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9.学園初日


「御招待……ですか? 今日とはまた非常識な」

「その非常識が許される立場の人間と言うことだよ。はあ、いつか来るとは思ったけど早かったな……」


目覚めの紅茶を飲みながら、シャルロッテは招待状に目を通す。端正な字で書かれたそれはおそらく、令嬢本人の直筆だろう。今日の午後、茶会を開くので来て欲しいという文面だ。


「今日こそは探索を、って思っていたんだけど。この人からのだけは断れないんだよなぁ」


侯爵令嬢であるシャルロッテが逆らえない。つまり相手はもっと高位な令嬢であるということだ。

バベット・ドーレス。バスティアン・ドーレスの姉であり、今年卒業する三年生だ。ドーレス家の長子である彼女は、バスティアンより魔法の才能が乏しく、この学園でも中の上程度と言われている。当人はそれをそこまで気にしておらず、むしろ気位が高すぎるくらいの人柄である。王族のいなかった学園では身分的に最上位に君臨し、未だに令嬢の中ではトップの存在だ。

ちなみに彼女は乙女ゲームに登場はしていない。タイミング的にヒロインが来る頃にはもう卒業をしているからだろう。


なんにせよ、現トップから直々のお呼び出しだ。行かない訳にはいかない。今日は学園生活初日で、午前に諸々の案内があるので午後はのんびり探索をと思っていたが……。

貰ってしまったものは仕方がないとシャルロッテは気合を入れる。恐らくは話題性たっぷりのシャルロッテが自分の立場を揺らがせないか不安で、釘を刺そうという魂胆だろう。ならば彼女が安心できるよう、そんな面倒もとい大それたことは考えていないとそれとなく伝えてやらねばならない。仲良しこよしは無理でも、一年間やり過ごすくらいは出来るだろう。

触らぬ令嬢に祟なし、だ。


「エメ、申し訳ないけどそれとは別に茶会用の服を用意して。あとは手土産も。まさかお母様に一応と持たされた物品がこんなにすぐ役に立つとはね」


面倒そうに溜息をつきながら、シャルロッテは着替えるべく侍女に連れられていくのだった。



(思えば奇妙な空間だよなぁ)


学園の教室にて説明を受けながら、シャルロッテはぼんやりそう考えていた。この教室には男爵から王族まで、幅広い位の貴族たちが揃っている。男女はもちろん身分までごちゃ混ぜにされている教室という空間は、この世界ではやはり異質だ。皆同じ制服を来ているのも奇妙に感じる。

なんとなく前から二番目の席に座ったらあとから来る生徒たちはあからさまに遠慮し、シャルロッテの前や横に座ることはなかった。

仲良しのクローデットとミレーヌすらうきうきしながらシャルロッテの後ろの席に座ったのだ。話しかけてきてくれるだけいいがなんだか少し寂しい。


この魔法学園の教室の様相は、日本のものとは少し異なる。そもそも一学年の生徒数がそこまで多くないので教室は広々としているし、一人の机も大きい。規則的に並べられてこそいるが、隣との距離は遠く座り方など気にする程重要でないと思うのだが。

シャルロッテのその発想はどうやら極少数派で、結局前にはキラキラした王子二人だけが座った。このままでは隣が空席になると少しハラハラしていたが、授業開始直前にやって来た生徒によって席は埋められた。席が埋まっていて仕方なく座ったのかと思ったが、振り返ってみればそんなことはなく、こっそり顔を窺ってみれば合点がいった。

彼女はベアトリス・オドラン。フリーレン家と対を成す、オドラン侯爵家の一人娘である。


シャルロッテとしては似たような立ち位置でありながら、今までほとんど交流のなかった彼女と話してみたいという気持ちがあった。オドラン侯爵家が第二王子派筆頭であることや侯爵がベアトリスとマティスフィアの婚約を推しているのももちろん知っている。上手く行けば、シャルルの剣でマティスフィアと共に守ることになるかもしれない人物なのだ。興味がわかないわけがない。

残念ながら説明が始まる前に話しかけることは出来なかったが、隣同士になったのだから後々交流もできるだろう。


「では、こちらの教室の主な担当を致します先生を紹介します。アルバート先生、教壇へ」


紹介され、呼ばれた痩躯の男性がのそのそと教壇へ上がる。光のない死んだ目、感情が抜け落ちたような表情と一括りにされた薄茶の髪。非常に見覚えのある青年が、そこには立っていた。


「……アルバートと申します。正直、学年担当の話は受けたくありませんでしたが……仕方ありません。皆さん三年間よろしくお願いします。担当教科は魔法工学。僕の授業を荒らすような人は実験体にしますので」


そこでアルバートは一度言葉を切り、静まり返る教室を見渡す。そして、不思議そうに首をかしげて、また口を開いた。


「……冗談です」


アルバートを攻略対象たらしめている人気理由がコレだ。浮世離れした研究者で無口・無愛想。しかし全く喋らないわけではなく、常人には理解し難い冗談をぶっ込んでくる。それが天然なのだからタチが悪い。いわゆる“天才肌天然タイプ”だ。


何故ウケないのか分からないとでも言いたげなアルバートだが、シャルロッテとしては苦笑してしまいそうな気分である。振り返らなくても他の生徒の表情が引きつっているのを感じた。

この冗談自体シャルロッテには覚えがある。前世の記憶、乙女ゲームのイベントだ。学園に来たヒロインを導く担当教員であるアルバートは自己紹介の時にこの冗談をぶちかますのだ。


(あれ、ヒロインが来るまで無いと思ってたのにここでも言うとは……まさか持ちネタなのか? お気に入りネタなのか!?)


ちょっと面白くなってきたのは秘密である。アルバートに興味を持たれるとかなり面倒なので出来るだけスルーしたい。しかも決してジョークにウケているわけでもないので、説明も難しいだろう。


「……今日はもう授業がないので自由に過ごしてください。散策するなり、寮へ帰るなり。明日からの授業に備えて早めに眠るように」


抑揚のない声でそう言い、アルバートは教壇を降りる。どうなるかと思ったが、シャルロッテの知っているアルバートと印象は大して変わらなかった。アガットは上手く研究室に溶け込んでいるのだろう。


アルバートに続き他の先生も教室を出ていく。その途端教室内がざわざわと騒がしくなっていった。そんな辺りはどの世界でも同じかと微笑ましく思いながら、シャルロッテは椅子を引く。


「失礼しますわ」


立ち上がろうとしたシャルロッテは出鼻をくじかれ、そのままそっと座り直す。机越しに見下ろす令嬢は、思っていたよりハリのある声を放っていた。


「お久しゅうございますわ、シャルロッテ様。あなたの誕生パーティ以来ですわね」

「お久しぶりです、ベアトリス様。これから三年間、きっと私たちは隣同士ですね。どうぞよろしくお願いします」


こっちから行く手間が省けたとニコニコしながら挨拶を返すと、ベアトリスは少し面食らったようにシャルロッテを見返した。まじまじと、シャルロッテの顔を見つめている。


(……なにも付いてないよね?)


主人の顔に汚れでもあったら、侍女の名折れとエメが卒倒しかねない。シャルロッテは頬に手を当て小首を傾げた。令嬢がよく使う、「声のいらない会話」だ。ちなみに今回の意味は「私になにか?」である。主に用件を聞き出す時に使う。

シャルロッテの仕草に気がついたのかベアトリスはハッとして、ぶんぶんと首を横に振った。少し貴族らしからない仕草に親近感を覚えながら、咳払いをしたベアトリスの言葉を待つ。


「シャルロッテ様はこの後、バベット様のお茶会に呼ばれておりますの?」

「ええ、はい……もしかして、ベアトリス様も?」


ベアトリスが少し満足そうにコクリと頷く。たった一人でバベットに呼び出されたのだと思っていたシャルロッテにとっては嬉しい誤算だ。恐らく立場的にツートップとなるふたりを警戒してのことだろう。


「よかった! 私、ひとりで行くのかと緊張していまして……ベアトリス様が一緒なら心強いわ」

「そ、そう……でしたら私は準備をして参りますのでまた後で」

「ええ。楽しいお茶会になるといいですね」


礼をし侍女を引き連れて教室を後にするベアトリスを、見えなくなるまで見送りながらシャルロッテはほくほくと微笑む。本心ならガッツポーズをしたいところだが令嬢モードなのでそれは控えておいた。

掴みは充分。学園生活初日から彼女と交流出来たのは大きい。これをきっかけに是非とも仲良くしたいものだ。



……そんな、シャルロッテの手応えとは真逆に、他の生徒たちは彼女らを見ていた。それは、明日には学園中の噂となってひろまっているのだろう。

ベアトリス・オドランはシャルロッテ・フリーレンに喧嘩を売り、見事に返り討ちにされたと。二人の会話を断片的にしか、もしくはそれすら聞こえなかった者たちの想像力はたくましい。立ち上がり声をかけ、最後にはそそくさと教室を立ったベアトリスと、終始ゆったりと椅子に座っていたシャルロッテ。その表面的な情報から、彼らは根も葉もない噂を、創造していくのだ。


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