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「俺も聞いた。自死について整理ができてないんだって」


 佐々木がパイプ椅子の上で足を組み、ノートパソコンのキーを叩いている。事務所の倉庫には麻美と佐々木しかおらず、マキは事務室に待機させていた。


「この間から、マキがネットとか本でなんか見てんのよね。まあわたしが言ったからだけど」

「どうしてマキが、急にそんな疑問を持ったのかわからない。自殺のデータだってあらかじめ学習していたはずなんだ。ヒトは自ら死を選ぶこともあるって」

「でもいま、せっせと自死遺族のデータを集めてるわよ。彼女自身が」


 佐々木は頭の上で両手を組む。


「まあ、ここからが研修した意味があるというか……ぜんぶ作り手の想定内だったら、研修する必要ないもんな」


「ちょっと、あんた怖くないの? マキがヒトの予想外の成長するってなったら、コントロールできなくなって怖くないの?」


 麻美は内心、マキのことを恐れていた。熱心にデータを集めるマキを心配していた。


「怖くはない。というか、ロボットの行動が全部予想できるなんてのはありえない。なぜかというと、人の行動も予想できないからな。予想できないことに対処してくれないと、ロボットを作る意味がない。それはただ同じことをするプログラムと一緒だ。

 もちろん、人に危害を加えたりなんてことは絶対にさせない。技術者としてそれはやっちゃいけない。けどそれ以外なら、マキには自由にさせるつもりだ。仕事して自分で気がつくことだってあるだろう」


 佐々木はこう言ったが、麻美は納得できなかった。少なくとも、ロボットはちゃんとヒトにコントロールされなければいけないのではないのか。


「ま、大きい行動に出るときは、いまのところ俺に許可取るように命令してるから。君が心配することはない」



*****

 

 

 数日後、終業近い時間に、事務所には麻美とマキだけが残っていた。麻美が事務処理を終わらせようとしたとき、マキの声が聞こえた。


「アサミさん、お話があります」


 麻美はどきっとして振り向いた。


「この間のお話です。残された自死遺族の方々は、近親者に自殺で旅立たれたあと、なかなかお気持ちを整理することができません。何十年も苦しんでいる方がいらっしゃいます」


「うん、まあそうだと思う」


「これを私が、一朝一夕で理解するというのが浅はかでした。もっと学習しなければなりません」


 麻美は渋い顔をした。あまり深く考えすぎないでほしいと思ったが、遺族について知ることは悪いことではないと思う。お疲れさま、と麻美はマキに声をかける。


「それで麻美さんに、お別れを言おうと思います」


 マキは静かにほほ笑んだ。


「私は自殺することにしました」


「え?」


 麻美は目を見開いた。


「最初から、説明してくれる?」


「はい。自死遺族の方々は、身内の方が自死したあと、同じ経験をしている方々でグループを作っていました。お互いに自分の経験を語り、皆さんで記憶を共有していました。それは自分の言葉で語ることによって、気持ちを整理するためかもしれません。しかし、自分以外にも悩んでいる人がいるのだと、安心するためでもあります」


 マキは一秒置いて続けた。


「私はそのひとりになりたい。私もその気持ちを理解し、遺族に寄り添ってあげたいのです」


「それで、なんで自殺になるわけ? 死んだら元も子も……」


 麻美は右手をぐっと握った。手に力を入れていないと、震えてしまいそうだった。


「私が自殺する直前の記憶を、コピーして残します。それを次世代のロボットに共有させるのです。これで後継機は自殺者の記憶と、自死で残された者の記憶を同時に得ることができます」


 麻美は必死に理解しようとした。それはつまり、マキが自殺して、自殺者の記憶を次世代機に残す。同時に、次世代機が、自殺で残された者の気持ちを理解するということ。

 そんなパズルのように、人の気持ちがわかるものだろうか。


「そこまでする必要あるの? 言ったじゃん。故人のケアはカウンセラーとかにまかせておけばいいって。葬儀屋が考えることじゃないし、ましてやあんたロボットが考えることじゃないって」


「わかっています。ですが私は、目的なしには生きられないロボットです。目的を不明瞭にしたままは生きられません。いえ、何かが私に告げています。もっとヒトのことについて学習しろと、人に危害を加えず、私が学習できる行動は、これくらいしかありません」


 麻美は頭を抱えた。


「それ、製作者の佐々木のやつは知ってるの?」

「はい、研修を終えた後なら構わないと許可をいただきました」


「バカじゃないのあいつ?」

「ササキさんを責めないでください。とても悩んでおられるようでした。それに、私はどうせ初期のロボットです。自殺しなくても、稼働して数年後には後継機が生まれ、私はお払い箱になるでしょう。大事なのは私のボディではなく、学習データですから」


 マキが自分のこめかみを指で押さえる。


「そうかもしんないけどさ……。そこまでしなくても、いいんじゃないの。全部、体験しなきゃいけないんじゃ、命がいくつあっても足りないしさ」


「アサミさん、ヒトにロボットの死がわかりますか?」


 麻美は手で口元を覆った。それは葬儀中に、遺族がマキに言ったことをなぞっているのだ。

『ロボットに、人の死がわかるのか』と。

 マキは小首をかしげた。


「すみません。ジョークのつもりでした」


「あんた言うじゃない。言うタイミング間違ってるけど」


 そう、ジョークを言うタイミングは間違っているが、フォローをするタイミングは間違っていない。マキはアサミの感情を察したのだ。こういことだけはうまいのだ。


「ねえ、あんたが死んだらどうなるの。後継機があんたの記憶を受け継ぐんでしょ。じゃ、あとのロボットもマキってことになるんじゃない?」


 マキは二秒だけ押し黙った。


「おそらくそれは、私ではないと思います。私の記憶は引き継がれますが、あくまでそれは他人の記憶であって、私そのものになるわけではありません。後継機が私とそっくりにふるまい、アサミさんがそれを私だと思えるのなら、別ですが」


 想像しただけで気持ち悪くなってきた。


「なんでそれ……わたしに言ったの」


 自殺するなんて、事前に言わなかったら、知らなかったのに。悲しむこともなかったことに。

 マキは困ったような顔を見せた。


「何を言わずに残された遺族が、苦しむことを知っています」

「言われて残されてもつらいと思うわ……」


 すみません、とマキは頭を下げる。


「アサミさん、お願いがあります」


 これに耐えるのは無理だ、と思った。同時に、自分がなぜこんなに落ち込んでいるのか、わからなかった。相手はロボットなのに。数か月前の自分なら、なんとも思っていなかったはずだ。


「私の記憶を持った後継機が、何を言い出すか、なんとなくわかります。おそらく、自死遺族の気持ちを知るため、私の葬儀を行ってほしいと言うでしょう。ロボットの葬儀を。その気持ちに応えてあげてください」


 麻美は頷けなかった。だが、彼女を止めることもできないと思った。

 これが死のうとするロボットの目なのか。


 今まで、多くのヒトの遺体を見てきた。ひどく傷んだ遺体も見た。生と死が混濁した遺体も見てきた。自分は、少なくとも普通の人よりは、死を身近において生きていると思っている。


 だから言える。死ぬって本当に怖いことだよ。 

 死体、見たことあるでしょう? ぐちゃぐちゃで怖いんだよ。

 安らかに亡くなった人もいるけど、もっともっと生きたくて死んだ人もいるんだよ。


 それは、人間が相手なら言える。だが相手はロボットだ。壊れても再現性があるのがコンピュータの得意技ではなかったか。

 人が死んだあとの、残された人って見たことある? 遺体も見てきたけど、遺族も山のように見てきたよ。残された人の顔ってすごいんだよ。 


 麻美は歯をカチカチ鳴らせながら口を開いた。


「……わたし、本当なら、ハードディスクが壊れても、メモリが壊れても、別にいいかって思うタイプだったんだけどね……」 


 麻美はマキの目を見つめた。


「別に、勝手に死んでいいんじゃない、って言いそうだったけど、後悔しそうだから、やっぱり死なないでって、言うよ」


 ありがとうございます、とマキは微笑む。

 麻美は額をマキの胸に押し付けた。なんとも硬い胸だった。


「あ、あたしが死なないでって言ったら、そうしてくれるの」

「その質問には、答えないほうが良いと思います」


 どうして、という問いに、マキは答えなかった。もし、死なないで、という麻美の命令をマキが聞いてくれたら、マキの生殺与奪を麻美が握ってしまうことになる。その責任は重すぎた。

 それでも、言わずにはいられなかった。


「死なないで」

 麻美は震えながら、自分のために言った。言わなければ後悔しそうだった。

 マキが腕を麻美の背中に回した。人間以上に自然な動作だった。

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