいてつぶやく。
「やれやれ、素直っていうか、なんていうか……」
「あんたが作ったんでしょうが。どうすればいいの?」
「ヒトの新人と同じだろ。指導すればいい」
麻美はため息をついてマキの目を見つめた。
「あの、あなたの気持ちもわからないでもないけどさ。葬儀屋は、ご遺族の方の家庭事情に立ち入ったり、感情を表に出すのはご法度なの。あなたが泣いたら、ご遺族が泣けないでしょう?
葬儀はご遺族が泣いて、故人様とちゃんとお別れをして、気持ちをすっきりさせる場でもあるんだから。そっちのほうが『ご遺族が満足する』目的にかなうわけ。わかる?」
マキは思考するように二秒だけ黙り、ぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。そのようにします」
佐々木が手帳に何かを書いた。
「ふーむ、ヒトの感情を細かく認識するために、マキにも感情機能を搭載したけど、葬儀屋ではご法度なのね……」
麻美は顔をしかめた。そういうことは事前に知っておいてほしい。だからムダに涙を流す機能なんてあるのか。
*****
麻美が初め思っていたよりも、マキは葬儀屋の仕事をこなした。遺体の運搬、祭壇の設営、受付の対応。何回か練習したあと、マキは電話対応もほぼできるようになり、夜中に職員が対応することはなくなった。もちろん連絡をうけて、実際に遺体を回収したりするのは人間の仕事だが、負担はかなり減った。知り合いのお坊さんや病院関係者には、「さいきん電話に出る女の人、初々しいけど感じイイね」と言われたほどだ。
その日の葬儀の故人は、自殺だった。三人の子どもを持った母親で、練炭自殺だった。喪主は夫が務めるが、どう見ても無理に毅然としている様子だった。
「ちょっとだけ、気を引き締めてやらないとね。葬儀中にトラブルがあるとまずいから」
自殺の場合、喪主のあいさつのときに、死因について触れるか触れないかを選ぶことができるが、今回は触れないことになった。遺族と参列者の様子は色々なパターンがあるが、故人を少しでも気持ちよく送り出したいというのと、自殺の責任を探し出すパターンがある。今回は後者だった。
通夜中にいきなり、亡くなった故人の父親が、喪主の夫を殴ったのである。これにはさすがに麻美も驚いた。そのあとの告別式でも、喪主のあいさつ中に文句を言ったり、出棺前に泣き崩れたり、麻美たちは対応に奔走した。
「さすがに今回は、あんたの出番はなかったねマキ。せめてお葬式くらい、静かにすればいいのにねえ」
夜、葬儀の帰りの車中、麻美は運転しながらぼやく。
「アサミさん、車を止めてください」
「ん、なんで?」
麻美は助手席のマキを見た。マキは目を閉じてじっとうつむいていた。麻美は眉をひそめながら、近くのスーパーの駐車場に止める。
「少し、熱をだしました」
「熱?」
ぱっとマキの手を触ってから、思わず手をひっこめた。マキの手が熱い。負荷をかけ過ぎたサーバーのように、彼女の体温が上がっていた。
「お水か、なにかを」
慌てて車をとびだし、自販機で飲料水を買う。マキをそれを握って、大きく深呼吸した。麻美は初めてマキの呼吸を見た。送風で体温を下げようとしている。
一分ほどそのままにしていると、マキは顔をこちらに向けた。
「先程の故人様は、なぜ自殺されたのでしょうか」
麻美は頭の上で手を組み、大きく息を吐いた。
「あんま聞かない方がいいと思うよ。さっき誰かが話してたけど、旦那さんが、浮気かなんかしてたんじゃないかって。それで奥さんが反抗して、さ」
「故人様は、奥さんと別の女性を愛したということですか」
そう、と麻美は車のキーを指で回す。
「本当はこんな噂しちゃだめだよ。家庭事情っていうか、どうして亡くなったかとか、入り込んじゃだめだからね」
「ですが、私には使命があります。故人を気持ちよく送り出すという使命が」
「不幸なのは他にもいっぱいあるよ。介護放棄されて死んでいったおばあさんとか、生まれてすぐ亡くなった赤ちゃんとかさ」
「それはわかります。無念の死はあります。ご本人は無念であったでしょう。私はその死を悼み、弔うことができます」
「じゃ、自殺もそれでいいんじゃないの」
「いえ、自死は自ら選択した死です。故人を慰めようがないのです。自ら選択した死は肯定するしかないのです」
マキは困っているようだった。
「べつに自分で死ぬ人だって、死にたくて死んだわけじゃないでしょ。本当は生きたくて生きたくて、どうしようもないけど死ぬしかなかったりしてさ」
「では、残された遺族はどうなるのです?」
「どうなるのって言われても」
麻美は口を尖らせた。
「ご遺族が納得しているのならそれで構いません。理想は故人様とご遺族が両方満足することですが、不幸な事故や病死で満足することは難しいでしょう。私は故人様とご遺族、どちらかが安らかにならねば苦しいのです」
麻美はシートに体を預けた。ロボットは割り切るということができないのだろうか。
「じゃあ、自殺で残された遺族の証言とかを見ればいいんじゃない。どうやったら心が落ち着いたか、書いてあるかもしれないし」
「わかりました。今度調べておきます」
麻美はエンジンをかけて、車の運転に戻った。まるっきり人間の新人を見ているようで、でも実はそうでもないようで、麻美は混乱した。