4
「俺も聞いた。自死について整理ができてないんだって」
佐々木がパイプ椅子の上で足を組み、ノートパソコンのキーを叩いている。事務所の倉庫には麻美と佐々木しかおらず、マキは事務室に待機させていた。
「この間から、マキがネットとか本でなんか見てんのよね。まあわたしが言ったからだけど」
「どうしてマキが、急にそんな疑問を持ったのかわからない。自殺のデータだってあらかじめ学習していたはずなんだ。ヒトは自ら死を選ぶこともあるって」
「でもいま、せっせと自死遺族のデータを集めてるわよ。彼女自身が」
佐々木は頭の上で両手を組む。
「まあ、ここからが研修した意味があるというか……ぜんぶ作り手の想定内だったら、研修する必要ないもんな」
「ちょっと、あんた怖くないの? マキがヒトの予想外の成長するってなったら、コントロールできなくなって怖くないの?」
麻美は内心、マキのことを恐れていた。熱心にデータを集めるマキを心配していた。
「怖くはない。というか、ロボットの行動が全部予想できるなんてのはありえない。なぜかというと、人の行動も予想できないからな。予想できないことに対処してくれないと、ロボットを作る意味がない。それはただ同じことをするプログラムと一緒だ。
もちろん、人に危害を加えたりなんてことは絶対にさせない。技術者としてそれはやっちゃいけない。けどそれ以外なら、マキには自由にさせるつもりだ。仕事して自分で気がつくことだってあるだろう」
佐々木はこう言ったが、麻美は納得できなかった。少なくとも、ロボットはちゃんとヒトにコントロールされなければいけないのではないのか。
「ま、大きい行動に出るときは、いまのところ俺に許可取るように命令してるから。君が心配することはない」
*****
数日後、終業近い時間に、事務所には麻美とマキだけが残っていた。麻美が事務処理を終わらせようとしたとき、マキの声が聞こえた。
「アサミさん、お話があります」
麻美はどきっとして振り向いた。
「この間のお話です。残された自死遺族の方々は、近親者に自殺で旅立たれたあと、なかなかお気持ちを整理することができません。何十年も苦しんでいる方がいらっしゃいます」
「うん、まあそうだと思う」
「これを私が、一朝一夕で理解するというのが浅はかでした。もっと学習しなければなりません」
麻美は渋い顔をした。あまり深く考えすぎないでほしいと思ったが、遺族について知ることは悪いことではないと思う。お疲れさま、と麻美はマキに声をかける。
「それで麻美さんに、お別れを言おうと思います」
マキは静かにほほ笑んだ。
「私は自殺することにしました」
「え?」
麻美は目を見開いた。
「最初から、説明してくれる?」
「はい。自死遺族の方々は、身内の方が自死したあと、同じ経験をしている方々でグループを作っていました。お互いに自分の経験を語り、皆さんで記憶を共有していました。それは自分の言葉で語ることによって、気持ちを整理するためかもしれません。しかし、自分以外にも悩んでいる人がいるのだと、安心するためでもあります」
マキは一秒置いて続けた。
「私はそのひとりになりたい。私もその気持ちを理解し、遺族に寄り添ってあげたいのです」
「それで、なんで自殺になるわけ? 死んだら元も子も……」
麻美は右手をぐっと握った。手に力を入れていないと、震えてしまいそうだった。
「私が自殺する直前の記憶を、コピーして残します。それを次世代のロボットに共有させるのです。これで後継機は自殺者の記憶と、自死で残された者の記憶を同時に得ることができます」
麻美は必死に理解しようとした。それはつまり、マキが自殺して、自殺者の記憶を次世代機に残す。同時に、次世代機が、自殺で残された者の気持ちを理解するということ。
そんなパズルのように、人の気持ちがわかるものだろうか。
「そこまでする必要あるの? 言ったじゃん。故人のケアはカウンセラーとかにまかせておけばいいって。葬儀屋が考えることじゃないし、ましてやあんたロボットが考えることじゃないって」
「わかっています。ですが私は、目的なしには生きられないロボットです。目的を不明瞭にしたままは生きられません。いえ、何かが私に告げています。もっとヒトのことについて学習しろと、人に危害を加えず、私が学習できる行動は、これくらいしかありません」
麻美は頭を抱えた。
「それ、製作者の佐々木のやつは知ってるの?」
「はい、研修を終えた後なら構わないと許可をいただきました」
「バカじゃないのあいつ?」
「ササキさんを責めないでください。とても悩んでおられるようでした。それに、私はどうせ初期のロボットです。自殺しなくても、稼働して数年後には後継機が生まれ、私はお払い箱になるでしょう。大事なのは私のボディではなく、学習データですから」
マキが自分のこめかみを指で押さえる。
「そうかもしんないけどさ……。そこまでしなくても、いいんじゃないの。全部、体験しなきゃいけないんじゃ、命がいくつあっても足りないしさ」
「アサミさん、ヒトにロボットの死がわかりますか?」
麻美は手で口元を覆った。それは葬儀中に、遺族がマキに言ったことをなぞっているのだ。
『ロボットに、人の死がわかるのか』と。
マキは小首をかしげた。
「すみません。ジョークのつもりでした」
「あんた言うじゃない。言うタイミング間違ってるけど」
そう、ジョークを言うタイミングは間違っているが、フォローをするタイミングは間違っていない。マキはアサミの感情を察したのだ。こういことだけはうまいのだ。
「ねえ、あんたが死んだらどうなるの。後継機があんたの記憶を受け継ぐんでしょ。じゃ、あとのロボットもマキってことになるんじゃない?」
マキは二秒だけ押し黙った。
「おそらくそれは、私ではないと思います。私の記憶は引き継がれますが、あくまでそれは他人の記憶であって、私そのものになるわけではありません。後継機が私とそっくりにふるまい、アサミさんがそれを私だと思えるのなら、別ですが」
想像しただけで気持ち悪くなってきた。
「なんでそれ……わたしに言ったの」
自殺するなんて、事前に言わなかったら、知らなかったのに。悲しむこともなかったことに。
マキは困ったような顔を見せた。
「何を言わずに残された遺族が、苦しむことを知っています」
「言われて残されてもつらいと思うわ……」
すみません、とマキは頭を下げる。
「アサミさん、お願いがあります」
これに耐えるのは無理だ、と思った。同時に、自分がなぜこんなに落ち込んでいるのか、わからなかった。相手はロボットなのに。数か月前の自分なら、なんとも思っていなかったはずだ。
「私の記憶を持った後継機が、何を言い出すか、なんとなくわかります。おそらく、自死遺族の気持ちを知るため、私の葬儀を行ってほしいと言うでしょう。ロボットの葬儀を。その気持ちに応えてあげてください」
麻美は頷けなかった。だが、彼女を止めることもできないと思った。
これが死のうとするロボットの目なのか。
今まで、多くのヒトの遺体を見てきた。ひどく傷んだ遺体も見た。生と死が混濁した遺体も見てきた。自分は、少なくとも普通の人よりは、死を身近において生きていると思っている。
だから言える。死ぬって本当に怖いことだよ。
死体、見たことあるでしょう? ぐちゃぐちゃで怖いんだよ。
安らかに亡くなった人もいるけど、もっともっと生きたくて死んだ人もいるんだよ。
それは、人間が相手なら言える。だが相手はロボットだ。壊れても再現性があるのがコンピュータの得意技ではなかったか。
人が死んだあとの、残された人って見たことある? 遺体も見てきたけど、遺族も山のように見てきたよ。残された人の顔ってすごいんだよ。
麻美は歯をカチカチ鳴らせながら口を開いた。
「……わたし、本当なら、ハードディスクが壊れても、メモリが壊れても、別にいいかって思うタイプだったんだけどね……」
麻美はマキの目を見つめた。
「別に、勝手に死んでいいんじゃない、って言いそうだったけど、後悔しそうだから、やっぱり死なないでって、言うよ」
ありがとうございます、とマキは微笑む。
麻美は額をマキの胸に押し付けた。なんとも硬い胸だった。
「あ、あたしが死なないでって言ったら、そうしてくれるの」
「その質問には、答えないほうが良いと思います」
どうして、という問いに、マキは答えなかった。もし、死なないで、という麻美の命令をマキが聞いてくれたら、マキの生殺与奪を麻美が握ってしまうことになる。その責任は重すぎた。
それでも、言わずにはいられなかった。
「死なないで」
麻美は震えながら、自分のために言った。言わなければ後悔しそうだった。
マキが腕を麻美の背中に回した。人間以上に自然な動作だった。




